悪女伝説
気づいたら、悪女にされていました。
この際なので、わたしは自分がどんな風に噂をされているのかを確かめることにした。
フェンディに聞く。
ラインハルトやルイスと違い、わたしを気遣って誤魔化したりはしないだろう。
一番、真実が聞けると思った。
「自分に関する噂なんて、聞いてどうするんだ? 傷つくだけだろう?」
尤もなことを言われる。
「傷つきますよ、もちろん。でも、相手が自分のことをどんな風に見ているのか、わからなかったら対処のしようもないじゃないですか」
わたしは反論した。
フェンディは少し驚いた顔をする。
「妙なところで前向きなヤツだな」
苦く笑った。
「まあ、いい。これから世話になる予定だし、私が知っていることは教えてやろう」
引き受ける。
「そんなに世話をする予定なんて、ないですよ」
ラインハルトの反論は綺麗に無視した。
「では、順を追って話そうか?」
フェンディの言葉に、わたしはお願いしますと頭を下げる。
「まずは優勝の権利を行使して、いき遅れのくせにまんまと王子の妃に収まったずうずうしい女」
なるほどとわたしは頷いた。
そこは想定内なので、特に驚くこともない。
それくらいは言われると思っていた。
「驚かないんだな」
そんなわたしを見て、フェンディは面白そうな顔をする。
「そのくらいは言われると思っていたので。28歳のいき遅れの女が王子と結婚することになったら、そういうやっかみは出るのが普通でしょう? 想定内です」
わたしは涼しい顔で流した。
「それから、結婚前に王子を自分の領地に連れ込んで帰さなかったふしだらな女」
フェンディはにやりと笑う。
「……」
わたしは眉をしかめた。
「それって、ラインハルト様が追いかけてきたことですよね?」
確かめる。
フェンディは頷いた。
「その時、マルクスも誑し込んだって第二王子の派閥のやつらは騒いでいたな、そういえば」
思い出したように付け加える。
「もっとも、弟の婚約者と関係を持つのはマルクスにとってもマイナスだから、そんなうわさは直ぐに立ち消えたようだ」
そこまで聞いて、頭が痛くなった。
「その後、マルクス様がランスローに住むと言い出したので、わたしの策略で城から追い出されたのだって話になったわけですね」
ため息が出る。
「そういうことだ」
フェンディは頷いた。
第二王子派閥の人間が終始、わたしにけんか腰だった理由を理解した。
彼らはわたしの毒牙からマルクスを守りたかったのだろう。
「その第二王子派閥の重臣たちを国王の前でやりこめ、なおかつ、マルクスに王になるつもりはない宣言を国王の前でさせたのだ。相当、第二王子派閥からは恨まれているだろう。気をつけた方がいいと思うぞ」
親切にフェンディは忠告してくれる。
「そうします」
わたしは素直に忠告を聞き入れた。
「でも、マルクス様が国王になるつもりがないことは前々から周知の事実でしょう? それまでわたしのせいにされては困ります」
何でもかんでもわたしのせいにはされはて堪らない。
不満を口にした。
「それが周知の事実だったとしても、国王の前で公にそのことを発言したのはあれが初めてだ。公の場で跡継ぎのことを持ち出す者はいないからな」
フェンディは説明してくれる。
「……」
わたしは渋い顔をした。
「この調子でいくと100年後、わたしは稀代の悪女になっていますね」
ため息をつく。
「その通りだな」
フェンディは声を上げて笑った。
「兄上」
ラインハルトは睨む。
フェンディは笑うのを止めた。
「お前たちの結婚については、他にもいろんな噂があるぞ。ラインハルトが戦略として頭が切れる女を選んだとか。年上女の色香に惑わされたとか。手練手管で骨抜きにされているとか。まあ、そのあたりはよくある噂だから、いちいち気にしても仕方がない。放っておけ。色香に惑わされた……というのは、本人を見たら消えるだろう」
さりげなくディスられて、わたしはむっと口を尖らす。
「色気がなくてすいません」
謝った。
フェンディはにやりと笑う。
「ところで、今日持って来た米はどうするんだ?」
突然、話題が変わってわたしは戸惑った。
「どうするって。もちろん、食べますよ。そのために取り寄せしてもらったのですから」
わたしは答える。
「いつだ?」
フェンディは質問を続けた。
「そうですね。明日は国王様に昼食のお誘いを受けているので、明後日の昼ですかね」
わたしは答える。
まさかと思いつつ、フェンディを見た。
「明後日の昼か。わかった、食べにこよう」
フェンディは勝手なことを言う。
「いえ、お誘いしていません」
わたしは首を横に振った。
「第二王子の派閥に睨まれている時に、第一王子のフェンディ様と親しくなんてできません。そんなの、火に油を注ぐようなものではないですか。そんな真似、出来ませんのでご遠慮ください」
お断りする。
「そんなの、マルクスも誘えば問題ないだろう。あいつなら喜んで食べにくるんじゃないか?」
フェンディの言葉に、一瞬、わたしは考えてしまった。
だが、そういう問題ではないと気づく。
「それは全然、問題の解決になっていませんよね?」
反論した。
「そうでもないだろう。普段、公務でしか顔を合わせない兄弟が顔を合わせて楽しく食事をするんだ。すばらしいとは思わないか?」
フェンディは説得する。
兄弟の絆とか持ち出されるとわたしは弱かった。
仲良くして欲しいという想いはある。
「それは……」
言葉に詰まった。
「騙されていますよ、マリアンヌ。兄上はただ、米を食べてみたいだけです」
ラインハルトが耳元に囁いた。
「え? 食べたこと、ないんですか?」
わたしはそっちに驚く。
米が特産の領地の恋人と付き合っていて、食べたことがないなんて信じられない。
「そういう場所で会える立場ではないからな」
フェンディは寂しそうな顔をする。
二人の関係がいつから始まったのかわたしは知らない。
だが、その関係はルイスさえ知らなかった。
誰にもばれないよう、細心の注意を払ってきたのだろう。
そこにはわたしにはわからない苦労があるに違いない。
同情してしまった。
「わかりました。どうぞ、いらしてください」
わたしの言葉に、ラインハルトは驚く。
わたしはラインハルトを見つめた。
「毒食らわば皿までです。どうせ、睨まれているんです。今さら、何をしたって同じでしょう。でもマルクス様はお誘いしますね。ずっとお会いしていないし、お話したいので」
にこっと微笑む。
「……マリアンヌがそう望むなら」
ラインハルトは渋々という顔で、頷いた。
伸ばした手がわたしの頬を撫でる。
フェンディがいなければ、このままキスされそうだ。
それを見て、フェンディは笑う。
「まさか、何にも興味がない弟がこんな変貌を遂げるとはな。人生というものは面白い」
そんなことを言った。
だが、からかうような口調とは裏腹に、その表情は優しい。
弟たちと仲良くしたいのは本音なのではないかとわたしは思った。
噂なんて、あてにならないのです。




