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華 5

ラブラブなのです。





 ハワードとは結局、最後に握手だけした。

 何度も会えて嬉しかったと繰り返して、帰って行く。

 そんなに会いたかったのか思うと、申し訳ない気持ちになった。


(危なかった。婚約が決まっていなかったら、健気さにやられてうっかり流されていたかもしれない)


 心の中で苦笑する。


 16歳の時に結婚を申し込まれていたのはなかなかの衝撃だった。

 わたしは男爵令嬢なので、正直、嫁としてはあまり付加価値がない。

 どうせ嫁を貰うなら、爵位の高い家と縁を結びたいのは当然だ。

 男爵家では旨みが少ない。

 わたしが跡取り娘だった時はまだ条件が良かった。

 子爵や伯爵にも次男や三男はいる。

 長男と違い爵位が継げない子息は婿入りを狙うのが一般的だ。

 だが嫁を貰う貴族はたくさんいても、婿を取る令嬢はそう多くない。

 実は婿入りはなかなかハードルが高いのだ。

 男爵家でもそれなりに需要はある。

 父がいくつか打診されていたのもわたしは知っていた。

 それはシエルが生まれたことによって、立ち消える。

 わたしの価値は一気に下落した。

 そのわたしに伯爵家の跡取りであるハワードが結婚を申し込んでいたなんて、驚きだ。

 絶対、家族には反対されただろう。


 そんなことを考えながら客の見送りを終えると、庭に戻る。

 片付けを手伝おうとしたが、ドレスが汚れると叱られてしまった。

 尤もなので、先に着替えることにする。

 着替えてから庭に出たら、あらかた片付けが終わっていた。


「マリアンヌ様は少しお休みください」


 執事に言われて、家に戻る。

 休ませて貰うことにした。

 真っ直ぐ自分の部屋に向かおうと思ったが、他のみんながどうしているのか気になる。

 居間に寄った。

 父とシエルは居間で休んでいた。

 二人とも疲れた顔をしている。


「お疲れさま」


 二人に声をかけた。


「姉さんもお疲れさま」


 シエルが私の声に応える。


「疲れたから、夕食まで部屋で休んでいるわね」


 二人にそう言って居間を出た。

 そのまま部屋に向かっても良かったのだが、一応、ラインハルトやルイスも労っておこうと客間に寄る。

 居間にいなかったので、部屋で休んでいるだろう。

 手前にあるルイスの部屋からノックした。


「はい」


 返事が聞こえて、ドアが開く。

 ルイスが顔を出した。


「昨日から今日にかけていろいろありがとう。お疲れさまでした」


 わたしは礼を言う。


「無事に暗躍できました?」


 問いかけると、にやりと口の端で笑われた。

 なにやら成果があったらしい。


「夕飯が出来たら呼びますから、それまでゆっくり休んでください」


 わたしの言葉にルイスはああと返事をする。

 ドアを閉めた。

 わたしは隣のラインハルトの部屋に移動する。

 トントントンとドアをノックした。

 返事がない。

 休んでいるのかもしれないと思い、そのまま立ち去ろうとした。

 だが、ドアが開く。

 驚いていると、ひょいっと抱き上げられた。


「!?」


 びっくりしている間にベッドに運ばれてしまう。

 ラインハルトはドアを閉めて戻って来た。

 わたしが身を起こすよりそれは早くて、上から覆い被さられた。


(ちょっと、ちょっと、ちょっと)


 わたしは心の中で突っ込む。

 声に出せないのは、ラインハルトがずっと無言だからだ。

 怒っているのは伝わってくるが、何に対して怒っているのかわからない。

 ラインハルトに組み敷かれた状態で、わたしはその背中をポンポンと軽く叩いた。


「重いです。退いてください」


 頼む。


「わたしは怒っている」


 ラインハルトの呟きが聞こえた。


(それはなんとなくわかっています)


 わたしは心の中で答える。

 苦く笑った。


「話は聞くので、上から退いてください。このままだとわたし……、寝ちゃいます」


 わたしの言葉に、ラインハルトは驚いたようだ。


「はあ?」


 顔を上げて、わたしを見る。


「適度な重みと人肌の温かさに疲れが相まって。いい加減、限界です。この体勢だと確実に寝ます」


 わたしは自信満々に言い切った。

 すでにもう、瞼が重い。

 目を閉じたら、直ぐにでも眠りの淵に落ちそうだ。

 だがラインハルトはわたしの言うとおりにするのは癪らしい。


「寝ても構わない。ただし、寝た後に何をされても文句は受け付けない」


 逆に脅された。

 悪戯するぞと言われる。


(フェミニストな王子様にそんなこと出来ないくせに)


