4 黒澤拓人
六藤と付き合い始めて五年が経った。
社会人になって、学生時代より会う時間は減ったが、六藤は変わらずあたしを愛してくれている。
あたしはそれなりの会社で働いているが、六藤は大企業で働いているので、休みが微妙に違うのだ。
だから、大学を卒業した時、六藤にプロポーズされた。
一緒に住めばいつでも会えるからと。
しかし、あたしはまだ結婚するには早いと思って、少し待ってもらうことにした。六藤とは残念そうにしていたが、強引にことを進めることはせず、せめて『婚約者』になってと言われ、指輪を受け取った。
それからは、自分の持っている指輪を左手の薬指につけている。流石に、給料三ヶ月分の指輪を会社につけて行く勇気はない。
大学生の間、あんなにアルバイトに勤しんでいたのは、このためだったのかと思うと、嬉しくて泣いてしまった。
そんなわけで、あたしは今まで以上に満たされた生活を送っている。
会社の人には、あたしを溺愛している婚約者がいることは知られていて、飲み会の席では、あたしにセクハラしたら六藤に殺される、というネタでよく盛り上がる。
「多比良ちゃん!」
名前を呼ばれて、後ろからどんと抱きつかれた。
「三上さん……もう、びっくりさせないで。」
うふふ、と笑う彼女は三上由香利だ。
会社で一番仲の良い同僚になる。
「今夜ひま?」
「ひまはひまだけど。」
「良かった! 実はね、さっき急に行けなくなったって連絡が来てね? 人数合わせでいいから、合コン行かない?」
「あたし、婚約者がいるんだけど。」
合コンとは独り身の人間が行くものであって、恋人がいる人間が行くのは問題だろう。
それに、異性のいる飲み会は会社の付き合い以外で行く気はない。
「お酒呑まなくていいから! 他に女の子つかまらないの! 大丈夫、どうせ彼女持ちのクズもいるんだから!」
三上が合コンというか、彼氏ゲットのためにどれだけ努力しているのか知っているからこそ、彼女の切実なお願いに揺れてしまう。
ギラギラと燃える三上の瞳にあたしは降参した。
「う、今回だけだよ? 今度ケーキと紅茶おごってね。」
あたしもただでは動かないと伝える。しかし、三上にとってお茶を奢るくらい何てことはないようで、瞳をうるうるさせてあたしに飛びかかってきた。
「ありがとー! この恩は一生忘れないよ!」
「はは。ケーキ食べさせてくれるなら一生じゃなくていいよ。」
合コンであたしに何かがあれば、六藤は黙っていない。
三上も六藤を怒らせたらどうなるかを知っているので、あたしを早めに帰してくれるだろう。
六藤に人数合わせで合コンに行くとメールを送る。
退社時間になった頃、気を付けてねと返信が来た。
確か、六藤も今日は飲み会だと言っていた。酒に弱い六藤が肉食系のお姉さんに食べられるかも、という不安がある。
お酒飲んだら倉田さんの横にいてね、と送った。倉田は六藤の上司で面白いおじさんだ。六藤のことを気に入っていて目をかけてくれているので、前に会ったとき六藤を守って欲しいとお願いした。
今度はすぐに返信が来て、そこには六藤と倉田のツーショット写真が添付されていた。思わず吹き出してしまう。
倉田もかなりノリノリで撮ったようで、まるでカップルの写真のようにぴったりくっついて仲良さげだ。
しかも、倉田の表情は恋する乙女のようになっていて、とても三児のパパさんとは思えない。
六藤は良い上司の下で働いていると思う。
あたしがニヤニヤしながらスマートフォンの画面を見ていると、ひょいと三上が覗き込んで来て、ぶっと吹き出した。
「やだ! 多比良ちゃんの彼氏、浮気してる~!」
「ふふっ。妬けちゃう。」
あたしは彼氏とのツーショットを撮るのが苦手で、あまり六藤と写真を撮ることがない。でも、たまには良いかもしれないと思い直した。倉田に負けていられない。
「まぁ、彼氏さんの方は番犬ついてるみたいだし。安心して飲もうね! 多比良ちゃんお酒強いから、私も安心して飲めるわ。」
送り狼に食べられないように守ってね、と言われ苦笑する。
狼によっては食べられてもいいと思っているだろうから、三上が嫌がっていなければ狼さんに託そうと思う。
恋愛は勢いも大事だろう。
*~*~*~*~*
三上と彼女の友人二人とあたしは居酒屋の個室に案内される。
合コンは初めての経験だ。ワクワクする気持ちと不安な気持ちが同じくらいだ。六藤に合コンは恐ろしいところ、という偏見を植え付けられた結果かもしれないが。
「よろしくお願いしまーす!」
「よろしくー。」
「かわいい子いっぱいだね。」
「うふふっ、それほどでも?」
あたしは一番最後に部屋に入る。あまり目立ちたくない。
元々の地味さに加えてずっと陰気にしていたら、あまり絡まれないだろう。
ある程度は周囲に合わせるつもりだ。三上のためにも。
普通にしていれば、合コン慣れしていない面倒な女と思われて絡まれないはずだ。本当に合コン慣れしていないから。
あたしは男性四人をちらと見る。全員顔立ちがいい。
確かどこかの企業の営業マンだと言っていた気がする。その中で一番際立っているのはあたしの斜め前に座っている人かもしれない。三上が好みそうな男性だ。柔和な雰囲気を持った。
(あれ? あの人……。)
誰かに似ている、とあたしは思った。
俯いていて顔が正面から見えないから確信はない。だが、誰かに似ている。
その時、あたしの視線に気付いたのか男性が顔を上げた。
(嘘でしょ……?)
