表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/651

華 3

ダンスくらい踊れますよ。 笑





 出迎えが全て終わり、わたしは一仕事終えた気分になっていた。

 ラインハルトとランスロー家の良好な関係は十分にアピールできただろう。


(やっと終わった)


 隅の方で料理でも摘もうと思っていると、ラインハルトに腕を掴んで止められた。


「どこに行くんです?」


 小声で問われる。


「お腹が空いたので料理でも摘もうと」


 正直に答えると、困った顔をされた。


「まだ終わったわけではないですよ」


 囁かれる。

 パーティは始まったばかりだ。

 楽団が演奏の準備をしている。

 ダンスがあることを思い出した。

 パーティが久しぶりですっかり忘れていたが、ガーデンパーティにだってダンスはある。

 真ん中の一番目立つところにダンススペースは取ってあった。

 そのために料理が並んだテーブルは端の方に追いやられている。


(目立ちたくないです)


 その他大勢のわたしのそんな希望など、通るはずがない。

 今日の主役はラインハルトだ。

 明日帰る彼のためにお別れのパーティを開いたことになっている。

 その主役が婚約者と踊らないわけにはいかない。


(一曲踊れば終わる)


 わたしはそう自分に言い聞かせた。

 ラインハルトの手を取る。


「寄りかかって大丈夫ですよ」


 疲れたわたしにラインハルトは囁いた。

 わたしは素直に甘えることにする。

 すっかり人疲れしていた。

 ぐいっとラインハルトに腰を引き寄せられる。


(密着しすぎです)


 そう思ったが、抗う力も残っていなかった。

 何より、この体勢は楽だ。

 ラインハルトにほとんど体重を預けている。


(婚約者なんだから密着したところで問題ないでしょ)


 周りのざわざわは無視して、ラインハルトに身を任せた。

 ラインハルトは華麗にリードしてくれる。

 考えてみれば、一緒にダンスを踊ったのは初めてだ。


(さすが王子様。ダンスもお上手)


 わたしは心の中で拍手を送る。

 何でも出来る人だと感心した。

 でもきっとそれは練習を重ねたからだろう。

 ラインハルトの動きにはちゃんと習った感じがあった。

 いい加減さがない。


「ラインハルト様は頑張り屋さんですね」


 誉めると、ふっと笑われた。


「何の話です?」


 耳元で問い返される。

 わざとらしく息を吹きかけられた。


「誉めたのに、そういう悪戯をするならもう踊りません」


 わたしは冷たく言い放つ。

 令嬢たちがラインハルトのダンスの相手をしたくて集まっていることに気づいていた。

 さすが、主役の王子様はモテモテだ。


「待たれている令嬢たちの相手をしてあげてください」


 頼むと複雑な顔をされる。


「婚約者に他の令嬢を押し付けるのか?」


 不満げに問われた。


「たかがダンスの相手ですよ。一曲踊ったくらいで妊娠したりしませんから、安心して踊ってください」


 わたしは微笑む。

 待っている令嬢のところに行って、わたしの代わりに一曲ずつお相手して欲しいと頼んだ。

 自分は少し休みたいからと理由をつける。

 令嬢たちは大喜びで順番を決めた。

 はしゃいでいる姿がなんとも微笑ましい。

 ラインハルトは順番が決まるのを待っていた。

 わたしに見せた不満な顔はすでになく、穏やかに笑みを浮かべている。

 その笑顔が作り笑いであることはわたしには丸わかりだが、何も知らない令嬢は騙されていた。

 王子様の素敵さにただうっとりしている。

 女の子は誰でも一度は王子様を夢見るものだ。

 その王子様が目の前にいて、ダンスをしてくれるのだから浮かれるのも当然かもしれない。


(良かった、良かった)


 令嬢たちの幸せそうな様子に満足して、わたしは料理のテーブルに向かおうとした。


「姉さん」


 そこをシエルに呼び止められる。


「僕とも一曲踊って」


 手を差し出された。


「もちろん」


 わたしはその手を取る。

 シエルと踊った。

 途中、ラインハルトとすれ違う。

 一瞬、冷たい目で睨まれた気がするが、気づかないふりをすることにした。


(この一曲だけです。疲れているので、本当にもう踊りません)


 心の中で言い訳する。


「疲れているみたいだけど、大丈夫?」


 シエルに心配された。


「大丈夫よ。パーティが終わったら、たっぷり休むわ」


 わたしは微笑む。

 あと数時間の辛抱だと、心の中で思っていた。


「もっと寄りかかっても大丈夫だよ」


 シエルはそう言って、わたしを支えてくれる。

 わたしはありがたくシエルに凭れた。


「シエルと踊るのも久しぶりね」


 懐かしい気分になり、呟く。

 シエルが社交界にデビューする前、ダンスの練習相手はわたしが務めた。

 その頃は毎日、二人で踊っていた気がする。


「また踊ってよ」


 シエルにせがまれて、約束した。

 そんなことを話している間に曲は終わってしまう。

 シエルと踊りたい令嬢が集まってきた。

 わたしはシエルを見る。

 シエルは頷いた。

 令嬢たちのところに行く。

 姉さんから皆さんのお相手を頼まれたので、どなたか踊りませんか?――と言っている声が聞こえた。


(いや、それ言わなくていいことなんじゃ……)


