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ヒロイン?

その他大勢のわたしですが……。



 女の子はみんな、王子様が現れるのを夢見ている。

 だが、実際にはほとんどの人はわたしのようなその他大勢の一人だ。

 王子様が現れるのはヒロインにだけで、その他大勢の前には姿を見せてくれない。

 何故なら、王子様はたった一人だ。

 ヒロイン一人で定員オーバー。

 その他大勢の入り込む隙なんてない。

 女の子はリアリストなので、その辺のことをよくわかっていた。

 王子様を夢見ながら、王子様なんて現れないと知っている。

 でもそれなら――。

 自分で王子様を捕まえに行けばいい。

 他の誰のものでもない、自分だけの王子様を。




 壇上の二人は、自分で自分の王子様をゲットした。

 それは待っているだけしか出来ないと思い込んでいた女の子たちに少なからず衝撃を与える。

 自分の恋は自分で取りにいけばいいのだと、勇気と希望が見えてきた。

 大広間の女の子たちの盛り上がりには、そんな意味もある。

 興奮は冷めやらず、その主役は自分で王子様をゲットしたルティシアとクレアの二人だ。


(本当に良かった)


 わたしは二人の姿を眺めながら、幸せな気持ちになる。

 気持ちは完全に二人の親だ。


(幸せになってね。泣かされたら、わたしが旦那を殴り飛ばしてあげるから)


 そんなことを考えながら、傍観者に徹する。

 わたしもまだ壇上にいるのだが、誰もわたしのことなんて見ていなかった。

 その他大勢らしく、背景と同化している。

 一仕事終えた気分だ。


 そんな私の手に何かが触れた。


「?」


 不思議に思いながら手を見ると、ラインハルトに握られている。


「?!」


 わたしは驚いた。


「本当に、貴女という人は」


 ため息を吐かれる。

 駄目な子を見るような目で見つめられた。


「えーと、ごめんなさい」


 わたしはとりあえず、謝る。


「何に対する謝罪ですか?」


 ラインハルトは静かな声で聞いた。

 小声ではないのだが、周りが騒がしいのでわたしにしか聞こえないだろう。

 みんな興奮して、お祭り騒ぎだ。

 冷やかされて、ルティシアもクレアも顔を真っ赤にしている。

 だが、二人とも幸せそうだ。


「勝手なことをして、ごめんなさい?」


 少し考えて、わたしは答える。

 疑問系なのはいまいち自信がないからだ。

 権利の譲渡とか、わたしが勝手に決めていいはずがない。

 少なくとも、事前に主催者には相談するべき案件だろう。

 わたしの行動はこのお妃様レースの趣旨を完全に変えてしまった。

 女の子が告白したり、プロポーズしてもいいじゃない的な流れを作る。

 それは今までのこの国の結婚のあり方を変えかねないことで、小さなことに思えるのが大きな変化を生むかもしれなかった。

 たぶん、困る人が出てくるだろう。

 ちらりとルイスを見ると、怒っているのがわかった。

 ギロッと睨まれる。


「わかっているならいいですよ」


 ラインハルトは言葉とは裏腹に、またため息をついた。


「今後は、なんでもやる前に私に相談すること。勝手に先走らないこと。……約束できますか?」


 問われる。


「はい」


 わたしは頷いた。

 反省する。

 うな垂れて小さくなったわたしを見て、ラインハルトは微笑んだ。


「もう一つ。私の妃になりなさい。『いいえ』は受け付けません」


 落ち着いた声がわたしに囁く。

 わたしはラインハルトを見た。

 9歳も年下のはずなのに、わたしよりずっと大人びている。


「でも、もう権利はありません」


 無理ですよとわたしは首を横に振った。


「それは違います」


 ラインハルトは微笑む。

 悪いことを企んでいる顔をした。


「?」


 わたしが首を傾げると、ラインハルトは大広間の中によく響く声を発した。


「皆様、静粛に。わたしから一つ、皆様に提案があります」


 その言葉に、興奮してきゃあきゃあ叫んでいた女の子たちが一斉に黙る。

 怖いくらい、しんとした。

 ルティシアとクレアに注がれていた視線が王子に向けられる。

 ラインハルトは握ったわたしの手を離してくれなかった。

 大広間にいる一部の女の子たちが、わたしの手を王子が握っていることに気づく。

 角度的にそれが見えるのは一部だけなので、たいした人数ではなかった。

 一瞬だけ、ざわつく。

 だがそれはその場の空気に迎合して、直ぐに静まった。


「今まで、わが国では男性からしか求婚できませんでした。女性はただ、誰かが自分に結婚を申し込んでくれるのを待つしかなかったのです。そのため、好きな相手と結婚できる女性はごく僅かでした」


