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ホームパーティ3

パーティが始まるところにたどり着けない。




 招待状を書き終えたのは昼近かった。


「もう直ぐお昼だけど、お茶を飲んで一息つきましょう。さすがに疲れたわ」


 そう言うと、マリアンヌは立ち上がる。

 メイドにお茶の用意を頼みに行くようだ。

 ベルを鳴らして呼ぶのではなく自分が行くのは、手伝うつもりだからだろう。

 ずっと座っていることに疲れたらしい男爵も席を立つ。

 後にはラインハルトとシエルの二人が残された。

 それに気づいて、シエルは席を立とうとする。


「仲良くしてくれるのだろう?」


 ラインハルトが声を掛けた。


「……ええ。もちろん」


 シエルは一度立ち上がった椅子に座りなおす。

 にこりと笑ってみせた。

 自分の美貌が相手に与える効果を十分に知っている。

 その上で利用する強かさがあった。

 そんなところがマリアンヌを髣髴とさせる。

 ラインハルトは笑みを浮かべた。


「君たち姉弟は似ていないようで、実は似ているね」


 そんなことを言う。

 シエルは驚いた顔をした。

 そんなことを言う人はほとんどいない。

 言われ続けたのは、姉弟なのに少しも似ていないという言葉だけだ。

 誰もが皆、シエルを誉める。

 可愛らしいと、亡くなった母によく似ていると、たくさん誉められた。

 だがシエルを誉めたその口で、それに引き換えお姉さんの方は……とマリアンヌを落とす。

 姉の良さがわからない相手など、シエルは認めない。

 マリアンヌくらい頭の回転が速く機転がきく女性をシエルは知らなかった。

 男に生まれてくれば、ランスロー家は安泰だっただろう。

 実際、父が姉を跡継ぎにしたかったことはシエルも気づいていた。

 マリアンヌは貴族社会のしがらみを厄介だと嫌うのに、あしらいは上手い。

 相手を自分の思い通りに動かす天性の才があった。

 父によれば、それは亡くなった母の影響らしい。

 母は大公家に相応しい、貴族的な付き合いが上手い令嬢だったそうだ。

 そんな母を小さな頃から見て育った姉が、影響を受けないわけがない。

 貴族社会を嫌っているのに、姉ほど貴族社会に向いている女性はいなかった。

 自分が弟でなければと何度も思う。

 姉を嫁に出来るのが自分であれば、こんなに幸せなことはない。

 そして今、自分がどんなに焦がれても手に入れられないものを手に入れた男が目の前にいた。

 嫉妬しないわけがない。

 仲良くなんてしたくなかった。

 姉の頼みでなければ。


「流行り病とかでぽっくりいっちゃえばいいのに」


 ぼそりと酷いことを言う。

 顔に似合わぬ毒舌に、驚くよりラインハルトは笑ってしまった。


「そんなに私が嫌いですか?」


 静かに尋ねる。

 怒っているわけではない。

 むしろ、シエルのことを気に入っていた。

 顔が綺麗なだけのお人形だと思っていたが、違うらしい。

 もっとも、マリアンヌが執拗に自慢するような天使ではないだろう。


「大切な姉を奪って行く男を好きになれると思いますか?」


 シエルは逆に尋ねた。


「無理でしょうね」


 ラインハルトは頷く。


「でも、私ならマリアンヌを幸せに出来ますよ」


 にやりと笑った。

 マリアンヌを理解し、尊重し、守る気持ちがある。

 他の貴族の男と違い、自分ならマリアンヌを自由に羽ばたかすことが出来る自信があった。


「……そうでしょうね」


 シエルは同意する。

 ラインハルトのことを認めてはいた。

 王子は他の貴族の男たちと違い、姉のことを理解している。

 そうでなければ、自分と姉が似ているなんて言葉が出てくるはずがない。

 でもだからこそ、悔しかった。

 突く隙さえない。


「だから嫌いなんですよ」


 わざとらしくため息をついた。

 姉はたぶん、幸せになるだろう。

 苦労も多いだろうが、それ以上の幸せを掴むに違いない。

 そもそも、姉は強欲な人だ。

 自分もみんなも全ての人が幸せでないと納得しない。

 そのためには、持っている力は強い方がいい。

 悪意から姉を守る盾は大きいほうがいいに決まっている。


「いつ離婚しても大丈夫なように、僕はランスロー家を守っていきます。何かあったら遠慮なく別れてください」


 結婚する前から、シエルは離婚の話を持ち出した。


「そういうところも姉弟なのか」


 ラインハルトはやれやれとため息をつく。


「だが、君が結婚して家族を持ったら、マリアンヌの方が遠慮してランスロー家には戻らないだろう」


 反論した。


「だから、結婚なんてしませんよ。そもそも姉以上の女性がいるわけがないですから、僕に結婚は無理です。この家でいつ姉が戻って来てもいいように準備を整えておきます。それを姉も望んでいますので」


