ホームパーティ4
準備って大変。
わたしはクララとお茶の用意をしていた。
クララはもともと母の侍女だ。
大公家を出てきた時についてきて、そのまま働いてくれている。
母が亡くなった時も家に残ってくれた。
我が家の使用人は多くない。
執事に料理人にクララの三人でほぼ全ての仕事をこなしていた。
人手が足りないときは随時、必要な分を雇う。
ラインハルトたちの滞在は予定外だったので人の手配が出来ず、わたしが出来る限り手伝っている。
もっとも、わたしは前世から家事は嫌いではない。
大公家にいた時のように、何もかも他人にやってもらう方がむしろ気詰まりだ。
自分で出来るんだから、放っておいてくれと思う。
(でもこれからはそういう、何もかも人にやってもらう生活になれないといけないのね)
そう思うと、マリッジブルー的な何かがわたしの心をざわつかせた。
そういう邪念を追い払うように、わたしはお茶の用意に没頭する。
後ろから近づいてくる気配に気づかなかった。
ぎゅっ。
背中から抱きしめられて、驚く。
びくっと身体が震えた。
「ラインハルト様」
叱るように名前を呼ぶ。
父に結婚の許可を取って以来、ラインハルトの行動は大胆になった。
人前でも自然に腰に手を回してくる。
そのくらいなら許容範囲かと思い放っているが、さすがに後ろから抱きしめるのはやりすぎだろう。
「私ではありませんよ」
返事は横の方から返ってくる。
わたしの視界の中にラインハルトが入ってきた。
「え?」
わたしは戸惑う。
それなら誰だと、抱きしめている相手を振り返った。
シエルだと気づく。
「まあ、シエル。どうしたの?」
わたしはシエルと向き合った。
「姉さん」
シエルは甘えて、抱きついてくる。
わたしは腕の中にその身体を抱きとめ、背中をポンポンと優しく叩いた。
「甘えたさんね。子供みたいよ」
笑いながら、シエルの抱擁を許す。
「私の時と態度が違わないですか?」
ラインハルトの文句が聞こえた。
「弟と扱いが同じわけがないでしょう?」
わたしはラインハルトを見る。
子供みたいに拗ねた顔をしていた。
(ちょっと可愛い)
わたしはにんまりする。
「シエル。姉さん、お茶の準備をしている途中だから放してちょうだい」
頼んだ。
シエルは大人しく離れてくれる。
だが、寂しい顔をしていた。
泣きそうに見える。
わたしは胸がきゅんとした。
「そんな顔をしないで、シエル。急に寂しくなったの? 一緒に過ごす時間はまだたくさんあるでしょう? 二人でいろんなところに遊びに行きましょうね」
慰めながら、頬に触れる。
優しく撫でると、シエルは小さく笑った。
わたしも微笑む。
「マリアンヌ」
ラインハルトが呼ぶ声が聞こえた。
「はいはい。お茶にしましょう」
わたしはシエルから離れる。
クララがお茶を運び、わたしはクッキーを配った。
父も来て、みんなでのんびりお茶を飲む。
「ルイスは今、どの辺かしら?」
考えても仕方が無いことだが、気になった。
こういう時、前世はつくづく便利な時代だったと思う。
メールも電話もあった。
配達にかかる時間も返事を待つ手間もない。
だが、便利さにはもちろん弊害もあった。
わたしには前世より今のこの少し不便な世界の方が人は幸せそうに見える。
だが、こんな風に急遽パーティを開く時はちょっと困った。
参加される方は今日の夕方まで返事をくださいなんていうかなり身勝手な注釈をつけなければいけない。
(まあ。この世界ではそんな感じで返事を急かされることはままあるんだけどね)
呼んだものの、全員出席されると実は困った。
できれば半分くらいがいい。
なんなら三分の一くらいでも問題はない。
返事が間に合わなくて欠席なら、それはそれでこちらは助かる。
だがお茶を飲んでいる間にも最初に招待状を送った近場からどんどん返事が返ってきた。
受け取りは執事に任せているのでわたしたちが動く必要はないが、予想より参加の返事が多い。
父とわたしは顔を見合わせた。
「王子様効果かしら?」
笑うしかない。
立食とはいえ、料理もそれなりの量は必要になるだろう。
用意したところで、手を出す人は少ないのだけれど。
「料理の手配は大丈夫か?」
父が心配する。
「昼食を終えたら、畑に行ってくるわ。足りない分は買うしかないけど、収穫できるものは全部収穫してくる。後は……父さんとシエルには狩りに行って欲しい」
肉を取って来てと頼んだ。
「わかった。行ってこよう」
父は頷く。
こう見えて、実は狩りの腕はいい。
「私は?」
ラインハルトに問われた。
一緒に狩りに行こうかという顔をしている。
だが、土地勘がない人間は連れて行っても足手まといになるだけだろう。
「では、ラインハルト様はわたしと一緒に収穫を手伝ってください」
わたしの返事にラインハルトの機嫌はかなり良くなった。
一緒にというところが気に入ったらしい。
(そういう意味じゃないんだけど、まあ、いいか)
ラインハルトの機嫌をわざわざ損ねることはない。
存分に役に立っていただこうと思った。
その後はラインハルトを気遣う余裕もないほど忙しかった。
野菜を収穫し、料理の下ごしらえをする。
正直、ラインハルトはあまり役に立たなかった。
アークの方がずっと頼りになるが、自分では何もしない王子様と何でも自分でする農民を比べるのは酷だろう。
(こういう時、貴族って偉いだけでたいして役に立たないって思うから、わたしは貴族の地位が磐石だと思えないんだろうな)
革命が起きたら一発アウトだ。
だからこそ、革命が起きないような良い国を作らねばと思う。
下ごしらえがだいたい終わった頃、父とシエルが帰ってきた。
無事に猪を仕留めたらしい。
それをわたしが屋敷の裏手で捌いた。
ラインハルトには見ない方がいいと勧めたのに、ついて来る。
顔色一つ変えずに捌くわたしにさすがに引いていた。
それがある意味、面白い。
「婚約、今ならまだなんとかなりますよ」
考え直すチャンスをあげた。
こんな野蛮な嫁は要らないと言われるなら、仕方ないと思う。
無理して一緒にいられても、二人とも辛いだろう。
「いや、そうではない。予想以上に何でも出来て、驚いているだけだ。まさか、獣を捌くことも出来るとは思っていなかった」
ラインハルトの言葉にわたしは笑った。
確かに、猪を捌く貴族令嬢はいないだろう。
「自給自足を目指していたと言ったではないですか。わたしはベジタリアンではないので野菜だけでは満足できません。肉だって魚だって食べたいんです」
説明した。
「それに、自分で捌いたら頂く命の重さもわかりますからね。一切れも無駄に出来ないって思うでしょう?」
わたしの言葉に、『確かに』と王子は頷いた。
わたしは話をしながらも作業は進める。
肉の一部を燻製にした。
その作業をラインハルトは興味津々で眺めている。
「こんな風に作っているんだな」
感心した。
そこに招待状の配達と、ついでに遠方からは返事も貰ってきた使える男・ルイスが執事に案内されてやってくる。
戻って、王子の姿が見えないことを不審に思ったようだ。
「何をしているんですか?」
捌いた残骸を目にして、ぎょっとしている。
「パーティの準備よ」
わたしは微笑んだ。
普通は使用人に丸投げなのですが、人手がないから自分でしています。
パーティそのものの話はタイトルわけようと思います。




