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決断

とある決断をマリアンヌはします。





 ゴールすればレースは終わると、わたしは単純に考えていた。

 だが、むしろ本番はこれからだとルイスに言われる。

 ゴールは王の間で王の目の前で行われたが、その後の表彰式は大広間で行われると伝えられた。


(表彰式なんて、聞いていない)


 わたしは心の中でぼやく。

 その他大勢のわたしは、みんなの前で表彰されるのは得意ではない。

 目立ちたくなかった。

 隅で大人しくしている方が落ち着く。

 だがもちろん、表彰式をパスできるわけがなかった。

 渋々、大広間に向かう。

 わたしたち三人とその従者の六人でぞろぞろ移動した。

 大広間にはたくさんの人がいる。

 女の子がひしめいていた。

 わたしはぎょっとする。

 よく見ると、見覚えがある顔がちらほらあった。


「どうやら、お妃様レースに参加した方々みたいです」


 ルティシアがわたしの耳元に囁く。

 わたしも今、同じことを考えていた。

 付き添いはなく、本人だけらしい。

 100名近い年頃の女の子が集まっていると、妙な圧があった。

 背筋を冷たいものが伝うのをわたしは感じる。


「逃げ出したい」


 わたしはぼやいた。


「それはわたしも一緒です」


 ルティシアは笑う。

 クレアもうんうん頷いていた。

 一晩一緒に夜を明かしたわたしたちは――例え、わたしはぐっすり寝ているだけだったとしても――すでに運命共同体的な感じがある。

 確かな絆が出来上がっていた。


「こんなところで表彰式なんて、罰ゲームにしか思えません」


 わたしは愚痴る。


「頑張ってください」


 そんなわたしをクレアが応援してくれた。


「ありがとう」


 わたしは素直に礼を言う。

 そしてわたしたちは壇上に呼ばれた。






 結末から言うと、表彰式の主役は優勝したわたしではなかった。

 最初にルイスが、王子様と紹介していた彼が偽者であることを話し、本物のラインハルトを紹介する。

 その時点で、大広間は騒然となった。

 無理もない。

 この人の妻になりたいと頑張ったのに、相手が偽者だったのだ。

 裏切られたと思うのは当然だろう。

 だが大広間がそういう空気で満ちる前に、王子はフローレンスの姿で壇上に上がった。

 自分が参加者の一人として、淑女の皆さんと一緒にいたと話す。

 知らぬ間に王子が側にいたという事実に、女の子たちは興奮した。

 ラインハルトは詫びる。

 もっと身近で皆さんに接し、言葉を交わしたかったのだと理由を話した。

 真摯なその態度に、王子を責める空気は一瞬でなくなる。


(さすが主役の王子様。空気は読むものではなく、変えるものなのですね)


 わたしは感心した。

 王子は壇上でカツラを外し、さっとドレスを脱ぐ。

 アイドル並みの早着替えで衣装チェンジした。

 美しい女性が美しいまま王子の姿に戻る。

 きゃーっと歓声が上がった。

 声援もアイドル並みらしい。


(エンターテイメント性まで盛り込んで、ルイスの作戦勝ち)


 見事だと思った。

 もう誰も、騙されたなんて思っていない。

 中には興奮しすぎて倒れる子もいた。

 本物の王子は偽者とは比べ物にならないオーラを放っている。

 偽者と並べた分、王子のカリスマ性が強調されていた。


(偽者はルティシアの彼氏だったはず。なんか、噛ませ犬みたいな立ち位置が可哀想)


 ランスが気の毒になる。

 下がるタイミングもなく、そのまま壇の上にいるのも所在無げに見えた。


 そんな感じで、優勝者の発表の前に王子のことでひと盛り上がりする。

 この後呼ばれるわたしは気が気ではなかった。

 とても出て行きにくい。


(これ、権利を行使して王子に逆プロポーズしたら、わたし、殺されるんじゃない?)


 それだけの熱気が大広間にはあった。

 それはただでさえ迷っていたわたしの心にさらに迷いを生む。

 プロポーズする権利があるのは優勝したわたしにだけだ。

 自分ひとりが結婚できればそれで良いのかと、誰かに囁かれている気がする。


(良くないよ。絶対、良くない)


 わたしはちらりとルティシアとクレアを見た。

 二人には結婚したい相手がいる。

 ゴールした全員に想い人がいるのは偶然なんかではないだろう。

 強い想いがあるからゴールできたのだ。

 それは順位に関係なく、讃えられるべきだと想う。

 そして報われるべきだ。


(今日をバレンタインにして見せるわ!!)


