華 4
やっと出てきたハワードくん。
目の前にいる青年をわたしはまじまじと見た。
(駄目だ。やっぱり、思い出せない)
名前には心当たりがあったのに、顔を見たらわからなくなってしまった。
ハワードという名前と目の前の青年が繋がらない。
(困ったな)
思い出せない状態で話を合わせるのはきつい。
そんなわたしの葛藤に気づかず、ハワードは話しかけてきた。
「変わらないですね」
そう言われる。
「え?」
わたしは戸惑った。
「令嬢たちにパートナーを見つけてあげるなんて、マリアンヌらしいです」
その言葉に、わたしはふっと笑う。
「女の子はみんな華なんですよ。こんな端の方に一人で咲かせておくのはもったいないでしょう? それに、花なら本物が庭にはたくさん咲いていますもの。これ以上、壁に花は必要ないのです」
真ん中で咲き誇ってこそ、華だ。
踊っている彼女たちはみんなキラキラしている。
さっきまでのその他大勢の一人だとは思えなかった。
「昔から他人を仕切るのが上手くて、人と人の間を取り持つのも上手でしたね」
そんなことを言われて考え込む。
「いつの話ですか?」
尋ねた。
「10歳くらいの時ですかね」
ハワードは答える。
思い出すことはいくつかあった。
当時、大人たちとは別に子供には子供のコミュニティがあった。
わたしは改めて、ハワードの顔を見る。
何か思い出せそうな気がした。
(あ……。ジャイアンだ)
やっと思い出す。
何故わからなかったのか、その理由にも思い当たった。
わたしは彼にジャイアンというあだ名をつけて、勝手に心の中でそう呼んでいた。
わたしにとって彼はハワードではない。
しかも、昔はジャイアンというあだ名に相応しいガキ大将だったのだ。
今の紳士然とした姿にその面影はあまり残っていない。
(よく喧嘩したな~)
そんな思い出さなくていいことまで思い出してしまった。
「あの頃と変わっていませんか?」
それは誉め言葉ではないなと思いながら、問い返す。
「ええ。あの頃から世話好きでした」
その言葉に苦笑いするしかない。
だがとりあえず、貶められてはいないことはわかった。
悪意を感じない。
「ハワード様は変わりましたね。すっかり、紳士になられて」
わたしは彼を誉めた。
「ええ。貴女に言われた一言がだいぶ堪えました」
意味深な言葉が返ってくる。
(え?)
わたしは固まった。
まったく覚えていない。
言われた方は忘れられなくても、言った方はあっさり忘れるなんてよくある話だ。
ニュアンス的にも、当時のわたしたちの関係を考えても、良い言葉でないのはわかる。
「あの……。わたし、何を言いましたでしょう?」
聞かないまま放置することは小心者のわたしには出来なかった。
気になって、夜も眠れなくなる。
思い切って尋ねた。
ことの次第によっては、今さらだが謝罪しようと決める。
「たいしたことではありません。ただ、偉いのは伯爵である父であって、その子供に過ぎない私は他の貴族の子弟と立場はなんら変わりがないと諭されただけです」
ハワードはだいぶ柔らかい言い方をした。
だが、わたしは思い出す。
『偉いのは伯爵であって、あんたじゃない。あんたは今、ただの貴族の子供だ。威張りたいなら、伯爵家を継いだ後に威張れ!!』
そう怒鳴った記憶がある。
「あの時はその……。怒りのあまり、言い過ぎました」
わたしは反省した。
「そんな顔をしないでください。正しいのはマリアンヌの方で、そのことに気づかせてくれたことに今は感謝しています」
礼を言われてしまい、心苦しくなる。
そんなわたしをハワードはにこにこしながら見ていた。
とても嬉しそうだ。
「本当に久しぶりですね」
そう言われて、わたしも考える。
会ったのは10歳のあの頃が最後だろう。
翌年には母が身篭り、わたしは母に付きっ切りになった。
次の年にシエルが生まれ、母が亡くなり、パーテイに参加するどころではなくなる。
そしてそれ以来、私は一度も社交界に顔を出すことはなかった。
「ずっと、マリアンヌのことが気になっていたんです」
ハワードの言葉にわたしは恐縮する。
「あんな別れかたでしたからね」
後味が悪いのだろうと思った。
「いえ、そういうことではなくて」
ハワードは苦笑する。
「ずっと好きだったんです」
その言葉に、誰をですか?――なんて聞くほどわたしも野暮ではない。
「子供だから気を引きたくて、意地悪ばかりしていました。すいません」
謝罪された。
「いえ、そんな」
わたしは困る。
「子供の頃の話ですから、気にしないでください。それにわたしもかなりやり返していた気がするので。お互い様ということにして流しませんか?」
提案した。
なかったことにしたい。
ハワードは小さく笑った。
「ずっと、嫌われていると思っていました。その……。求婚も受けてもらえなかったので」
言い難くそうに呟く。
わたしは目をぱちくりと見開いた。
「わたしにですか?」
心当たりがなかったので、聞き返してしまう。
「ええ。マリアンヌが16歳の時と、わりと最近の二度」
(二度も?!)
わたしは衝撃を受けた。
だが納得も出来る。
16歳のわたしはシエルの子育てでそれどころではなかった。
最近のは再婚相手としての申し込みだろう。
だが父やシエルがわたしに再婚話を持ってくることはない。
「ハワード様が今、お一人だとは知りませんでした」
伯爵家の子息が結婚したことはわたしも何かの時に聞いて知っていた。
「上手くいかなかったんです」
ハワードはただそう言う。
わたしは何て返したらいいのかわからなくて、困った。
曖昧に微笑む。
そんなわたしをハワードはただ見ていた。
ガキ大将のイメージしか持ってないわたしは戸惑う。
知らない人のようだ。
「王子と結婚されるのは知っています。でもその前に一度だけ、私と踊っていただけませんか?」
手を差し出される。
「それは……」
わたしは困った。
求婚されたことを知らなかったら、踊ったかもしれない。
懐かしい気持ちはある。
だが二度も求婚してくれたことを聞いてしまった。
男女の機微にたいして敏くないわたしにもハワードの気持ちが本物であることはわかる。
そんなハワードと軽い気持ちで踊ることは出来なかった。
「ごめんなさい」
わたしは謝る。
「叱られるので、ラインハルト様以外と踊るのはちょっと……」
またラインハルトに悪者になってもらった。
他の人を断った時と、あえて同じ理由にする。
もちろん、それが言い訳であることにハワードは気づくだろう。
わたしが踊らない本当の理由にも。
「わかりました」
ハワードは手を引いた。
周りはちょっとざわつく。
(ごめんなさい。ラインハルト様)
悪者になってくれた王子に心の中で謝った。
しかし、周りがざわついた理由はそれではない。
ラインハルトがやってきた。
「失礼。次がラストダンスだそうなので、私の婚約者を返していただいてよろしいですか?」
わたしの隣に立ち、腰に手を回す。
「ええ。もちろん」
ハワードは頷いた。
わたしはラインハルトに連れられて、真ん中に向かう。
周りの視線を痛いほど感じた。
(ああ、目立ちたくない)
そんな無理なことを今さら願う。
「何を話していたのですか?」
踊りながら、ラインハルトに問われた。
「昔話ですよ」
わたしは答える。
ラインハルトは納得しない顔をした。
「後でお話します」
わたしは約束する。
「では、後で」
ラインハルトは頷いた。
なんだか不憫な気がするハワードくん。
チャンスがなかったのです。><




