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4 黒澤拓人

 六藤の携帯から着信だったが、電話に出ると六藤ではなく年嵩の男性の声が聞こえた。

『もしもし、梓ちゃん?』

「倉田さん? もしかして……。」

『そう、また寝ちゃったんだよ。女性たちが酔わせようとしてたからね。まったく、イケメンは辛いよ。』

 六藤は飲み会でよく狙われている。お酒に弱いから、酔わせて食べようとするお姉さま方に。だから、倉田のそばを離れるなといったのだが。無駄に外面が良い分、断れないのだろうか。

 毎回毎回、飽きもせず酔い潰されている。いい加減、学習して欲しい。あたしもたまには焼きもちを妬くのだ。

『何時くらいに迎えに来れそうかな?』

「あと一時間もしたら出るつもりです。すいません、それまでお願いします。」

『オッケー。六藤くんの貞操は守るよ。』

「ふふっ。お願いします。」

 失礼します、と電話を切ってあたしは個室に戻る。

 ………………………。

 室内は静かだった。

 唯一、三上だけはいつも通り明るい顔であたしを迎えてくれた。

「ごめんね! ちゃんと説明しといたから。多比良ちゃんには婚約者がいて、今日は人数合わせで来てもらったって。」

「あたしこそすいません。苛立ちをぶつけてしまって。空気を悪くしてごめんなさい。飲み放題の時間が終わったら帰るので。」

「えー。多比良ちゃん帰るの? あ、さっき電話来てたもんね。しょうがないか。婚約者さん、多比良ちゃんのこと溺愛してるもんねぇ。」

「そうなんだぁ。うらやましい~。」

 六藤が酔い潰れた、とは口が裂けても言えない。三上の中で六藤は婚約者を心から一途に愛しているイケメンなのだ。彼女の夢を壊したくない。

「ほんとに婚約者いるのか~。アズサちゃん狙ってたのに!」

「おれもー。あんま周りにいないタイプだから気になってた。やっぱり、良い子は早く売れちゃうな。」

 重そうな女だと思ったくせに、と心の中で毒づく。

 それとも小学生のように、気になる子はいじめるタイプなのだろうか。合コン慣れしていない女なんてお断りのくせに調子の良い奴らだ。

「せんぱいは誰が好みっすか?」

 チャラい男が下衆な顔をして拓人に話しかける。

「好みとかはない。とりあえず、僕と多比良さんで話しとくから、お前らは普通に合コン楽しめよ。」

 なるほど、合コンに乗り気ではない者同士で話せば、他の人の迷惑にはならない。それに、拓人とあたしは幼馴染だ。久しぶりに会ったし、積もる話があるかもしれない。

「せんぱーい。略奪っすか?」

「羽島、ドラマの見すぎ。僕も彼女もそういう目的で来てないから丁度いいと思っただけだ。」

「まあ、いいっすけど。」

 そう言って、拓人とあたしの目の前の男性が席を替わった。

 数年ぶりに会って、少し老けたような気がする。

「あいつらから少し離れるか。」

 再び盛り上がり始めた面々を横目に、拓人は言った。

「そうですね。」

 この距離だと話の内容が聞こえてしまうだろう。

 拓人と幼馴染とバレたらまたさっきみたいに、騒がれるはずだ。面倒は避けたい。

「久しぶり、梓ちゃん。元気だった?」

「うん。拓くんと会うの久しぶりだね。」

 確か、地元の大型ショッピングモールで偶然会った時以来だろう。あの時は六藤とデート中だったので、あまり話せなかった。

「拓くん、こっちで就職したんだね。」

「地元で就職したんだけど、転職したから。最初の職場は人と相性が悪くて。今はいいところだと思うよ。良い人が多いから。」

「良い人?」

 ちらと羽島と呼ばれたチャラい男を見る。

「ああ、あいつ女好きなとこ以外は良い奴なんだ。」

