オフホワイト
「我が社は、社会の公器である。その活動に一点の曇りもあってはならない」
創業者から受け継がれるこの「純白」の理念が、大手 ITインフラ企業・ゼニス・ソリューションズの心臓部だった。課長代理の佐々木は、満員電車に揺られながら胸元の社章を見つめる。それは汚れなき白銀に輝き、彼自身の誇りでもあった。
ゼニス社は今、一種の社会現象となっていた。彼らが提供するAIリスク管理システムが街の犯罪率を劇的に下げ、企業の不正を未然に防いでいたからだ。人々はゼニスを「現代の正義」と呼び、そのシステムが導き出す結果を盲信していた。
だがある夜、佐々木は部長から「特命プロジェクト」の資料整理を命じられる。そこで手渡されたのは、『オフホワイト』という隠語で呼ばれる未公開の組織図だった。そこには、公表されている組織体制とは別に「調整室」という名の部署が存在していた。その役割は、AIが検知した「システムの欠陥」や「社会に混乱を招く真実」を、公になる前に密かに処理すること。
佐々木の手が止まった。一通の内部報告書が目に留まる。
「システムが、現職閣僚の不正を検知。社会不安を避けるため、検知ログを削除。代わりに他の中小企業の不祥事をリークし、世論の目を逸らすことに成功」
これが、街の平和を支える正義の裏側だった。捏造されたスケープゴートによって、大きな秩序が保たれている。佐々木は吐き気をもよおした。しかし、同時に気づいてしまう。もしこの事実を公表すれば、ゼニス社への信頼は失墜し、AIシステムは停止する。そうなれば、抑えられていた犯罪が再発し、社会は本当の意味で崩壊するだろう。
翌日、佐々木は調整室の室長である常務に呼び出された。
「佐々木君。白すぎる服は、汚れが目立ちすぎる。社会を動かすには、少しばかりの『くすみ』が必要なんだ。それが、大人の、そしてサラリーマンの正義だよ」
常務は静かに、佐々木に新しいデスクの鍵を渡した。そこは、表の組織図には載っていない「調整室」の部屋だった。
深夜のオフィスで、佐々木は閣僚の不正データを握りしめていた。これをマスコミに送れば、自分は真実を暴くヒーローになれるかもしれない。だが、ゼニスが倒れれば、この国を支えるインフラは崩壊する。正義とは、真実を暴くことか? それとも、偽りであっても平穏を守ることか?
一週間後、テレビではある中小企業の粉飾決算が連日報じられていた。国民は憤り、ゼニス社のAIがそれを見つけ出したことを称賛している。佐々木は調整室のデスクで、新しい「処理」に取りかかっていた。
「……ログ、削除完了」
彼は、汚れたファイルをゴミ箱にドラッグする。鏡に映った自分のシャツの襟元は、蛍光灯の下でどこか灰色がかって見えた。自分にしか見えないその「オフホワイト」の汚れは、消えることなく、確実に、そして深く染み付いていた。




