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1 中村晴希

遅くなりました。

 別れ話がうやむやになって数日。六藤は相変わらず耳が遠いらしい。「あのね」と話の続きをしようとすれば、人前でも構わずキスしてきやがる。人気のないところは、それこそ危険なので呼び出すことはしなかったが、別れ話が出来なくてあたしは焦っていた。

 このままでは有耶無耶にされて、気付いたら結婚していた。なんて事もあり得る。

 あたしは流されやすいということを自覚している。

 今まで人にそういった意味で必要とされたことがなかったせいか、六藤のように真っ直ぐ言葉を愛情を伝えてくれる人に弱いのだ。

「多比良先輩?」

 ひとりぼっちで食堂で昼食を食べていると、高校時代からの後輩が声をかけてきた。

 彼は高校で演劇部に所属していた頃、共に裏方仕事をしていた仲だ。

 彼の顔なら是非とも演者をしてもらって、女子生徒を釣りたかったのだが、彼は裏方仕事をしたくて演劇部に入部した、という奇特な人だった。

「中村くん。どうしたの?」

「先輩が思い詰めた顔してるんで気になって……。大丈夫ですか?」

 彼はあたしの目の前の椅子に座った。どうやらここで食べるつもりのようだ。念のため、周囲に視線を巡らせて六藤がいないか確かめる。

 いない。あたしはほっとして中村に笑顔を向けた。

「ちょっと疲れが溜まってるのかも。」

 話を聞いてくれないというのは、こんなにも疲れるものらしい。

 六藤もあたしが好きなのは分かるが、好きな人の為に離れる、という選択肢は存在しないようで、ある意味人間らしい自分勝手さはある。

 確かに、六藤と一緒にいて嫌だと感じることはない。だが、たまに彼が異常なのだと認識するので、それが怖いのだ。それ以外は至ってまともだから質が悪い。

「ねぇ、中村くんはさ……。その、男の人は彼女の事をどのくらい知っていたいものなの?」

「えっ!?  あ、あの。どのくらいって?」

「一日の行動全てを知りたい、とか。分単位で。」

「そ、そうですね。異性も含めた旅行とかだと心配になって聞きたくなると思いますけど、普通のときにはならない?と思います。多分。彼女があんまりいたことないので分からないですけど。」

 なるほど、場合によるか。普通の男の子の思考を持っていると思われる中村が言うのなら、それが基準になるだろう。やはり、六藤とは別れるべきだ。

「ありがとう中村くん。」

「よく分からないですけど。無理しないでくださいね。先輩はよく体調崩すから。」

「あはは。大丈夫だよ。本当にありがとう。」

 よく体調を崩すのはおそらく、いや完全に六藤のせいだ。週末は六藤の家に泊まることが多く、平日の大学で疲れた身体を癒すどころか、更に悪化させられている気がしないでもない。なんとか日曜日だけは家に帰る事ができるので、大学に通えている。

 そもそも、なんで週末に泊まることが習慣になったのか分からない。これも六藤の策略だろうか。

 初めて六藤の家に泊まったのは大学に入ってすぐだった。大学からの帰り道大雨に降られて、たまたま六藤の家が近くにあったので、雨が止むまで上がらせてもらった。その日は、ずるずると引き止められ気付けば朝だった。

 あたしも六藤も大学から地元を出ているので、一人暮らしだからこんな面倒な事になったのだと思う。どちらかが実家暮らしならば泊まりなんて出来なかっただろうから。本当に昔のあたしはどうかしている。

 別れたとしても、様々な『初めて』は六藤相手なことに変わりはない。とんでもないイケメンが初めてなことを唯一の得たものとして生きていこう。イケメンの中身はともかくとして。