 わたしは珍しく、女性の権利に燃える。

 一年に一度くらい、女の子から告白したって、プロポーズしたって、いいじゃないと思った。


 王子への歓声が鳴り止まないまま、ゴールしたわたしたちの名前が読み上げられる。

 壇上にはラインハルトと、ルイス。

 そしてどう考えても野次馬しに来た第一王子と第二王子がいた。

 王子様のふりをしていたランスもいる。

 そこにわたしたち三人とその従者。

 わたし的には役者が揃っている。


 周りの視線は突き刺さるように痛かった。

 そこには嫉妬が過分に含まれている。

 でも気にならなかった。

 それ以上の使命感にわたしは燃えている。

 名前を呼ばれ、わたしはラインハルトのところに向かった。

 ゴールした者に目録を手渡すのは王子の役目らしい。

 ラインハルトは優しい微笑を浮かべながら、自分の前にやってくるわたしを待った。

 わたしは胸の奥がつんとするのを感じる。

 王子が好きなのだと自覚した。

 優しい目で見つめられると、嬉しい。

 だがその自覚は痛みを伴った。

 わたしは今から、ある決断をする。


「優勝おめでとう、マリアンヌ。貴女はわたしの妃となる権利を得ました。それを望みますか?」


 問われた。

 『はい』と答えることをラインハルトは待っている。

 だが、わたしは静かに首を横に振った。


「いいえ」


 断る。

 目の前のラインハルトが驚いた顔で目を見開いた。


(ごめんなさい)


 わたしは心の中で謝る。


(こんなわたしを選んでくれて、ありがとう)


 礼も言った。

 だが、わたしにはラインハルトの妻になるより、もっと大切なことがある。


「わたしは権利を行使する代わりに、それを二つに分けてここにいるルティシアとクレアの二人に譲渡したいと思います」


 宣言した。

 広間に集まった人たちがざわつく。

 わたしは言葉を続けた。


「二つに分けるのですから、そのまま妃になれる権利ではありません。好きな人に自分から求婚する権利として、譲渡したいのです。どうか、ルティシアとクレアの二人が、自分の好きな人と結婚する権利を認めてください」


 王子に頼む。

 ラインハルトは真っ直ぐわたしを見た。

 わたしもラインハルトを見つめ返す。


「はあ……」


 ラインハルトは一つ、ため息をついた。

 仕方ないという顔をする。


「ルティシア」


 ラインハルトはルティシアを呼んだ。

 驚きのあまり固まっていたルティシアは名前を呼ばれて、はっとする。

 王子を見た。


「マリアンヌはこう言っていますが、貴女には結婚を申し込みたい相手がいるのですか?」


 ラインハルトは問う。

 ルティシアはわたしを見た。

 わたしは小さく頷く。

 ルティシアは一つ、息を吐いた。

 覚悟を決めた顔をする。

 きっと唇を引き締めた。


「おります」


 はっきりと口に出す。

 そのままつかつかと偽者の王子であるランスの前に歩いて行った。

 大広間にいた全員の視線が、その背中に注がれる。


「ランス。わたしはずっと貴方と一緒にいたいのです。だから、わたしを嫁にもらってください」


 堂々とした態度で、手を差し出した。

 女の子たちは息を飲む。

 みんな年頃の女の子だ。

 恋バナが嫌いなわけがない。

 固唾を飲んで、返事を待った。


「もちろんです、ルティシア。わたしには侯爵家のような贅沢な暮らしはさせてあげられないけれど、一生、貴女だけを大切にします」


 ランスは跪き、ルティシアの手を取る。


「それで十分ですわ」


 ルティシアが涙ぐんだ。

 その瞬間、今日、一番の歓声が上がる。

 女の子たちがきゃーきゃー興奮していた。

 そのパワーは凄い。

 ぴょんぴょん飛び跳ねている子もいた。


(やっばり、ルティシアは主役だわ)


 わたしは確信する。

 物語の主人公にしか見えなかった。

 あまりの盛り上がりぶりに、わたしは気圧される。


「クレア、貴女はどうしますか?」


 ラインハルトはクレアにも聞いた。


「わたしにも結婚したい人がいます」


 クレアは答える。

 くるりとギルバートを振り返った。


「ギルバート。わたしが貴方を幸せにしてあげる。だから、結婚してわたしと一緒に商売を始めましょう」


 クレアらしい言葉でクレアらしいことを言った。

 わたしは微笑ましくて、にまにましてしまう。

 こちらはこちらで年頃の女の子たちの心を掴んだようだ。

 わあっと盛り上がる。


 二人のプロポーズが成功して、わたしも興奮した。




ここで続くのはもちろん、意味がありますよ。

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