あたしと俺の愛情
つい先日、あたしは日向と結婚した。
結婚式はまだまだ先だが、新居にて一緒に住んでいる。
「盗聴器、もういらないよね?」
引っ越す時に、アパートにあった盗聴器を全て持ってきた。一つ一つ日向に見せつけるように、机の上に並べてみせた。
日向は不思議そうに首を傾げて、あたしを見る。
「必要だよ。」
「必要ないから! 今まで一緒に住んでなかったから黙ってたけど、結婚したんだから盗聴なんてしちゃダメ。要らない!」
まったく、こんな物をどこから仕入れてくるのだろう。
最近の世の中は怖い。インターネットでぽちっとすれば何でもかんでも手に入ってしまう。
日向には是非ともこの機会に目を覚まして欲しいと思う。
しかし、そんなあたしの願いも虚しく、妙な迫力を纏った日向はじりじりとあたしに近付いてきた。
そしてあたしを腕の中に閉じ込め深く口付ける。角度を変えて繰り返されるそれに、あたしの意識はぼんやりとし始める。
「もし、こんな風に配達員の男が梓に襲いかかったらどうするの? 聴いてたら俺も何かしら手が打てるけど。危ないよ。」
どんな手を打つつもりだ。配達員の方が危なそうだが。
「んっ……。配達員さんもそんな暇ないからね。ニュース見てる?」
まさかとは思うが、日中も家の音を聴くつもりだろうか。あたしも仕事をしているから、家にいる時間は少ないのに。そんな無駄なことはしないと思いたい。
ハイスペックな能力のせいで無駄なことも出来てしまうのか。
もう少しまともなところに使って欲しい。
そういえば、結婚の報告をするために日向の実家へ行った時に、知りたくなかった事を知ってしまった。
大きな日本家屋のお家、その門を潜った先には厳つい男性たちがいて、あたしと日向を出迎えてくれた。
あたしは何となく異様なものを感じて逃げ出したくなったが、日向が離してくれるわけもなく、引きずられるようにして足を踏み入れた。
初めて会った日向の両親は着物を着ていた。お父さんの方は渋くてどっしりした人で、お母さんの方は姐さん系の人で、二人とも迫力のある人だと感じた。
ご両親の後ろにある掛け軸には不吉な文言がある。
そこで、六藤の家はヤのつくあれかもしれない、とあたしは思った。これは大丈夫なのだろうかと。
その後、話を聞いて日向のこの家での立ち位置を知ることになる。
このお母さんは本当の母親ではなくて、育ての親。産みの親はお父さんが外で作った愛人。
産みの親が男と蒸発した時に、六藤は引き取られたらしい。姓は産みの親の六藤のままで、あくまで大人になるまでの間、庇護する為に。
その話を聞いてほっとした。あたしは反社会勢力の人とは近付きたくないと思っていたから、日向があちら側でないと知って安堵する。
日向は結婚の報告をするのも嫌だったらしいが、一応育てて貰った恩があるからとあたしを連れて来たと言った。
結婚すると言った後、日向のご両親はそれはそれは喜んでくれた。大丈夫だろうかと思うほどに。
ぴょんぴょん跳び跳ねて、抱き付いて、それはそれは嬉しそうに日向の頭を撫でくり返して、ベタベタと熱い愛情を注いでいた。
日向の歪みの原因は産みの親が日向を捨てたから、なのだろうか。
あの歪みようは、生まれたときから備わった性質だと言われた方が納得できるのだが。
産まれたときはまっさらであったと願いたい。
あたしの両親へ『娘さんを下さい』をしに行ったときは、お父さんは固まり、お母さんは結婚詐欺だと疑って、たまたま遊びに来ていた従兄弟たちは日向をただ睨んでいた。
本当なら一日で済むはずだったのに、中々結婚の許しを得ることができなくて、一月もかかってしまった。
人生、思うようには進まない。
今は子供が出来るまで働くことにしている。
