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悪役(前編)

長くなったので前後編にわかれました。



 お茶を淹れていたメイドが退室して、王の私室にはわたしたち3人だけが残された。

 わたしもラインハルトも緊張する。

 何か話があるのだと思った。

 理由もなく呼ばれたとは考え難い。

 だが、王はただ涼しい顔でお茶を飲んでいた。

 話を切り出す気配はない。


(このポンポコ狸めっ)


 わたしは心の中で焦れた。


「国王様」


 呼びかける。


「ん?」


 しれっとした顔で国王はこちらを見た。


「何かお話があるのではないでしょうか?」


 わたしは穏やかに問いかける。


「何故だい?」


 国王は問い返してきた。


「わざわざ、私室に招いてお人払いをされたようなので」


 わたしはちらりと部屋の中を見る。

 本来、メイドは給仕のために主の側にずっとついている。

 退室するのは主にそのように命じられた時だけだ。

 つまり、国王は人払いしたことになる。

 人に聞かれたくない話があると考えるのが妥当だろう。


「うむ」


 国王はただ頷いた。


「父上」


 ラインハルトは渋い顔で父王を見る。


「そんな顔で見ないでおくれ。可愛いお前にそんな顔をされると辛いよ」


 国王は困った顔をした。


(本当に狸ね)


 その人の良さそうな顔をわたしはしげしげと眺める。

 国王の視線は不意にわたしの方を向いた。


「いろいろ、噂されているようだね」


 そう呟く。


(来たっ)


 わたしは心の中で呟いた。


「そうみたいですね」


 頷く。


「フェンディとも仲良くなったようだし、これからはもっといろいろ言われるだろうねぇ」


 国王は他人事のように言った。

 実際、他人事なのだが言い方に引っかかりを感じる。


「何を企んでおいでですか?」


 わたしはずばり聞いた。

 隣で、ラインハルトがぎょっとする。

 こんな風に、ずばっと聞くとは思っていなかったのだろう。

 貴族とは遠まわしな言い方でお互いの腹を探り合うものだ。

 だが回りくどい言い方をしたって、仕方ない。

 わたしはそういうのは得意ではないし、目の前のポンポコ狸に勝てる気がしなかった。

 いいように手のひらで転がされて終わるだろう。

 わたしに勝機があるとすれば、ずばり聞くことだけだ。


「私が何か企んでいると?」


 国王は面白そうに笑う。


「企んでいないのですか?」


 わたしは逆に聞いた。


「……もちろん、企んでいるよ」


 国王は頷く。

 ラインハルトは小さく息を飲んだ。

 わたしの手を握る。

 それは自分が守ると言っているように感じた。

 その手をわたしも握り返す。


「マリアンヌのおかげなのか、私の3人の息子はいまだかつてなく仲良くなっている。派閥があって、今までは親しく口を聞くことさえ難しかったのにね。私はそれを大変喜ばしく思っているよ」


 国王は父親の顔をした。


「だがそれとは対照的に、マリアンヌの悪い噂は増える一方だ。もうすぐそこに、第一王子までも懐柔し、王家を乗っ取るつもりだとかいう話も加わるだろうね」


 小さく笑う。


「その噂、流しているのは国王様ではないですよね?」


 わたしは釘を刺した。

 さすがにそこまでしているとは思わない。

 だが、そこまでする可能性がないとは言えなかった。

 それが王家のため、自分の息子たちのためなら、目の前はポンポコは何でもしそうに見える。

 実はけっこう、親バカな気がしていた。


「まさか。さすがの私もそこまではしないよ」


 国王はカラカラと笑う。


(うわぁ。嘘っぽーいっ)


 心の中で、突っ込んだ。


「だが、都合がいいとは思っている」


 国王はすっと真顔になる。


「3人の王子が仲良くなり、わかりやすい悪役が登場し、重臣たちの結束が固まる。……国にとって、悪くない話だと思わないか?」


 わたしに尋ねた。


「そうですね。でも、わたしにその悪役をやれというお話でしたら、お断りします」


 わたしはきっぱりと言う。

 悪役なんて、二時間ドラマだったら主役に次ぐ準主役だ。

 つまり、その他大勢のわたしがやるような役ではない。

 そんな役はもっと相応しい人に頼んでもらいたい。


「国のため、ラインハルトのため、引き受けてくれないのか?」


 国王は責めるように言った。

 わたしの弱いところを突いてくる。

 ラインハルトは心配そうにわたしを見た。

 駄目だと、首を横に振る。

 わたしが引き受けることを心配していた。


(わかっています)


 ラインハルトに向かって、わたしは微笑む。


「国王様。嘘は所詮、嘘です。嘘の上に成り立った真実は嘘が露呈すれば脆く崩れてしまうんです。そして、露呈しない嘘なんて、この世にはないのです」


 わたしの言葉に、国王はじっとわたしを見つめた。

 わたしはにっこりと微笑む。


「わたし、自己犠牲って言葉が大嫌いなんです。他人のために自分を犠牲にするなんて、耳障りがいい言葉だけど、そんなのは欺瞞です。誰も幸せになんてなりはしない。誰かを犠牲にしなければ救えないものなら、救わなくていいんです。それはもうとっくに破綻して終わっているのだから」


 その一言に、国王は厳しい顔をする。

 その眼差しをわたしは真っ直ぐ、受け止めた。


悪役なんてごめんです><

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