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その他大勢のわたしの平穏無事な貴族生活  作者: みらい さつき
第三部 第二章 お妃様教育
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座学

必要無いと思うと忘れます。





 ルイスの教育は多岐にわたった。

 王家の歴史も学ばされる。

 それは一度、貴族の教育の一環として覚えた記憶があった。

 だが綺麗さっぱり忘れている。


「王家の歴史を学ばなかったのですか?」


 ルイスに呆れた顔をされた。


「もちろん、学びましたよ。そして、覚えました。ただ、それを綺麗さっぱり、忘れただけです」


 わたしは言い訳する。

 威張れることではないが、覚えなかったわけではない。

 何も学ばなかったと言われるのは心外だ。


「どうして忘れるんですか?」


 ルイスはため息をつく。


「そんなの、自分の人生に必要のないものだと思ったからに決まっているじゃないですか。自分が王子と結婚するなんて、思っていなかったんですもの」


 わたしの答えに、とりあえずルイスは納得した。

 文句を言うのは止めて、覚えさせることに集中する。

 わたしはルイスが纏めた資料を読みながら、王家の歴史を暗記した。






 次の日は貴族のことを学んだ。

 誰がどの派閥なのかと共に、それぞれの領地の場所や特産物を教えられる。

 実はこれは意外と楽勝だった。

 畑をやっていたわたしは農作物にはそこそこ詳しい。

 大体、どのあたりで採れるかも知っていた。

 覚えるのは苦ではない。

 派閥云々は気が重くなる話だが、領地の場所と特産物を覚えるのは楽しかった。

 わたしは白地図にウキウキと特産物と領地名を書き込んでいく。

 ふと思い立って、派閥ごとに色分けをしてみた。

 色数は少ないが、絵の具はある。

 領地の枠に色をつけたら、繋がりがぐっとわかりやすくなった。

 同じ派閥は比較的纏まっているのに、隣り合っていても派閥は違うとこもある。

 王都に近い場所は派閥が複雑に入り組んでいるが、離れるとどこにも属さない中立派が多くなった。

 特に国境近くの辺境地はその傾向が謙虚だ。

 どこにも属さない白い場所が続く。


「これ、わかりやすくて良くない?」


 わたしはルイスを振り返った。

 ルイスは黙って、わたしが色分けした地図を覗き込む。


「この地図、もっと縮小した小さなやつを作っておきましょう」


 一言、そう言った。

 採用されたらしい。

 わたしはさくさくと地図を完成させていった。

 とある領地の特産物に“米”という文字を見つけて、驚く。


「えっ、米? この国でお米って採れたの?」


 ルイスに聞いた。

 勢いよく迫る。

 ルイスは戸惑う顔をした。


「そうですが、それが何か?」


 問う。

 肯定の言葉に、わたしは目をきらきらと輝かせた。


「わたし、お米が食べたいです。取り寄せることは可能ですか?」


 興奮気味に尋ねる。


「それは、まあ。取り寄せようと思えば出来るでしょうね」


 ルイスは頷いた。


「ぜひ、お願いします」


 わたしは頭を下げる。

 頼み込んだ。


「そんなに食べたいなら……」


 意外に人がいいルイスはわたしの頼みを聞いてくれる。

 手配することを約束してくれた。


(ありがとう。神様!!)


 わたしは心の中で叫ぶ。

 小躍りしたい気分をぐっと堪えた。

 さすがにここで踊り出すのは奇行だと理解している。


 この世界に転生してから28年。

 わたしはご飯に飢えていた。

 ランスローは農作地だが、米はない。

 この世界の料理は基本、洋食だ。

 主食はパンで、たまにとうもろこしという地域もある。

 どちらにしろ米ではなかった。

 田んぼなんて当然、この世界では見たことない。

 米を作っている地域があるなんて夢にも思わなかった。

 わたしはまじまじと地図を見る。

 ランスローとは反対側の国境の近くにあった。

 馬車で向かったら5日はかかるだろう。

 当然、そんな遠くの領地と交流はなかった。

 米の存在が耳に入らないのも当然だと思う。

 そしてこの領地はラッキーなことに、どの派閥にも入っていない中立派だ。

 色分けしながらにんまりしてしまう。


「わたし、ここの領主と仲良くなりたいです」


 ルイスに嬉々として宣言した。


「……」


 とても嫌な顔をされる。


「まさか、米のためですか?」


 問われた。


「はい」


 わたしは素直に返事する。

 米のためなら、今のわたしは何でも出来る。


「それは止めた方がいいのではないですか?」


 ルイスに止められた。


「何故です?」


 わたしは尋ねる。


「そこの領主はあまり評判がよくありません。まだ若く、たくさんの女性と浮名を流しています」


 ルイスは答えた。


「つまり、凄くモテる人なんですね」


 わたしの言葉に頷く。


「どんな人なのですか?」


 尋ねると、ルイスは考え込んだ。


「妙に色気のある男です」


 そう一言だけ返ってくる。

 その言葉を聞く限り、親しくはなさそうだ。

 とてもモテるのに、独身らしい。


「そんなにモテるのに、結婚しないのは何故なのですか?」


 不思議に思う。

 ルイスは『さあ?』と首を傾げた。


「いろんな女性とまだ遊びたいからではないですか」


 ルイスには珍しく適当なことを言う。

 その言葉には侮蔑があった。

 ルイスは彼のことをあまり好きではないらしい。


「ルイスはその人と親しいの?」


 わたしは尋ねた。


「まさか」


 ルイスは首を横に振る。


「親しくないなら、噂だけで相手のことを判断するのはどうかと思うわ。人の噂が当てにならないことくらい、わたしたちはよく知っているでしょう?」


 わたしの言葉にルイスはぐっと返事に詰まった。

 先日、噂にふりまわされたことを思い出したらしい。

 わたしはそこに畳み掛ける。

 せっかくお米を作っている土地を見つけたのだ。

 仲良くなるのを諦めたくない。

 定期的に米を融通して欲しいと思っていた。


「その人がどんな人なのかは、自分の目で見て自分で判断することにするわ。もちろん、ルイスが心配するようなことにはならないよう一人で会ったりはしません。その代わり、どこかで会う機会を作ってください。ラインハルト様にも同席してもらい、お茶にお招きするとかもいいかもしれませんね」


 わたしの言葉に、ルイスは渋い顔をする。


「そんなこと、本当に可能だと思っていますか?」


 聞き返された。


「え?」


 わたしは首を傾げる。


「ラインハルト様が、マリアンヌ様に他の男を会わせるための協力をすると思いますか?」


 ルイスは言い直した。


「それは……」


 わたしは言葉に詰まる。

 どう考えても無理だろう。


「お米……」


 わたしは切なく呟いた。

 ないと思ったから諦めていたが、あるとわかったら諦められない。

 わたしはおにぎりがどうしても食べたかった。


「米の方の手配は出来るでしょう。物が手に入るだけで今は諦めてください」


 ルイスの言葉にうんうんと頷く。


「よろしくお願いします」


 もう一度、頭を下げた。




どうしても白いご飯が食べたいのです。

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