 そう思ったが、これもわたしが大公家に養女に行った後、姉弟の仲良しエピソードとして語られることになるのかもしれない。

 そんなことをつらつら考えながら、今度こそわたしはその他大勢らしく目立つ真ん中から退散しようとした。

 途中、わたしにもよろしければと男性から声がかかる。


(よろしくないです)


 わたしは心の中で返事した。

 婚約者が嫉妬深いので他の男性とは踊れません――と、ラインハルトのせいにして逃げる。

 ラインハルトの名前を出すと、相手はあっさり引いてくれた。

 どんなことをラインハルトが話していたのか、知るのが怖くなる。

 だが今はそれで助かっているので、感謝しておくことにした。






 ようやく目立たない端までたどり着いたわたしは、何を食べようかとテーブルの料理を見回した。

 予想より、料理に手が付けられている。

 半分以上減っていた。

 こういうパーティで料理に手を伸ばす人はあまりいない。

 ほとんどの人が社交に忙しいからだ。


(暇を持て余している人が多いのか、それとも料理が美味しそうに見えたのか。もしくはそのどちらもなのか)


 わたしは料理を皿に盛りながら、周りの様子を窺う。

 すると、テーブルの側で料理について話している声が聞こえた。

 緑色の冷製スープに驚いている。

 何のスープだろうと首を傾げていた。

 決して珍しいものではないのだが、鮮やかな緑色に騙されているのかもしれない。


「空豆ですよ」


 わたしは教えた。

 話していた令嬢たちは戸惑った顔をする。

 わたしがいたことにも驚いたようだ。

 主役の婚約者がこんな端にいるなんて思わなかったのかもしれない。

 わたしは構わず、話を続けた。


「空豆は今が旬なんですよ。今年は実の入りが良くて美味しいのです。よろしければたくさん召し上がってくださいね」


 にこっと微笑む。

 だがさすがに突然話しかけたのはわたしも気まずかった

 そのまま料理の皿を持ってその場を立ち去ろうとする。


「あの……」


 戸惑っていた令嬢の一人が口を開いた。


「マリアンヌ様はどうしてそんなことをご存知なのですか?」


 不思議そうな顔をされる。


(自分で作っているからです)


 心の中で答えた。

 だが、そんなことを言えるわけがない。


「空豆はこの辺りの特産なんですよ。自分の領地で栽培されているものですから、知っているんです」


 貴族としての努めですから的なニュアンスを漂わせた。

 すると令嬢たちは興味を持つ。

 他にはどんなものが採れるのか聞かれたので教えた。

 そんな話を聞くのは初めてなのか、いろいろ質問してくる。

 終いには自分の家の領地では何が採れるのだろうかをわたしに聞いてきた。


(いや、それはわたしに聞くことじゃ……)


 そう思ったが、その土地の特産くらいは知っているので教えてあげる。

 すると近くにいた他の令嬢たちも寄って来た。

 わたしたちの話に聞き耳を立てていたらしい。

 会話に混じってきた。

 いつの間にか7~8人くらい集まる。

 積極的な令嬢たちのように自分からダンスを申し込むことが出来ず、暇を持て余していたようだ。


「せっかくですから、皆様もあちらで踊っていらしたら?」


 わたしは勧める。

 ホストの一人として、パーティを楽しんでもらいたいと思った。


「でも……」


 令嬢は困った顔をする。

 勇気が出ないらしい。

 わたしも困った。

 ラインハルトやシエルのところまで連れて行くのは簡単だが、大事になり、目立つだろう。

 自分からダンスを申し込めない消極的な令嬢がそんな目立つことを望むとは思えない。

 ここにいるのはわたしと同じその他大勢の皆さんなのだ。

 何気に泳がせた視線が、同じように時間を持て余しているらしい青年と合う。

 ダンスの相手はラインハルトやシエルでなくても構わないのだと思い出した。

 にこっと笑って、わたしは彼を手招く。

 自分ですか?と問うような仕草をしたので、わたしは頷いた。

 彼は近づいてくる。

 大人しそうな青年だ。


「よろしければダンスに誘ってあげてください」


 わたしは令嬢を勧めた。

 彼は素直に令嬢を誘ってくれる。

 二人は踊りに行った。

 それを見ていた他の青年もそわそわし始める。

 わたしはその気のありそうな辺りを手招いた。

 適当に令嬢と組み合わせてダンスへ送り出す。

 お見合いをマッチングしているような気分になった。


(何をしているんだろう、わたし)


 自分でもそう思ったが、やり始めたからには最後までやるしかない。

 令嬢たちの期待の眼差しをわたしは感じていた。

 結局全員に相手を見つけて、真ん中に送り出す。

 全て終えてほっと一息つくと、ルイスの呆れたような顔が目に入った。


(わかっている。わたしだって自分で何をしているんだろうと思っているわ)


 心の中で言い訳しても、ルイスに聞こえるわけがない。

 ますます疲れを感じていると、誰かが寄って来た。

 ハワードだと気づく。


(ここでハワードですか? もうライフは0です)


 わたしは心の中で悲鳴をあげた。

 当たり前だが、ハワードのことを思い出している時間なんてなかった。


気づいたらお世話している世話焼き体質。

ハワードのこと、忘れていました。><

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ダメだ、笑ってしまった(爆) 他人事じゃない [一言] すみません、物語は結末が分からないと不安で最後の方からつまみ食いしてから読む派なんですが、今回のでツボった感あります 作者さんとして…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