今あばかれる壺の中身
イリー混成軍、駐屯基地。
デリアド騎士隊の宿舎に帰りついたあと、カヘルはファランボ理術士に例の漬け物壺を見てもらうことにした。
ローディアらの個室に、留守番役だった衛生文官ノスコと直属部下のバンクラーナ、さらに何でかそのままランダル一行もついて入ってきたから、秘密の捜査会議室はいよいよ狭くなってぎゅう詰めである。
「うーむ、やはり台所の流し台下か……。シトロ侯が気づかなかったのなら、亡くなった奥さんのへそくりか何かではないですか?」
封をしたままの壺を軽く振って、バンクラーナが言う。
カヘル一同に話を聞いた鑑定騎士は、夫人が死去していたことにシトロ侯の耳毛繁茂の理由を見出し、いまや恐妻説を取り下げていた。
「しかしバンクラーナ、硬貨へそくりにしては軽すぎるだろう? 壺の中からかさついた音がするし、羊皮紙か何かだ。重要書類だよ、きっと」
「いやプローメル、こりゃあ皮紙じゃないよ。ぱりっとのりのきいた筆記布だ。さすがに街なかで、前回みたいなことはなさそうだがなあ……?」
「それでは、≪あんぜん解除≫の術をかけますー。 いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ、高みより高みよりいざ集え……」
ファランボが杖を掲げ、早口詠唱を始めた。カヘルの考えた通り、封印に用いられた呪いや毒、その他の有害なからくり仕掛けを解くための便利な理術があると言う。
鍵を失くしたり、鍵穴づまりで開かなくなった扉を開錠することもできるらしい。よって西方文明発祥地ティルムンに、鍵開け業者は存在しない。自宅前で途方にくれる者たちは、町の便利屋さんこと民間もぐり理術士を呼ぶのだそうな。
「はーい、もう開けて大丈夫です」
理術士に言われて、バンクラーナが小刀を取り出した。壺の縁の蜜蝋封印をえぐり取る。ぱかっ! と小さく明るい音を立てて、壺のふたはこじ開けられた。
「……?」
小卓上に広げられた手巾の上に、バンクラーナが壺の中身を慎重な手付きで取り出していくのを、全員がじっと見守る。綿手袋をはめた手が、布包みをつまみ上げた。
「同じような布包みが、二点。そして書類がある……。あ、これは処方箋ですね?」
それで一同のあいだに、がくっと脱力した空気が流れた。
「なんだ……。常備薬か」
「いえ、プローメル侯。ただの常備薬なら、あんな場所に厳重な封をしてしまっておくわけがありませんよ」
期待外れか、とぼやきかけたプローメルにファイーがぴしりと言った。
「ノスコ侯。処方箋を確認してください」
「はい、カヘル侯ッ」
自身も綿手袋をはめて、ノスコがのりのきいた筆記布をバンクラーナから受け取る。
「えー……。むっ、これはシトロ侯の処方箋です! 日付は三年前。オーラン市内の一般医が、≪妖精の手袋≫の低用量丸薬を処方しています」
「うえっ、あの劇薬!?」
ローディアは、もじゃっと震え上がった。
≪妖精の手袋≫は、イリー世界の広範囲に分布する大型野草の一種だ。心の臓の病や浮腫みの治療薬として、ひろく利用されている。珍しい薬ではないが、大量に摂取すれば強力な致死毒となるものだ。今年の夏にデリアド東域で起こったとある殺人事件では、まさにこの≪妖精の手袋≫が毒として下手人に悪用された。そのことを思い出し、側近騎士はぞっとしたのである。
「……シトロ侯は、心の臓が悪かったのでしょうか?」
衛生文官に向かって、カヘルは平らかな調子で問うた。その冷ややかな声に、ローディアは毛深い胸のうちをさらにもじゃもじゃ震わせる……。夏の事件のように、シトロが毒殺されたとカヘルは疑っているのだろうか? 側近騎士の推測が広がった。




