表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
COLOR  作者: 八宮泉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/12

苔の時計塔

沈んだ太陽の影を落とす浜辺と対象的な霧の深い森の奥深くに、その時計塔は建っていた。壁面は長い年月をかけて繁殖したモスグリーンの苔に覆われ、もはや石材の色は誰にも分からなかった。ここもかつては陽光を受けて輝きを放ち目立っていた。

時計塔の主である老人は、毎日決まった時間に、その厚い苔を少しだけ撫でるのが日課だった。

「今日もよく育っているね」

老人がそう声をかけると、時計塔の鐘が一度だけ、深く澄んだ音色で響く。この鐘の音は、村の人々に時間を告げるためのものではない。森の呼吸を整え、行き場を失った風を正しい方角へ導くための合図だった。

ある日、一人の若者が迷い込んできた。都会の喧騒に疲れ、ただ静寂を求めて彷徨っていたのだ。若者は、鮮やかながらも沈んだ色をした時計塔の壁を見て、立ち尽くした。

「この色は……」

それは、新緑の輝かしさでも、枯れ葉の寂しさでもない。命が巡り、留まり、そして次の季節へと静かに準備をしているような、深い安らぎの色だった。

老人は若者に一杯のハーブティーを淹れ、苔むした窓辺の椅子へ招いた。二人は何も語らず、ただ窓の外で揺れる霧を眺めていた。やがて、時計塔の鐘が響く。モスグリーンの色彩が、森の湿り気を帯びて、より一層深く色づいた気がした。

若者はその時、初めて自分の心臓の音が、この塔の鐘の音と重なっていることに気づいた。

「ここは、時間が止まっているのですか?」

若者の問いに、老人は穏やかに微笑んだ。

「いいえ。時間は流れていますよ。ただ、ここでは『色』に変わるのです。急ぎすぎた心には見えない、深い緑の色にね」

若者は去り際、自分の着ていた灰色のコートが、少しだけ森の気配を纏ったような気がした。森を出た後も、彼の網膜にはいつまでも、あの日見たモスグリーンの情景が焼き付いていた。

それは、迷い込んだ魂だけが許される、静かな帰還の印だった。

この物語の雰囲気が、あなたの創作のインスピレーションになれば幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