男性の顔を見てあたしは息を止めた。男性の方もあたしの姿に驚きを隠せないようで、目を丸くしてあたしを見つめている。
「はーい! じゃあ、あたしから自己紹介始めるね?」
三上の声であたしは我に返る。あの男性と知り合いなんてバレた日には面倒なことになりそうだ。
さっと視線を逸らしてあたしは三上の方を見た。
「二十四歳、独身! 三上由香利です! 好きなお酒はカシスオレンジ、と見せかけてハイボールです! よろしく!」
「イェーイ、よろしく! 面白いねユカリちゃん!」
パチパチと拍手と歓声が上がり、あたしも一応手を叩く。
(………………。)
合コンはこの騒がしい感じが延々と続くのだろうか。
なんだろう。既に帰りたくなってきた。
その後も場を盛り上げる自己紹介が続いて、あたしは胃が痛くなる。何か気の利いたことが言えればいいのだが、ネタも引き出しもない。
どうしよう、と悩んでいると知り合いの番が回ってきた。
何となく気になって、あたしはじっとその人を見つめる。
「黒澤拓人。三十三歳です。よろしく。」
静かで、淡々とした自己紹介に、盛り上がっていた面々も時を止める、がすぐに立ち直った男性が拓人のフォローに回った。
「せんぱーい。無理やり連れて来られたからって、それはないですよー。機嫌直してくださーい!」
隣にいた男性が拓人の肩に手を回して言った。
「機嫌が悪いんじゃなくて、僕は面白いことが言えないんだよ。合コンなんて久しぶりで勝手が分からない。」
「戸惑ってるせんぱい、か~わ~い~い~!」
「かわいいとか言うな!」
他の面々はそんな二人を見て笑い出す。
あたしも適当に笑っておいた。
今日はもう酔えそうにない。何しろ黒澤拓人はあたしの初恋の人だ。こんなところで会うことになるとは。
彼はてっきり地元で就職しているのかと思っていたから、こんなところで偶然会うなんて思わなくて、びっくりしてしまった。
深い溜め息を吐いていると、自分が皆から見られていることに気付いて、狼狽える。何故、こんなに見られているのだろう。
「ほら! 次、キミの番だよ!」
「え!? あ、あたし、多比良梓。二十四歳です。」
よろしくお願いします、という声は尻すぼみになって聞こえなかっただろう。
「恥ずかしがってる~。むっちゃ、かわいいね!」
「は、ははは……。ありがとうございます。」
いっそのこと、人数合わせで連れてこられた彼氏持ち、と自己紹介したかったが、三上の幸せな未来のために黙っておく。
八人の自己紹介が終わり、あたしは必死に名前と顔を一致させていた。拓人はともかくとして、その他の人は髪型が似ていて判別しずらい。今は席で名前を覚えよう。
「皆さん好みのタイプは?」
「わたしはぁ、やっぱり筋肉! 頼れるよねぇ。」
「私は仕事の出来る眼鏡のイケメン、なんてね。本当は料理のできる人! 私の作る料理は劇物だから!」
「優しい人がいいですかね。優柔不断じゃない。」
人の好みはそれぞれだ。でも、他の女性陣の好みはあたしも共感できるところがある。今、三人の言ったものは六藤に備わっていると贔屓目に見て思った。
それなりに鍛えていて、仕事が出来て、メガネはないけどイケメンで、料理も上手で。そして優しくて、決断力がある。言うことなしだ。愛の形が歪なこと以外は。
あたしは本当に皆の云う理想的な彼氏を持っているらしい。
幸せ者だな、と噛み締めていると話しかけられる。
「アズサちゃんは?」
いちいち、絡まれるのを避けるためには皆と一緒に喋った方が良さそうだ。会話があまり続かないような事を適当に言っていよう。
「あたしだけを好きでいてくれる人ですかね。やっぱり特別に想われたいです。」
六藤のように分かりやすく女性を三つに分けてくれる人がいい。要らない、要る、あたし。のように。あたしは今までずっと自分が『六藤の特別』だという部分は変わらず理解している。
「そうなんだ~。」
適当に相槌を打った彼の瞳には『重そうな女』という感想が浮かんでいた。やっぱり合コンに来ても碌なことがない。
彼らが求めているのは『軽い女』だ。稀に本当に出会うために合コンに来る人もいるらしいが、大体はワンナイトラブのようなものを狙っているのだろうと思う。偏見かもしれないが。
とにかく、この男性陣は『軽い女』をご所望のようだ。
イラッとして、あたしはスマートフォンを取り出す。
すると、丁度いいところに六藤から着信があった。
「電話来たから、少し外しますね。」
「なになに? アズサちゃん。もしかして彼氏から?」
「はい。婚約者から。」
唖然とした面々に、にっこりと愛想笑いをしてから個室を出た。
もう、合コンなんて二度と来ない。