「そうだ。多比良先輩。」

「なに?」

「明日もし良かったら、昼飯一緒に食べませんか?」

「……。」

 異性と食事するというのは、六藤はどう考えるだろう。男のいる飲み会は行くなと言われているから行かないようにしているが、昼飯はどうだろう。

わざわざあたしと一緒に食べたいと中村が言っているのは、何か相談事があるのかもしれない。

 中村は女性慣れしていなくて、あたし以外とは目を合わせようとしない。なので親しい異性の知人となるとあたしくらいしかいなかったのかもしれない。たまたま会ったことで何か聞きたいことが出来たというのもありえる。

 流石に高校時代の後輩とお昼ご飯を食べるくらいでは怒らないだろう。と六藤を信じることにした。どうせ奴とあたしの授業時間は大抵ずれているのだ。バレないだろう。

「あたしで良ければ。」

「そんな! 多比良先輩じゃないとダメなんです!」

 そこまで中村の悩みは深いのか。それにしても、悩み事があるわりにやけに嬉しそうにする中村の姿に疑問を覚える。

 悩み事を聞いてもらうくらいでこんなに喜ぶものだろうか。他に理由があるかもしれない。

 例えば、あたしに好意を抱いているとか。

(まさかね。ありえない。物好きは六藤くんくらいのものでしょ。)

 子犬系の中村のことを女豹のごとく狙っているお姉さま方はたくさんいらっしゃるのだ。より取り見取りなのにわざわざあたしに寄って来る意味が分からない。意味不明なのは六藤だけで十分だ。

 初恋の人は、あたしを好ましい子と言いながら、いざあたしが勇気を振り絞って告白したら、普通の言葉で断った。

『ごめん。梓ちゃんをそんな風に考えたことない。』

 よくある陳腐な台詞で、見飽きた申し訳なさそうな顔で。

 あたしはその人に愛してもらえなかった。年下だからというのもあったかもしれないが、多分あたしに魅力がないのが問題なのだ。

 勘違いしてはならない。あたしは平凡な、とるに足らない人間。

 高校二年間だけだが、部活の時間は殆ど中村と過ごしていた。そんな素振りは全くなかった。あたしの自意識過剰な脳みそを切り替えなければ。

「明日のご飯は学食?」

「いえ、おれの知り合いの店がオープンしたらしいんでそこに行こうと……。大学から近いんですけど、時間とか大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。楽しみにしてるね。」

「はい! おれも楽しみです。」

 あまり個人経営のお店に行ったことがないので、少し楽しみになった。美味しかったら六藤と行ってみるのもありかもしれない。

 いつも、デートで行く場所は六藤に決めてもらっていたから、たまにはあたしが選んでも良いだろう。

(って、いやいや。ダメだよ。六藤くんとは別れるつもりなんだから。)

 大分、六藤に毒されていたようだ。二年も一緒にいれば、生活の一部というか、自分の一部のようになっているから、別れることができたとしても、しばらくは生活に違和感を感じてしまうだろう。


 *~*~*~*~*


「ねぇ、梓。今日誰とご飯食べてたの?」

 大学からの帰り、六藤はそんな言葉をかけてきた。

 あたしが誰と会話していたかなんて、とっくに把握しているだろうに、どうしてわざわざあたしの口から聞こうとするのか。

「中村くんとだよ。」

「ふぅん。」

 そっか、と言って六藤は少し考えるような顔をした。

「なに? 後輩とご飯食べるのもダメなの?」

「部活の後輩・・だし、俺は別に構わないよ。」

 なんだろう。六藤がこんなに大人しいと気味が悪い。

 異性とご飯を食べるなんて、無言で怒り狂いそうだと思ったのに。

(もしかして、中村くんがあたしを異性として見てないから良いのかな。六藤くん人を見る目はあるもんね。)

 なるほど、と納得してあたしは六藤の顔を見上げた。

「ねぇ、六藤くん。あたしね、やっぱり流されるままなのはいけないと思う。一度、六藤くんとは距離を置いてみたい。」

 よし、今日は口を塞がれる前に言えた。毎日別れ話ばかりする女なんだから、そろそろ呆れて、あたしと別れたくなっているのではないか。というあたしの期待も虚しく、六藤はその端正な顔を歪めた。

