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第4話 決戦前夜

「今後、我が藩は、勤王の立場を藩是とし、もって天子様に殉じる」

 慶応4年(1868年)4月7日、居並ぶ藩士の前で高らかに宣する前藩主・戸田忠恕(ただゆき)。勇記はその傍らでこれを聞いていた。

 前日、勇記は忠恕とともに宇都宮に戻った。

 総督府は、大津で謹慎を命じられた藩主が不在のままでは宇都宮藩の士気が上がらず、これによって宇都宮城が会津や旧幕府方の手に落ちると大変なことになることを危惧し、江戸在住の忠恕に対し、宇都宮に戻って藩政に当たるよう命じていたのである。

 その後、忠恕は、藩政執行部を刷新、佐幕派の家老を一掃した。ここで勇記は中老に任命されて藩政を、戸田三左衛門は藩の軍事面を司ることになったのである。

 留守中の宇都宮の状況を確認する勇記。藩士から伝えられた内容に耳を疑った。

「領内は、一揆や打ちこわしの嵐でございます。しかも大規模な……」

 勇記が宇都宮を発つ際も所々で小規模な騒動は起きていたが、想定の範囲内であった。しかし、報告された内容は、勇記の想像を遥かに超えていた。

 勇記が江戸を発った4月3日、宇都宮領内で30,000人規模の世直し一揆が発生していた。

 一揆勢は宇都宮宿の北端にそびえる八幡山に立てこもった。

「最初は、話し合いで収まると思っておりましたが……」

 膨れ上がった群衆に言葉は通じなかった。もはや制御不能。城の目の前で数万人規模の一揆勢に騒がれては、もはや見過ごすことはできない。宇都宮藩は、八幡山に300人ほどの藩兵を派遣した。

 派遣された宇都宮藩兵が、八幡山に篭る一揆勢に銃砲撃を加えると、一揆勢は散り散りになって八幡山から退散していった。

 しかし、八幡山を離れた一揆勢は、領内の各地で打ちこわしを行った。これらを鎮圧するために宇都宮藩士は領内を東奔西走していた。

「まさか、そのようなことになっていたとは……」

 言葉を失う勇記。報告は続いた。

「今も領内の各地で騒ぎが起きており、鎮圧に向かった藩士の多くは、いまだ戻りませぬ」

「城に残る藩士は少ないということか?」

 黙ってうなずく藩士を見た勇記は、その場に座り込み、下を向いた。

「……それともう一つご報告が……」

 勇記は顔を上げた。

「会津兵が今市宿に進駐。さらに街道の各宿場や領内各所に入り込んでいる模様です」

 板橋の総督府において、勇記は、会津藩の脅威もその理由の一つとして援軍を要請していた。その時は、僅かばかりのハッタリも含んでいたが、その脅威が早くも目前に迫っていたのである。

(なんてことだ……。我が藩の精鋭も大津で足止めを食っているというのに……)

 一人になった勇記は頭を抱えた。この時、勇記は、総督府から帰藩後速やかに周辺諸藩に対して勤王を説いて回るよう命じられていたのであった。

 尊王派と佐幕派との間で抗争が生じていた関東の諸藩。わずかな戦況の変化で旧幕府に与する可能性がある藩も多かった。そこで総督府は、いち早く尊王を宣言した宇都宮藩に新政府の命令を周辺諸藩に伝達する役目を命じ、勇記に対して、尊王と佐幕で揺れる関東諸藩に勤皇を説いて回るようにとの指示を出していたのである。

 事態が切迫する中、藩を離れてよいものであろうか……。

 勇記は迷った。しかし、総督府の命令を反故にするわけにもいかず、何より、数々の体たらくで地に堕ちてしまった宇都宮藩の名声を取り戻すためにも、尊王のリーダーとして諸藩を導いていく必要があるのも事実であった。

(そう長く留守にするわけでもない。何かあっても三左衛門殿ならば、持ちこたえてくれよう)

 立ち上がった勇記は、周辺諸藩への遊説の許可を得るべく、忠恕のいる屋敷へと向かって歩を進めた。

 紆余曲折を経て尊王として進み始めた宇都宮藩。眼前に迫る危機に臨み、宇都宮藩の命運は、実質的に勇記の双肩に託されることになったのであった。


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