また落ちた俺と、変な面接官
――また、落ちた。
その一文だけで、三年間の努力が軽く片づけられるのだから、世の中というのは本当に不親切だと思う。
王都中央広場。石畳の上に設置された巨大な掲示板の前には、人、人、人。合格発表の日は、祭りと葬式が同時に開かれているようなものだ。
歓声と、ため息と、泣き声と、虚無。
その全部が混ざり合って、妙に生温い空気を作っている。
「……はは」
乾いた笑いが漏れた。
掲示板の中央に貼られた紙。そこにびっしりと並ぶ合格者の名前。上から順に、視線でなぞる。
ア行、カ行、サ行――
どこにも、ない。
分かっていた。どうせ今年も、そうだろうと思っていた。けれど、こうして現実を突きつけられると、やっぱり少しだけ胸にくるものがある。
「……はい、不合格っと」
口に出して、やっと実感が追いついた。
三年連続不合格。
立派な記録だ。履歴書に書いたら、たぶん一行で落とされる。
「ユトーーーー!!」
遠くから、場違いに明るい声が飛んできた。
振り向く前から分かる。いや、分からない方がおかしい。
「……どうだった!?」
息を切らしながら駆け寄ってきたのは、星野ミカ。
俺と同じく、勇者国家試験に人生を振り回されている仲間――いや、戦友だ。
「見て分からないか?」
「えーっと……」
ミカは背伸びして掲示板を覗き込む。そして、数秒の沈黙のあと、
「……ないね!」
「即答かよ」
躊躇の欠片もない断言だった。
「でもでも! 今年は行けるって言ってたじゃん!」
「言ったな」
「手応えあったって!」
「それも言った」
「じゃあなんで!?」
「実技でやらかした」
「あー……」
ミカは納得したように頷いた。
その顔やめろ。分かってました、みたいな顔やめろ。
勇者国家試験は三段階で構成されている。
第一試験、筆記。
第二試験、実技。
第三試験、最終面接。
筆記は知識量がものを言う。努力すればどうにかなる領域だ。実際、俺はここ三年、毎回上位で通過している。
問題は、実技だ。
「今回は何が起きたの?」
「予定外の魔物が出た」
「うわ、また?」
「まただ」
俺は肩をすくめる。
「模擬ダンジョンの深層。想定では出ないはずのランクC個体が湧いた」
「それ、普通に事故じゃん……」
「だから事故だって言ってるだろ」
だが試験官にとっては“想定外の事態への対応力を見る機会”に過ぎない。
そして、俺の選択は――評価されなかった。
「で、どうしたの?」
「撤退した」
「……ああ」
ミカの表情が、少しだけ曇る。
「一人、足やられて動けなくなってた。あのまま戦闘続行したら、巻き込まれてたと思う」
「でも、それって……」
「減点だな」
むしろ、ほぼ失格だ。
本来の正解は“討伐”。
危険があっても、目標を達成すること。
勇者とは、そういうものだとされている。
「……ユウトさ」
「なんだ」
「やっぱりちょっとズレてるよね」
「自覚はある」
即答した。
自覚があるからこそ、どうにもならないのだ。
「でもさ」
ミカは笑う。
「私は、そういうとこ好きだよ」
「それ、慰めになってると思うか?」
「思わない!」
「だろうな」
まったく、ブレないやつだ。
俺はもう一度掲示板を見る。
そして、すぐに目に入る名前があった。
「……天宮レイ」
「あー、今年も一位だね」
周囲のざわめきの中心。そこに彼女はいた。
白い髪が陽光を反射して、妙に現実感が薄い。背筋はまっすぐ伸び、無駄な動きが一切ない。
まるで最初から“勇者として完成されている”みたいな存在。
「すげえよな」
「ねー。別世界の人って感じ」
「同じ試験受けてるとは思えない」
彼女は関係者と何かを話している。表情はほとんど変わらない。
喜びも、安堵も、誇りも――見えない。
ただ“当然の結果を受け取っている”だけの顔。
「……なあ、ミカ」
「ん?」
「俺たち、あと何年これやると思う?」
「えー?」
ミカは腕を組んで、うーんと唸る。
「ユウトは、あと三年くらいかな!」
「やめろ、その現実的な数字」
「私は五年!」
「長ぇよ」
軽口を叩きながらも、心のどこかで思う。
本当に、このままでいいのか、と。
そのときだった。
「――柊ユウト」
低く、よく通る声が、背後から落ちてきた。
ざわめきの中なのに、不思議とその声だけがはっきりと聞こえた。
振り向く。
そこに立っていたのは、黒いローブの男だった。
年齢は分からない。若くも見えるし、年老いているようにも見える。
ただ一つ言えるのは――
普通じゃない、ということだ。
「……俺ですけど」
「少し、時間をもらえるか」
「いや、俺不合格なんで」
「だからだ」
間髪入れずに返された。
意味が分からない。
だが、その目を見た瞬間――なぜか、軽くあしらっていい相手ではないと直感した。
底の見えない、静かな目。
まるで深い水の底を覗き込んでいるような、不気味さ。
「……何の用ですか」
「簡単な確認だ」
男は一歩、距離を詰める。
周囲の音が、少し遠ざかる。
「君はなぜ、あの場で撤退を選んだ?」
「……仲間が怪我してたからです」
「点数は下がると分かっていたな」
「はい」
「それでも?」
「それでもです」
数秒の沈黙。
男は、ほんのわずかに笑った。
「面白い」
「……はあ」
「君は勇者には向いていない」
「知ってますよ」
三年もやれば嫌でも分かる。
「だが」
男の声が、わずかに低くなる。
「別の資格はある」
「……別の?」
「世界を壊す側の資格だ」
「は?」
理解が追いつかない。
冗談にしては、声色が真剣すぎる。
「来い」
男は踵を返す。
「合格者には見せない景色を見せてやる」
「ちょ、待ってください!」
思わず呼び止める。
「あなた、誰なんですか」
男は足を止めた。
だが、振り返らない。
「――面接官だ」
一拍置いて、
「最終面接の、な」
そう言い残し、男は人混みの中へと溶けていった。
「……ユウト?」
ミカの声で、現実に引き戻される。
「今の人、知り合い?」
「いや……知らない」
だが、妙に引っかかる。
最終面接。
俺はそこにすら進めていないはずなのに。
「……なんなんだよ」
胸の奥がざわつく。
不安と、ほんの少しの期待が混ざったような感覚。
――そのとき。
ポケットの中で、何かが震えた。
「……?」
取り出す。
見覚えのない、黒いカード。
いつの間に入っていたのか、まったく分からない。
表には、ただ一行だけ。
『最終面接 開始時刻:本日、日没』
「……は?」
思わず間の抜けた声が出た。
裏返す。
そこには、小さくこう書かれていた。
『不合格者のみ、参加可』
――意味が分からない。
けれど。
胸のざわつきは、さっきよりもはっきりとした形になっていた。
恐怖か、好奇心か。
あるいは、そのどちらでもない何か。
「ユウト、それ……何?」
「……さあな」
俺はカードを握りしめる。
日没まで、あと数時間。
行かなければ、きっと何も変わらない。
行けば――
「……面倒なことになりそうだな」
そう呟きながらも、
足はすでに、広場の外へ向かっていた。
――俺の四年目は、たぶん今までとは違う。
そんな予感だけが、やけにはっきりしていた。




