第二話 不合格者だけの面接
日没まで、あと二時間。
王都の西門へ続く大通りは、昼の喧騒が嘘みたいに静かだった。合格発表が終わると、人は二種類に分かれる。祝杯を上げるやつと、家に引きこもるやつ。どちらにも属さない俺は、ただ歩いている。
ポケットの中で、黒いカードがやけに存在感を主張していた。
『最終面接 開始時刻:本日、日没』
『不合格者のみ、参加可』
「……怪しすぎるだろ」
声に出しても、答えは返ってこない。
それでも足は止まらなかった。止まったら、たぶん引き返す。引き返したら、来年も同じことを繰り返す気がした。
――それは、さすがに飽きた。
「ユウトー!」
背後から駆け足の音。振り向くと、やっぱりミカがいた。
「やっぱり行くんだ」
「ついてきたのかよ」
「だって気になるし!」
「危ないかもしれないぞ」
「ユウトが行くなら、私も行く」
迷いのない顔だった。こういうところ、本当にずるい。
「……好きにしろ。ただし、無理はするな」
「はーい!」
軽い返事。まったく、緊張感がない。
西門を抜けると、街道はすぐに森へと飲み込まれる。夕焼けが木々の隙間から差し込み、地面に長い影を落としていた。
指定された場所は、地図にない廃礼拝堂だった。
「こんなとこ、あったっけ」
「さあな。俺も初めてだ」
苔むした石壁。崩れかけた尖塔。扉は半分外れて、風に軋んでいる。
――いかにも、だ。
「帰る?」
「今さらか?」
「だよね」
ミカは笑って、先に中へ入っていった。
「おい、先行くなって」
慌てて追いかける。
中は思ったより広かった。天井は崩れて、ところどころ空が見える。中央には、壊れた祭壇。
そして――
「……もう、何人かいるな」
同じように黒いカードを持った連中が、ぽつぽつと集まっていた。
十人前後。全員、年齢は近い。表情は様々だが、共通しているのは“場違い”な感じ。
合格発表の場にいるべきじゃないやつら。
「みんな、不合格者ってことか」
「だろうな」
誰も大声では話さない。小さなざわめきだけが、空間を満たしている。
やがて、その中の一人がこちらに近づいてきた。
見覚えのある顔。
「……柊ユウト」
「……天宮レイ?」
白い髪。無機質な視線。
間違いない。さっきまで掲示板の前で、合格者の中心にいたはずの少女。
「お前、合格したんじゃ」
「した」
「じゃあなんでここにいる」
「呼ばれたから」
淡々とした答えだった。
手には、俺たちと同じ黒いカード。
「……不合格者のみ、じゃなかったのかよ」
「例外はある」
「雑だな」
思わずため息が出る。
レイはミカに視線を向ける。
「あなたも、呼ばれたの?」
「うん! 落ちたけどね!」
「……そう」
興味があるのかないのか分からない反応。
「ねえ、ユウト」
ミカが小声で言う。
「あの子、なんか変じゃない?」
「最初から変だろ」
「そういう意味じゃなくて……もっと、こう……」
言い淀む。
俺も、なんとなく分かる。
合格者の“正しさ”とも違う、別の違和感。
そのときだった。
「――揃ったか」
低い声が、空間を切り裂いた。
全員の視線が、祭壇の方へ向く。
そこに、あの男が立っていた。
黒いローブ。変わらない、静かな目。
いつの間に現れたのか、気配がなかった。
「時間だ」
男は短く告げる。
「これより最終面接を開始する」
誰も動かない。
動けない、が正しいかもしれない。
「……あのさ」
誰かが手を挙げた。
「これ、本当に試験なんですか?」
もっともな疑問だ。
男は一瞬だけ視線を向け、
「試験だ」
それだけ言った。
「ただし――」
わずかな間。
「君たちが知っているものとは、少し違うがな」
空気が変わる。
ひんやりとしたものが、足元から這い上がってくる。
「まずは単純な質問だ」
男の視線が、一人一人をなぞる。
「勇者とは、何だ?」
沈黙。
誰も答えない。
いや、答えられない。
正解が分からない、というより――
ここで何を言えばいいのか、分からない。
「……答えろ」
静かな圧。
喉が乾く。
そのとき、レイが一歩前に出た。
「人々を守り、脅威を排除する存在」
淀みない声。
教科書通りの、完璧な答え。
男は少しだけ頷いた。
「模範的だ」
だが、評価の色は薄い。
「他は?」
沈黙が続く。
気づけば、視線が集まっていた。
――俺に。
「……俺かよ」
小さくぼやく。
逃げ場はない。
俺は一歩前に出た。
「……分かりません」
正直に言った。
ざわめきが広がる。
「三年受けて、全部落ちて」
言葉を探す。
「正解が何か、分からなくなりました」
男は何も言わない。
「でも」
続ける。
「少なくとも、“点数のために誰かを見捨てるやつ”ではないと思います」
言い切った瞬間、場の空気が少しだけ揺れた気がした。
男は、ほんのわずかに笑った。
「いいだろう」
その一言で、妙に肩の力が抜ける。
「次だ」
男は手を軽く振った。
すると――
空間が歪んだ。
「……は?」
足元の石畳が、音もなく崩れていく。
視界が暗転する。
重力が、消えた。
「ユウト!?」
ミカの声が遠くで響く。
身体が落ちる。
いや、落ちているのかどうかすら分からない。
光も、音も、すべてが引き伸ばされる。
「――これが」
男の声だけが、はっきりと聞こえた。
「第一問だ」
次の瞬間。
俺たちは、まったく別の場所に立っていた。
――血の匂いがした。
夕焼けでも、森でもない。
崩れた街。燃え残る建物。遠くで響く悲鳴。
「……なんだよ、これ」
誰かが呟く。
男の姿は、もう見えない。
代わりに、頭の中に声が響いた。
『状況を解決しろ』
『制限時間は一時間』
『評価基準は――自由だ』
ふざけている。
そう思った。
でも。
胸の奥が、妙に静かだった。
――試されている。
それだけは、はっきり分かる。
「ユウト……これ、試験っていうか……」
「戦場だな」
ミカの言葉を引き取る。
そして、前を見る。
瓦礫の向こうで、人影が倒れた。
魔物の影が、ゆっくりと近づいていく。
「……行くぞ」
足が、自然と動いた。
点数も、正解も、関係ない。
それでも。
――ここで何をするかは、たぶん俺が決める。
そう思った。