「欠点が大きい気がする。」

「梓ちゃんの苦手なタイプだな。」

 羽島という男の彼女になったら、気を揉む毎日だろう。

 本当に六藤が彼氏でよかった。

「そういえば、婚約者ってあの時の彼氏?」

「うん。」

「そっか……。昔は俺と結婚するって言ってくれてたのにな。」

「い、いつの話してるの?」

 初恋だからこその暴走をしていたあたしの黒歴史。

 高校生の途中まで、本気で拓人と結婚する気だった。

 拓人に泣き顔は見せたことはないが、拓人に彼女ができるたび泣いている、情緒不安定なヤバイやつだった。

 この黒歴史部分も知っているのに、結婚しようと言ってくれた六藤には感謝しかない。

「僕だけ独り身か。梓ちゃんにさえ置いて行かれてる……。つるんでた地元の友達もみんな結婚してるし。」

「拓くんは選り好みし過ぎなんだよ。美人な彼女さんばっかりなんだから、気が強いのは当たり前だし、諦めも大事だよ?」

 拓人の彼女は全員知っているが、綺麗な人ばかりだった。性格は勿論よろしくはなかったが、あたしは美人ではないので、あの人たちには敵わないと思って泣いていた。

 泣くあたしを慰めてくれたのがきっかけで、六藤を意識するようになったのもある。拓人には泣かせてくれてありがとう、とでも言うべきだろうか。

 いや、嫌味すぎるだろう。惚気るくらいは良いかもしれないが。

 何しろ、拓人は勘違いさせるのが上手なのだ。少しくらいの嫌味ならいい筈だろう。

 あたしは拓人にとって特別だという言葉や行動をしていたから、勘違いしてしまった。まったく、罪な男だ。

「選り好みしてないと思うけどな。」

「はぁ? あんなに美人な彼女ばっかりで選り好みしてない?」

 ありえない。唖然とした顔で拓人を見る。

「あ、あれだ。告白されて付き合うから。」

「ふぅん? 勝手に美女が寄ってくるんだって言いたいんだ。へぇ、羨ましいね。」

「違う。なんて言えば良いんだ。」

 すっかり困ってしまった様子の拓人にくすりと笑みがこぼれる。昔のあたしの世界の全てだった人も、大人になってみれば優しそうな男性という印象しかない。

 魅力的なのは昔も今も変わらないと思う。

 今のあたしがその魅力に惹かれないというだけで。

 いや、六藤とあたしの繋がりが揺るがなくなったからか。

 変わらない愛をくれるから、あたしは迷わなくなった。

 何故、大学の頃別れようとしたのか今は理解できないくらい、あたしの心は六藤に奪われてしまっている。そして、六藤の心もあたしのもの。

「そろそろ、あたし帰るね。」

 飲み放題が終わる直前に頼んだお酒が来た。これを飲んだら六藤の回収に行こう。いつまでも倉田に見てもらっておくわけにはいかない。

「え? なら、途中まで送る。」

「大丈夫。近くで彼も飲みがあったらしいから、合流して帰るの。そんなに気を遣わなくていいよ。」

「……合コン苦手なんだよ。それに、梓ちゃんがいなくなったら僕だけあぶれることになるから、ついでに帰る。」

 あいつらに気を遣わせるから、と言われてなるほどと頷いた。一人だけ話し相手がいないというのは、自分は気にしていなくとも他の人間が気にしてしまう。

「そうだね。途中まで一緒に帰ろう。」

 三上だけにお金と今から帰る旨を伝え、あたしと拓人はお店を出た。さすがに二人っきりになると、あたしも少し緊張する。

「梓ちゃんは、本当に彼と結婚するつもりなのか?」

「え?」

 何故そんなことを聞くのだろう。あまり良い気はしない。

「どうして、そんなこと言うの?」

 沈んだ声で問うあたしに、少し悩んでから拓人は口を開いた。

「……言っていいのか、分からないが。」

「うん。言って?」