 にこっとシエルは微笑む。

 華のように笑った。

 言葉と表情はとてもちぐはぐだ。


「マリアンヌがそれを望んでいるのか?」


 ラインハルトは眉をしかめる。


「ええ。可愛い僕を他の女に取られるのは嫌だそうです」


 シエルは自慢した。


「だが、それではランスロー家は困るだろう?」


 ラインハルトは苦く笑う。


「養子を取ればいいだけでしょう。幸い、あてはあるので大丈夫です。ご心配には及びません。僕は一生、姉だけのものですよ」


 シエルは勝ち誇った。


「……」


 ラインハルトは複雑な顔をする。


「お前たちは本当に血が繋がった姉弟なんだよな?」


 不安になった。

 シエルは『ははっ』と声をあげて笑う。


「血の繋がらない姉弟だったら、とっくに姉は僕のものですよ。心だけではなく、身体まで」


 シエルの言葉にラインハルトは納得した。

 そのくらいのこと、目の前の義理の弟になる少年ならやりそうだ。

 マリアンヌを言い含めて、自分のものにするくらい容易いだろう。

 マリアンヌは心を許した相手にはガードが緩い。

 それは実体験で知っていた。


「まあ三回に一回くらい、実の姉弟でもいいんじゃないかなって思うことはありますけどね」


 シエルはとんでもない爆弾発言を落とした。


「いや、駄目だろう」


 ラインハルトは慌てる。

 その様子に、シエルは笑った。

 本気で焦っている姿が面白い。


「そんなことするわけが無いでしょう。そんなことをしたら、いちばん大切なものが壊れてしまう。姉の心は案外、繊細なんですよ」


 ラインハルトを慌てさせたことで、シエルの気持ちは少し落ち着いた。


「さて、そろそろお茶の用意が出来る頃でしょう。行きますか?」


 ラインハルトを促す。


「……いい性格をしているな」


 ラインハルトは苦く笑った。

 シエルに続いて立ち上がる。


「ああ、そうそう」


 シエルは何かを思い出した。


「昨日届いて、今日姉さんの手に渡った例の招待状。王子様が姉さんを自慢しまくったせいなんですよね? せっかく僕が自慢したいのを我慢して、姉さんの話題を社交界では一切出さなかったというのに」


 恨めしげにラインハルトを見る。


「不自然にマリアンヌのことを誰も知らないと思ったら、そういうことだったのか」


 ラインハルトは呆れた。

 わざと隠していたらしい。


「当たり前でしょう。下手に興味を持たれたら面倒じゃないですか。僕が黙っていれば、いき遅れた姉のことが恥ずかしいのだろうと勝手に誤解して、周りは姉さんの話題を出しませんからね。でもその努力も、誰かさんのせいで無駄に終わりましたけど」


 じとっと見られて、ラインハルトは肩を竦めた。


「悪かった」


 謝る。


「つまらない話題に付き合うより、マリアンヌの話をしている方が楽しかったら、つい、な」


 言い訳した。


「まあ、面倒なことになるのは僕ではなく王子だからいいですけどね。5通の招待状の内、4通はただの興味本位なのでたいして気にしなくてもいいです。でも残りの一通。そのハワードという伯爵家の跡継ぎだけはたぶん本気です。ハワードは姉さんが16歳の時にも結婚の申し込みをしてきたそうだし、僕が社交界にデビューして最初に話しかけてきたのも姉さんのことを聞くためでした。その後、自分の再婚相手にと結婚を申し込んできたので、姉は初婚なので再婚相手というのは荷が重いですとお断りしましたけど」


 シエルの説明に、ラインハルトは納得する。


「子供の頃、何度か会ったことがあるとマリアンヌが言っていた男だな」


 手紙を読んだ時、その一通だけ違うように感じた。

 マリアンヌに会いたいという気持ちが透けて見える。


「そうです。ハワードだけには気をつけてください。王子の婚約者に何かするとは思えませんけど」


 シエルの忠告をラインハルトはありがたく受け取った。






4では終わらないか、パーティは別に括るかちょっと考えます。

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