日向もあたしも子供は好きなので、早い方が嬉しいが、こればかりは授かり物なのでどうにもならない。
今の内に子供の毒になりそうなものは排除したいと思う。
夫に盗聴されるのが当たり前の家庭、そんなの絶対に毒だ。
GPSは利用法によって考える余地がある。
人を付けるのは、日向は護衛と言い張っているが、お金の無駄づかいだから必要ない。
子供にはまともな感性を身に付けてほしいと思っている。
日向に毒されたあたしもまともな感性を持っているとは言い難い。しかし、六藤日向本体よりは何億倍もマシなはずだ。
これから先、離婚を考えることがあったとしても、日向はあたしに別れないという選択をさせる。付き合い始めてから今までの間で刷り込まれた思考回路は、日向の思うままだ。
それを分かっていて、未だ日向を好きなあたしは完全に終わっている。だが、これはもうしょうがない。
日向に繋がれたまま、命を終えるのも悪くないと思うくらいに。
あたしは彼を愛しているのだから。
*~*~*~*~*
結婚してからも愛しの妻、梓は無防備だ。
俺以外の前で笑うし、身体のラインが出てしまう服を着る。
梓は年を重ねるごとに美しくなるタイプなのだ。
だから、結婚したといっても油断はできない。周囲の人間はたとえ同性であっても敵だ。
盗聴器はもう仕掛けないと梓に誓ったから、もう盗聴器は使わない。それ以外の方法で盗聴器の穴を埋めるつもりだ。
梓を想っていたあの四人は、梓から止めを刺されていた。
四人とも共通して、梓の俺を想う心は揺らせていない。
何かしらの感情だけでも揺らすことができたのは、荒谷と黒澤といったところか。中村と井手野下は想いすら気付いて貰えないまま、舞台から消えた。
しかし、思っていたより手応えがなかったのが黒澤だ。
俺が何もしなくても、梓が追い詰めていた。梓の言動や行動一つ一つが飴であり鞭だ。それで、黒澤は撃沈した。
そして、荒谷は思っていたより強かった。
メールを頻繁にやり取りしていたのを俺は気付けなかった。
それを知るまでは梓のメールを覗くことをしていなかったのだ。何しろ他の方法で梓の周囲を視ていたから、男は近くにいないと確信していた。
ただし、地元には俺の目も耳もなかった。
長期休みの時に、梓と梓の家族全員が家を空けた日が一度しかなく、その日に盗聴器等を仕掛けるのに失敗した。黒澤に見つかって。
そのこともあり、俺は地元では弱かった。その隙を突いたのが荒谷だ。
連休中に荒谷に手を出されたと知った時、俺は梓をメチャクチャにしてやりたくなった。
手を出されたといってもデートだけだ。
それでも、俺は許せなかった。梓の前で泣いたが、あれは悔し涙だ。地元で無力な自分が悔しくて悔しくて仕方なかった。
今は色々手を加えたので地元は何の問題もないが。
不安はいつも抱いている。梓がこの手からすり抜けていく夢を数え切れないほど見た。
子供ができたら、梓はもっと俺と繋がる。
彼女は子供が大好きだから。子供がいるのに、俺と離婚なんて考えないはずだ。
俺は梓の子供なら、例え他の男の子供でも愛せる。
それは、あくまで例えで。本当に他の男と子供を作ったら、相手の男には消えてもらうことになるが。
タイミングが違えば、梓を手に入れることは出来なかっただろう。黒澤のものになっていたはずだ。
本当にあの時出会えて良かった。
俺の愛情は梓という器にしか注げない。
他の器は簡単に壊れてしまうだろう。
あの四人はどんな器でも構わないくせに。
これから先、梓は誰にも奪わせない。
俺の愛で壊れない梓は、安心して愛せる唯一だから。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
次は物理的に強い女の子を書きたくなったので、お時間あれば覗いてください。