 心の中では言い返したが、もちろん、そんな煽るような言葉は口にしない。


「いいんですか? 寝ちゃったら、ハワードの話とかできませんけど」


 ラインハルトに尋ねる。

 ラインハルトの眉がぴくりと動いた。


「それに、わたしも一つラインハルト様に怒っていることがあるんです」


 軽く睨む。

 心当たりがないらしいラインハルトは戸惑った顔をした。


「今日、ドレスをクララが着せてくれたんですが。大変、冷たい目を向けられました」


 わたしはそっと胸の上辺りに触れた。

 そこに何があるのか、ラインハルトは思い出す。

 噛み跡はまだ、消えていない。


「何か言われたのですか?」


 問いかけに私は首を横に振った。


「クララはもともと大公家のメイドです。主に不要な意見をするわけがないでしょう?」


 苦く笑う。


「退いてください」


 もう一度、わたしは頼んだ。


「……」


 ラインハルトは渋々、退いてくれる。

 隣に横になった。


「ありがとうございます」


 囁きながら、わたしはチュッとラインハルトの頬に触れるだけのキスをする。

 不意打ちにラインハルトは驚いた。


「それはわざとやっているのだろう?」


 やれやれという顔をされる。


「もちろん、わざとです」


 わたしは微笑んだ。

 ラインハルトの方に身体を向けるように横を向く。

 ラインハルトもわたしの方を向いた。

 伸ばした手が頬に触れる。


「キスをしても?」


 甘い声で強請られた。


「少しなら」


 わたしは頷く。

 顔が近づいて来て、唇が塞がれた。

 口の中に入り込んだ舌に舐めまわされる。

 少しだと言ったのに、全然少しではなかった。

 いつの間にか腰に回っていた手に尻を撫でられる。

 さすがにいらっとしたので、その手を抓った。


「いたっ」


 ラインハルトは痛がる。


「少しって言いましたよね?」


 わたしは怒った。

 ラインハルトは笑っている。

 機嫌は直ったようだ。


「それで、ハワードはなんだったんだ?」


 問われる。


「結論から言えば、ダンスを申し込まれて、断りました」


 わたしは説明した。

 好きだったことを伝えられ、二度も求婚したことを教えられた後に踊るわけにはいかなかったことを話す。

 ラインハルトは渋い顔をした。


「ハワードとは子供の頃から仲が良かったのか?」


 そう聞かれる。


「逆ですね。顔を合わせると、喧嘩していました。子供って男の子グループと女の子グループに分かれて遊ぶじゃないですか。ハワードは男の子グループのリーダー的な子で、よく女の子グループにちょっかいを出してきたんです。わたしたちのグループにはちょっと可愛い子が一人いて。その子ばかり泣かせていたので、その子のことが好きなのだと思っていました」


 だが、違ったらしい。

 ハワードが求婚したのはわたしだったようだ。

 そして彼が実際に結婚したのはそのちょっと可愛い子の方だ。

 離婚したらしいことを聞いて、驚く。

 わたしがハワードに何も言えなかったのは、相手の方も知っていたからだ。

 もっとも、その子たちともとっくに縁は切れている。

 母が妊娠して以降、わたしは自分からは誰にも連絡していなかった。


「本当に好きだったんだな」


 ラインハルトは呟く。

 そこには少し同情のようなものが含まれていた。

 わたしもしんみりする。


「そうみたいですね。もう少し早くそのことを知っていたら、絆されていたかもしれません。危なかったです」


 うっかり、言わなくていいことまで口にしてしまった。

 しまったと気づいて、直ぐに起き上がる。

 逃げてしまおうと思った。


「そろそろ、自分の部屋に戻って休みますね」


 だが、ラインハルトが逃がすわけがない。

 手首を掴んで引き戻され、後ろから抱きしめられた。


「まだ私が怒っている件について話をしていませんよ」


 耳元に囁かれる。

 耳朶を舐められた。


(ひゃっ)


 心の中で悲鳴をあげる。


「話をし難いので、体勢を変えましょう」


 わたしは提案した。


「向かい合いたいのですか?」


 ラインハルトに問われる。

 意地悪を言われているのはわかった。

 だが、わたしは頷く。


「顔は見えないより見えたほうがいいです。そうしないと、言葉がきちんと伝わらないでしょう?」


 人間は会話する時、視覚からいろいろな情報を無意識に収集するそうだ。

 言葉のニュアンスだけでは人の感情は複雑すぎて正確に汲み取れないのだろう。

 視覚情報と合わせて初めて、言葉は正しく相手に伝わるのかもしれない。


 わたしは予想外の返事に戸惑うラインハルトの腕の中から逃げ出し、向かい合って座った。


「はい、どうぞ」


 ラインハルトを促す。

 ラインハルトはふっと笑った。


「もう、いいです。他の女性とのダンスを勧めるのは婚約者としてどうかとか。私を放っているのにハワードと長々と話しこみすぎだとか。そのハワードとの握手が長すぎるだろうとか。自分の器が小さいだけの気がしてきました」


 ため息をつく。


「それ、ほぼ言っていますよね?」


 わたしは苦く笑った。


「だってダンスは仕方ないでしょう? 婚約者があろうと、結婚していようと、他の女性とダンスを踊らないなんて無理なんですから。それに、田舎の令嬢たちに王子様と踊ったという一生の思い出が出来るんですよ。手紙の件でも喜んでくれたから、もっといい思い出を作ってあげたくなったんです」


 言い訳する。

 出迎えた時、実は王子直筆の招待状があることを客たちに伝えた。

 令嬢たちに特に喜んでくれる。

 そんな反応が可愛らしかった。


「ハワードの件はちゃんとダンスを断ったので、わたしに非はありません」


 怒られる理由はないと反論した。

 ラインハルトは苦く笑う。

 その顔を見ながら、わたしにはちょっと思うことがあった。


「ラインハルト様はあまりわたしに好かれていないと思っているようですが、わたしはたぶん、ラインハルト様が思っているより、ラインハルト様が好きですよ」


 にこっと笑って、逃げるようにベッドを降りる。


「では今度こそ、自分の部屋に戻ります」


 そう言うと、止められる前に逃げ出した。

 自分の顔が赤いのは自分でもわかる。

 それを見られたくなかった。



ハワード意外と出番をつくってあげられなかった。><

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― 新着の感想 ―
[一言] > 令嬢たちには特に喜んでくれる。 「令嬢たちは」にするか「喜んでもらえる」にされた方が良いと思います。
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