 ラインハルトの言葉に、女の子たちはうんうんと頷く。


「ですが、男性が結婚を申し込み、女性がそれを受けるというのはこの国が長い時間をかけて培ってきたルールです。それには意味があり、それで上手く世の中が回ってきたことも事実です。簡単にそのルールを変えることは出来ないのです。そこで皆様、どうでしょう? 一年に一度だけ、そのルールを破り、女性から告白したり求婚したり出来る日を作りませんか?」


 その提案に、大広間はわっと盛り上がった。

 みんな興奮する。


「ただし、市井の全ての女性にその権利が発生したら、街は大混乱になります。それに、権利というのは何の義務も犠牲もなく発生するものではないのです。自分で恋をする権利を勝ち取るためには、努力もしていただきます」


 大広間は再び静まり返った。

 女の子たちは自分たちに何を求められるのか、注意深く聞き耳を立てる。


「今回、このお妃様レースはわたしの妃を選ぶために王宮で行われました。ですが次回からは、街の大広場を舞台にレースを行いたいと思います。最終レースを勝ち抜いてゴールした者だけが自由に恋をする権利を得るのです」


 ラインハルトは上手に女の子たちを煽った。

 いい提案だとわたしは思う。

 誰にでも簡単に与えられる権利は美味しそうには見えない。

 だが、努力して勝ち取るものは何でもすばらしく思えるものだ。

 ちょっと手が届かないところにあるものの方がステキに見える。

 おおっ、と感嘆の声が上がった。


「一年に一度の今日。この日を恋愛の日として認定したいと思います」


 その宣言に女の子たちから歓声と拍手が沸き起こる。

 この場にいる誰もが賛成の意を示した。

 ラインハルトは大広間に集った女の子たちの顔を今一度、見回す。


「自由に恋愛したり求婚したりする権利は、今回のこのレースにゴールした三人に最初に与えられるべきものでしょう。ルティシアとクレアにはマリアンヌの権利の譲渡ではなく、恋愛の日の勝利者の権利として、ランスへの求婚とギルバートへの求婚を認めます。二人とも、末永く幸せになってください」


 ラインハルトは正式に二人の結婚を認めた。

 これでもう、二人の両親でさえ結婚には反対出来ない。

 ルティシアとクレアは喜んだ。

 目を輝かせて、王子とその前に立つわたしを見る。

 その目が次はわたしの番だと言っているように思えた。


「さて、そういうことでマリアンヌ。貴女の権利は貴女のものであり、譲渡は成立しません。わたしの妃になりますね?」


 ラインハルトはイエスの返事だけを求める。

 わたしもラインハルトとの結婚が嫌なわけではなかった。

 断る理由はない。

 一連の事態の収拾も見事だと思った。

 おそらく、事前にこういう流れは出来上がっていたのだろう。

 ラインハルトがただの思い付きを口にするわけがない。

 事前の根回しはたぶん終わっているのだ。

 ルイスはこのイベントを恒例化したいと言っていた。

 街の大広場でやるということは、商人たちに全てを丸投げするつもりでいるのだろう。

 イベントの開催を承認し、面倒なことは全て押し付け、美味しいところだけをいただこうという算段だ。

 人も物も動けば、富を生む。

 わたしが何もしなくても、ルティシアとクレアのことはなんとかなったのかもしれない。


(相談もなく先走ったことを叱られるわけだ)


 謝罪を求められた理由をわたしは納得した。


「はい」


 わたしは返事をする。


「よろしい」


 ラインハルトは満足な顔をした。


「では、マリアンヌ・ランスローをわたしの妃にすることをここに宣言します」


 大広間にその声が木霊する。


(あれ? これってその他大勢のわたしにも王子様が現われたってことじゃない?)


 わたしは今さら、そのことに気づいた。

 万に一つ、千に一つ、百に一つ?

 その他大勢にもチャンスはあるようだ。

 わたしもまた、女の子たちの祝福を受けることになった。




王子様とルイスは実はいろいろ考えていたのです。

それを引っかき回したマリアンヌにルイスはご立腹です。

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