「どうして梓に嫌われていないのに別れる必要があるの?」

「……な、別れるとは言ってないよ?ただ距離を置いてみるのもありじゃないかなって、思って。」

 そう、今すぐ別れることは既に諦めている。時間を掛ければ何とかなるかもしれない、という希望に縋ることにした。案外、離れたら六藤のあの想いも消えてくれるかもしれない。

(それはそれで、なんだか寂しい気がするけど……仕方ないよね。皆、六藤くんのことおかしいって云うし、あたしもたまに怖いって感じるんだから。)

 でも、六藤の言うことも分かる。あたしは六藤のことが嫌いで別れる訳じゃない。

 付き合って一年半経つまでの間、あたしはどうせすぐ別れてしまうと思って友人に六藤の話を積極的にしていなかった。最近になってようやく嬉し恥ずかしな六藤とのエピソードを友人に話すようになったのだ。

 だから、今まで違和感を感じたことはなかった。しかし、友人におかしいと言われて初めて、あたしは六藤の愛情が怖くなった。どうしてあたしは今まで違和感を感じていなかったのだろうかと。

 六藤の重くて可笑しな愛情に溺れて、あたしは何も見えなくされていたのだ。

 こんなあたしにされたのが怖くて仕方なかった。

 今までこんなにあたしを求めてくれる人がいなかったというのが、あたしが六藤の縋るような目と言葉に弱い理由だろう。

 前に好きだった人への想いは一欠片も残らないぐらいに、六藤の全てで塗りかえられているのは確かだ。

 多分あたしは六藤のことが大好きで、本当は別れたくないと思っている。

 だから、あたしの言葉を止めるためにキスしてくるのを、拒否しようとすれば出来るのに大人しく受けてしまうのだ。

 六藤のことが好きなのに、六藤に溺れる自分あたしが怖くて別れたいなんて矛盾している。

「俺は、俺には本当に梓しかいないんだ! お願いだから別れるなんて言わないで……。」

 捨てないで、と小さな声で呟いて六藤はあたしを抱き寄せた。泣いてこそいないが、泣いているような声色で痛いくらいの力を籠められたら、あたしも泣きたくなってくる。

 どうしてこんなに求めてくれる人と別れようとしているのだろう。流されたってかまわないのではないか。

 そんな風に思ってあたしははっとした。まずい六藤に引きずられてしまっている。

「も、もう。そんな風に言われたら困るよ。六藤くんにはいっぱい友達いるでしょ? カッコよくてかわいい。代わりはいくらでも、」

「梓は一人しかいない。俺の好きな人は一人しかいないんだよ? 代わりなんて誰一人いない。梓が少しでも嫌だと思ったところ全部直すから。毎週するのが嫌なら月に一回でも、いや結婚してからでも良いから。俺、なんでもするから。だからっ……。」

「お、落ち着いて!」

「梓を俺の隣にとどめておく為なら、なんだって出来る。梓を手放すこと以外ならなんだって!」

 別れ話でこんなに喋って、こんなに表情を変える六藤を初めて見た。『別れる』ではなく『距離を置く』と言ったあたしに不安を感じたのだろうか。

「あの、えっとね。あたし六藤くんのこと好きだよ。でも、何だか流されてるだけみたいで、少し怖いの。だから距離を置きたくて。」

「俺は人形を好きになったわけじゃないよ。きちんと梓が考えて俺を選んだこと分かってる。だから怖がらなくていいよ。」

 よしよしと頭を撫でられてあたしはほっと息を吐いた。

 確かに、六藤のことが好きなのに、少し怖いから今すぐ別れようとするのは無茶があったかもしれない。

 彼は絶対にあたしを傷つけないだろう。

 それなら彼に嫌われるまで一緒にいたい。あたしを好きになってくれる物好きがこの先現れるとも思えないから、周りに何と言われても今だけは。

 求められる幸せに浸っていても良いだろう。


 また六藤の思い通りになっている気がするが、今は忘れよう。

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