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処方箋と丸薬

 


「……シトロ侯は、心の臓が悪かったのでしょうか?」



 問うたカヘルに向かって、衛生文官ノスコはうなづいた。



「その可能性は大いにあります。しかし丸薬には一番少ない配合量が指定されていますし、≪いちじるしい動悸を感じた際にのみ≫と特記されています。同時に血液量をやす黒靡生くろなびきの薬湯を常用するように、ともありますから……。心の臓の不調と言うより、加齢による貧血ですね。そこまで深刻ではないけれど、シトロ侯は多少動悸が気になっていたのでは、と推測します!」


「なるほど。では、そちらの布包みの中身は?」



 カヘルに視線で促されたバンクラーナが、そろそろと布包みのひとつを開ける。中に白い布袋が入っていて、そこからころころと白い粒薬が出てきた。全部で八つある。



「その処方薬、≪妖精の手袋≫の丸薬ですね」



 麦粒ほどの大きさの薬を、つまみ上げてノスコが言った。



「それじゃもう一つの布包みも、同じ薬だろうか」



 続いてバンクラーナが取り上げた包みの方は、内の袋が濃い緑色である。



「あれ? こっちは空だ。何も入っていません」



 一同は首をかしげた。ローディアがひげその他をもしゃつかせて、推測してみる。



「うーん……。使用上の取り扱いに注意しないといけない強い薬だから、厳重に蓋をしてしまっておいた、ということでしょうか?」


「いや、子どものいる家ならわかりますけど。シトロ侯は奥さんと二人暮らしだったのでしょう? いざと言う時に薬がすぐに出せないようでは、意味がないんじゃないでしょうかね」



 割と経験に基づいていそうな意見を、マグ・イーレ王が横から差し挟んだ。ちなみに王に持病はない。≪ふさぎの虫≫およびねこ過敏症あれるぎーは、ここ数年で完治したもようである。



「それに、空の袋をそのまま捨てずに入れているのも、何となく変じゃないですか?」


「捨てられへん性格のひとって、アイレー東西どこにでもいてはるんかなぁ」



 後ろからぼそぼそ話し合うブラン青年とファランボ理術士の声を聞き、ノスコが顔を上げて言う。



「ローディア侯の言う通りで、毒にもなりかねない薬をシトロ侯は厳重に管理していたのかもしれません。三年前と言えば、まだシトロ邸には奥さんも使用人もいた頃ですから。そうでしたね、カヘル侯?」


「ええ、そうです。ノスコ侯」


「それと、薬を完全に使い切るまで包装をとっておくのは、有用なんですよ。処方箋と照らし合わせれば、どのくらいの量をどのくらいの期間に使ったのか、わかりやすいですから。むしろこういった強い薬を使う人には、医師や薬種商が包みを捨てないようにと指示することもよくあるのです」



 へー!!! 衛生文官の言葉に、副団長以下のデリアド騎士らは感心する。全く知らなかった。


 強い薬、すなわち丸薬のたぐいをほとんど使った経験のない、健康優良男子ばっかりなのである。



「ノスコ侯。シトロ侯がこの≪妖精の手袋≫を間違えて多く服用してしまい、中毒死したという可能性は考えられますか?」


「いいえ、その可能性はありません」



 カヘルの問いに、衛生文官は首を振って即答した。



「この低用量の丸薬なら、それこそ小壺いっぱい飲まなければ致死量にはならないからです。それに、シトロ侯の遺体に≪妖精の手袋≫服毒症状の斑点は皆無でした」



 カヘルはうなづく。やはりシトロの死因は、自然な状況下での病死だったのだ。


 ≪妖精の手袋≫を処方され常備していた事実は、シトロが多少なりとも体調不良を抱えていたことを裏付けている。つまりシトロは、死すべくして死んだのだ。あの≪死者の哀しみの家≫ドルメンの中で、一人ひっそりと……。



「シトロ侯の個人的背景についての情報でしたね。カヘル侯?」



 プローメルが肩をすくめながら、渋く言った。



「ええ、≪蛇軍≫とは関係のないものです。これらの品はもう、処分してしまってもよいでしょう」



 あの大家の息子にとっても、何ら益のない発見だった。残念である。梅のつけものであった方が、だいぶ良かったのかもしれない。



「それではカヘル侯! これらの品は、私が責任をもって処分いたします」



 ノスコがきりっとした声で言った。



「こういった効果の高い薬は、その辺に捨てず専門業者に廃棄してもらわねばなりません。幸い処方箋には入手した薬種商の在所も記されていますから、私が明朝オーラン市内へ行ってきます!」



 やたら張り切っている、若き衛生文官の態度……。そこに微妙に違和感を抱きつつも、カヘルは平らかに答えた。



「そうですか。では一任しますので、よろしくお願いします。ノスコ侯」


「はッ! もも色みかんに誓って、衛生文官としての義務をまっとうして参りますッッ」



 なぜにそこまで、ノスコは熱くはりきっているのか……。カヘルの胸を、いやその場にいるデリアド勢全員の胸のうちを、冷ややかな不安がよぎった。みな、若き衛生文官のことを心配している。


 その脇では、マグ・イーレ王と古書店主がそっと顔を見合わせていた。つき合いの長い親友間につき、視線で会話ができるおじさん二人である。



――もも色みかん? 何それパンダル、聞いたことある? 若い人の文学表現かね??


――知りませんよッ。デリアド軍属内の暗号とか、ひみつ符牒なんじゃないの~?



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