最終話 宇都宮にて
明治10年(1877年)10月初頭の宇都宮。
この年の7月、かねてから体調の優れなかった勇記は、一切の官職を辞して宇都宮に戻っていた。
一通の手紙が届く。西郷、桐野、鹿児島に死す――。
2月、西郷は九州で兵を挙げた。勇記は東京でこれを聞いた。政府に対して無謀とも言える戦いを挑んだ西郷。その真意に想いを巡らせつつも、このような結末になることは予想していた。勇記に驚きはなかった。ただ、言葉なく空を見上げた。
――遡ること9年前の明治元年(1868年)10月初旬。
宇都宮城の大手門をくぐって左、三日月堀に先の戦いで焼失を免れた屋敷がある。勇記の自邸である。
宇都宮城奪還後しばらくの間、勇記邸は新政府軍幹部の宿所とされていた。忙しく屋敷の後片付けに精を出す鉄之助のもとに、奉公人が小走りでやってきた。
「怪しげな三人組が表に……。大柄な男と足を引きずった小柄な男、もう一人は左手の中指と薬指がありません。もしや旦那様を?」
慌てた様子の奉公人の言葉を聞いた鉄之助には、思い当たる節があった。持っていた箒を放り投げて玄関へと急ぐ鉄之助。屋敷の角を曲がり、庭先から玄関にやってきた鉄之助は、三人組の姿を見ると彼らの前に座り込んで平伏した。
「これは伊地知様」
三人のうち一人は、板橋で面会した薩摩藩士・伊地知正治であった。
「奥州の戦いが終わって東京に戻る途中、宇都宮の藩庁に顔を出したところ、時機よく県殿がこちらに戻っていると聞いたのでな。藩庁にはいなかったので、もしやと思い立ち寄らせてもらった」
「先生は今、町の様子の巡視に出ております」
「左様か……。では仕方ない。先を急ぎますか、吉之助さん」
鉄之助は、その名を聞いて目を丸くした。まさかこのような場所に、あの西郷がいるのである。
「し、しばしお待ちを! 急ぎ探して参ります! おあがりになってしばしの間お寛ぎください!」
鉄之助は、西郷、伊地知、そしてもう一人の男を座敷に通し、奉公人に粗相のないよう応接を託すと、勇記を探しに一目散に駆け出して行った。
「今何と言った!?」
幸運にも時を置かずに勇記を見つけた鉄之助。
この頃の勇記は、東京の鎮将府(駿河以東の13国の民政を担当した政府機関)での職務をこなしつつ、宇都宮での政務のため、東京と宇都宮を慌ただしく行き来していた。事の次第を聞いた勇記は、自邸に向けて走り出した。
「伊地知様、かような陋屋にわざわざ……。西郷様と中村様もご無事で何よりでございます」
三人に言葉をかけると、勇記は深々と頭を下げた。伊地知が少し驚いた表情で勇記に言った。
「すでに顔見知りでしたか」
勇記は伊地知の問いかけに応えた。
「中村様とは、会津攻めの折、日光口に向かわれる際にお目通りさせていただきました」
『中村様』とは、幕末にその名を馳せた人斬り、中村半次郎である。
中村は、会津戦争では日光口(会津西街道)の部隊を率いて参戦。若松城開城に際しては、新政府軍を代表して城の受け取り役を務めている。中村の日光口派遣は、勇記の懇願によるものであった。
勇記は西郷に顔を向けた。
「初めてご尊顔を拝させていただきます。確か某が初めて板橋を訪れた際にお近くにいらしたご様子。宇都宮のために諸々ご尽力いただきまして、誠にありがとうございます」
言い終えた勇記が西郷に視線を向けると、西郷は驚いたように勇記に尋ねた。
「気付いておりましたか? 貴殿と正治どんの話をこっそり襖越しに聞き耳を立てておりましたが……」
「西郷様ほどのお方です。隠し切れない気配が漂っておりました」
西郷が両袖を鼻に近づけ、臭いを嗅ぐ仕草をする。勇記は頬を緩めた。これを見た西郷の笑い声が響くと、勇記は改めて頭を下げて続けた。
「薩摩の方々には多大な厚情を賜り、感謝の念に堪えません。」
「こちらこそ、あのとき貴殿の働きで宇都宮藩が早々に我らについてくれたおかげで、冬が来る前に奥州での戦いを終わらせることができました。感謝申し上げます」
ゆっくりと頭を下げた西郷は、続けた。
「これから新しい国づくりが始まる。今は宇都宮のことで手いっぱいでしょうが、復興の道筋がついた暁には、是非政府の中で力を発揮してくだされ。おぬしはそのようなお人じゃ」
西郷の言葉を聞いて顔を上げた勇記は、かすかに頬を緩めながら深々と頭を下げた。
しばしの間、戦友たちは穏やかな時間を過ごした。そして帰り際、西郷は朱鞘の陣太刀を、中村は鉄砲を記念として勇記に贈り、勇記邸を後にしていった。
その後勇記は、宇都宮城攻防戦で命を落とした薩摩藩士の墓を建て、招魂の碑(宇都宮市・報恩寺)の建立に尽力する。
明治の世になってからも、勇記は幾度となく東京で西郷と顔を合わせている。明治維新第一の英雄・西郷隆盛が親しく来訪し、彼に容易に面会することができるほどの人物、それが県勇記なのである。
手紙を握りしめた勇記は、しばらくの間目を閉じて空を見上げた。
目を開けた勇記は、箪笥の上に置かれた古い手紙に目を移した。今年の2月、西郷の挙兵を知った鉄之助の、勇記への置手紙だった。
(……待っているぞ……)
4年後の明治14年(1881年)12月12日、幕末の激動に翻弄される宇都宮藩を支えた県勇記は、永い眠りについた。享年59。
完
幕末の宇都宮藩は、笑ってしまうほど踏んだり蹴ったりで、数々のやらかしを犯しています。
そして、県勇記は知恵を振り絞り、型破りな行動で多くの危機を回避しました。
それらの中から「宇都宮城攻防戦」にフォーカスして執筆しました。
※領内の一揆で四苦八苦。疲れ果てて第一次の戦いに敗れ、奪還戦である第二次には結局参戦できず……。これらも立派(?)なやらかしと言えます。
※宇都宮奪取後も、栃木県内での戦闘を優位に進めながら、「ご飯食べてないから帰る」と言って、会津軍の追撃をやめたりしています。
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