教育係り
サブタイル、悩みました。
翌日、朝食の席は父と二人だった。
誰とも挨拶しないまま食事の席に同席するのは気まずいだろうと、父をセバスが気遣ってくれたらしい。
朝食後、わたしは父と一緒に祖父に会った。
父と祖父の間にはなんとも微妙な空気が流れる。
二人とも、必要以上に口を開かなかった。
養子縁組の手続きは淡々と事務的に行われる。
さして時間はかからずに終わった。
(簡単なものだな)
あまりにあっさり終わって、わたしはちょっと物寂しい。
父も同じことを感じたようだ。
二人で顔を見合わせる。
苦笑いがこぼれた。
昼になる前に父は帰ることにした。
シエルのことが心配なので早く帰って欲しいと頼んだのはわたしだが、昼食も取らずに帰るとは思っていなかったので戸惑う。
セバスが気を利かせて昼食を父に持たせてくれた。
父の見送りにはルークやユーリも出てきてくれる。
アルフレットやルイスはすでに仕事に出かけて、家にはいなかった。
祖父は見送りに出てこない。
そのことに父はどこかほっとしている感じがした。
父と祖父の関係に、わたしは口を出さないと決めている。
仲良くして欲しいとは思っているが、それはわたしの勝手な希望に過ぎない。
仲良くなれるとしても、無理だとしても、本人たちが考えるだろう。
昼過ぎ、ルイスが戻ってきた。
「今後のことで話があります」
そう言われて、書斎のような部屋に連れて行かれる。
本棚があって本がたくさん並んでいた。
(書斎というよりは、図書室って感じかな)
室内を見回して、そう思う。
この世界の本はそこまで高額ではない。
だが、前世ほど安くもなかった。
好きな本を好きなだけ買えたりはしない。
(大公家ってやっぱりお金持ちなのね)
そんなことに感心していると、座るように言われた。
大きなテーブルがあり、その周りに椅子が置かれている。
雰囲気的には会議室っぽい感じだ。
ここで調べ物をしたり、勉強したりするのだろう。
わたしが適当な椅子に座ると、向かい合うようにルイスも座った。
間に大きなテーブルを挟んでいるので、適度に距離は離れている。
「さて、今後のスケジュールですが、一週間ほどでは我が家で過ごしていただきます」
ルイスの言葉にうんうんとわたしは頷いた。
一週間というのは思ったより短い。
だが国王に婚約を認められてから、実はもう一月近く経っていた。
わたしは内心、日程がどうなっているのか気になっている。
「王宮に入るのが一週間後になり、式は二ヵ月後になります。式に関してはすでに準備は始められています。この件に関してマリアンヌ様の意見が通ることは一つもないので、気にしないでください。行事の一つに参加する程度に考えていただいて結構です。ちなみに、ランスロー家の二人に関しては親族ではない枠で席を準備しているので、こちらも心配は無用です」
ルイスの言葉にわたしは苦笑した。
何を心配しているのか、よくわかる。
普通の女性は、自分の結婚式に自分の意見が一つも通らないなんて嫌だろう。
結婚式というのは女性のためのイベントだ。
夢や希望を多かれ少なかれ女性なら抱いていると思っているのだろう。
だがそんなもの、わたしは一つも持っていなかった。
結婚する気がさらさらなかったのだから、当たり前かもしれない。
ルイスが心配するような口出しをするつもりなんて少しもなかった。
むしろ、全部準備してくれるなんて楽だなと思っている。
「何も口を出すつもりはないので、安心してください。それより確認してもいいですか?」
ルイスに尋ねた。
「どうぞ」
ルイスは頷く。
「一週間後に王宮に入るのはわかりました。結婚式が二ヵ月後なのも。でもその間、わたしはどういう立場なのですか? 王宮で準備をしながら結婚を待つ婚約者ですか? それとも、二ヵ月後にみんなへお披露目する結婚式を待つ新妻ですか?」
わたしの質問に、ルイスはふっと笑った。
「どちらがいいですか?」
問われる。
「質問に質問を返すのは感じ悪いですよ」
わたしはルイスを睨んだ。
ルイスは『そうですね』と頷く。
「では、お答えしましょう。正解は『どちらでもいい』です」
ルイスは口の端を上げた。
「王宮のしきたりではどちらでも問題ありません。どちらのパターンもありました。でも今回は後者を考えています。理由はおわかりですか?」
尋ねられて、わたしは苦く笑う。
「なんとなく」
頷いた。
「たった二週間離れていただけで顔が見たいと城を抜け出す人が、二ヶ月も一緒に王宮で暮らして手を出さずに我慢できるとは思えません。二ヵ月後に結婚する時にすでに身篭っていましたでは困ります。それなら、結婚して式だけを2ヵ月後にした方がましでしょう?」
ルイスに問われる。
「ご尤もですね」
わたしは頷いた。
責められている気がするが、そんなことをわたしに言われても困る。
そういう教育に関してはそちらの仕事だとむしろ言いたい。
「何でそんなに我慢が出来ない人なんですか?」
わたしは首を傾げた。
「我慢が出来ない人ではありません」
ルイスはため息をつく。
「むしろ、他のことに関しては我慢をしすぎるくらいです」
恨めしげな目で見られた。
「わたし、何もしていませんよ」
悪くないと首を横に振る。
ルイスはやれやれという顔をした。
「別に何かしているとは思っていません」
否定する。
そして気持ちを切り替えるように表情を変えた。
「さて、王宮に入ってからのあれこれはその時に話すとして、まずはこの一週間の予定を話しましょう」
その言葉にわたしはちょっと居ずまいを直す。
背を伸ばし、話を聞いた。
「この一週間は王宮に入る前に覚えていた方がいい知識を学ぶ時間です。薬学の知識はお持ちですか?」
ルイスの質問にわたしは苦笑する。
「持ち合わせておりません」
きっぱり否定した。
わたしはその他大勢だ。
そんな役に立ちそうな知識、持っているはずがない。
チートな能力なんてわたしには何一つないのだ。
もっとも、わたしだって全くの無知ではない。
前世のたいして役に立たない広く浅い知識ならある。
この世界の民間療法とかも知っていた。
切り傷にはこの薬草が効くとか打ち身にはこの木の実を煎じて塗ればいいとか、農家の皆さんが教えてくれる。
だが、ルイスが求めているのはそういう知識ではないだろう。
「毒に関する知識なんてありませんよ。木の根を煎じれば毒になるとか知っているのも一部あることはありますが、曖昧な知識なのでたぶんあまり役に立ちません」
わたしの返事をルイスは予想していたようだ。
特に驚くこともない。
「では、明日から付きっ切りで私が教育することにしましょう」
なにやら楽しそうに言う。
スパルタを覚悟した方が良さそうだ。
「よろしくお願いします」
素直に頭を下げる。
ルイスはそんなわたしに満足な顔をした。
返事の仕方はお気に召したらしい。
「今日はこれから城に向かいます。王子へ王都に戻った挨拶をしてから、二人で国王に謁見してください。結婚と式の日程が決まったことの報告と許可を頂きます」
ルイスは淡々と説明を続けた。
わたしは『はい』と頷く。
慌しい日々が始まることを覚悟した。
ルイスは頼りになる人です。