「昔、まだ梓ちゃんが大学生の頃。休日だったと記憶してるんだけど。僕の部屋から梓ちゃん家よく見えるから、誰もいない筈の家に人影があるのが見えたんだ。」

 なんとなく話が分かってしまった気がする。まさか。

「驚いて梓ちゃん家に行った。玄関の鍵は開いてたから勝手に僕も入って、人影が見えた部屋に行った。それで……。」

 言いにくそうに言葉を切って、拓人はあたしを静かに見つめた。あたしを思って言うべきか悩んでいるのだろう。しかし、そこまで言われるとあたしにも予想がついてしまった。

「梓ちゃんの彼氏に会った……。盗聴器を仕掛けてる最中の。」

「………………。」

 やはり、そうだったかとあたしは空を仰いだ。

 そんなあたしを見て拓人は哀しそうに目を伏せる。

「ショックだよな。早く伝えないといけなかったのに、彼に言われた事が心に刺さって……。多分、口止めするつもりでキツい言葉を使ったんだろうな。」

「なんて、言われたの?」

「はっきり覚えてるよ……。」


 *~*~*~*~*


『おい! 何してるんだ、警察呼ぶぞ!』

『警察を呼ばれるのは困るかな。梓に言ったら傷付くだろうから。どうしようか。黙っていてもらえますか?』

『ふざけるな! 梓ちゃんにもご両親にも伝える。盗聴器なんて仕掛けて何がしたいんだ!?』

『しょうがないな。ご自由にどうぞ。それなら貴方の拗らせた感情も梓に教えます。』

『は、何を言って……?』

『黒澤さん、動揺が顔に出てますよ。初めてお会いした時も、梓と手を繋いでる俺を妬ましそうに見てましたよね。よくそれで梓に気付かれなかった……ああ、そうか。気付いたから梓は悩んでいたんですね。』

『何を言ってるんだ。』

『梓は貴方の好意に気付いていたから、告白をした。でも貴方は恋愛感情がないと言って突き放した。それなのに、突き放してからも好意を見せて彼女を惑わせることをやめなかった。梓にずっと好きでいてもらいたかったから。九歳差って大きいですもんね。』

『……やめろ。』

『例えば、小学三年生と高校三年生の人くらいですね。あ、そういえば黒澤さんは梓の事いつから好きでした?』

『僕は、そんなこと……梓ちゃんに思ったことない。』

『梓は貴方を初恋の人だと言っていました。確か小学三年生からだったかな。俺が思うに梓は自分の事を好きな相手を好きになるんですよ。だから、黒澤さんは梓と初めて会った時から、ずっと彼女の事が好きだと思うんです。梓が引っ越してきたその当時から。』

『違うっ! 僕は……!』

『違わないですよ。俺は何とも思いませんけど、梓のご家族と貴方のご家族を始め、世間の方はどう思いますかね?』

『っ…………。』

『貴方は梓がある程度の年齢に達するまで待つことにした。県の条例と周囲の目を気にして。分かりますよ。好きな女の子が無防備に目の前にいたら襲っちゃいそうですもんね。万が一見つかったら厳格な貴方の父親は許さないでしょう。貴方の父親も可愛がっている女の子ですから。』

『僕には普通に恋人がいた。なんで、梓ちゃんを好きなのに他に恋人を作る? お前の言うことはありえない。』

『ありえない、ね。貴方は、自分に恋人ができた時の梓の反応を見て安心したかったんじゃないですか?』

『意味が分からない。』

『彼女が悲しんでいる内は自分のものだと実感したくて。最初は多分カモフラージュの為だったでしょう。でも、いつの間にか、自分の事で心を痛める梓に悦びを感じるようになった。それがクセになって気付いた時には、という恋人がいた。貴方のことは過去の思い出になった。』

『……………………。』



『さぁ、どうですか?』



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