今あばかれる名物ぶどう巻きの全容
「失礼します。ぶどう巻きのお代わりをお持ちしました……」
黒いお仕着せの給仕たちが、円卓の背後から上品に声をかけてきた。
それでようやくカヘル、ランダル、ルニエ老公は首脳級会談から目を転じる。給仕たちがお代わりと言うからには、これは二巡目以降なのであろう。大きな円卓の反対側で、静かに話を聞いていたはずのカヘル配下とファイー、ファランボ理術士およびハナン傭兵隊長が、一巡目とおぼしき大皿数枚を空にしていた。
「パンダルさん。カヘル侯が外出理由にあげていた、オーラン港の名物です。どうぞご賞味ください」
ルニエ老公が上品にすすめてくる。
「屋台でしか食べられないんだとばっかり、思っていました」
ブランが嬉しそうに言う。ランダルとカヘルそばの卓上にあった、一枚目の山盛り大皿が静かに空になっていたのは、このひょろ護衛のしわざだった。成長期を過ぎても、この辺まったく変わっていないらしい。
「仰る通りに、『本家ぶどう巻き』さんは昼間の屋台営業のみでございます。ですが当店では、特別に提携させていただいてまして……」
給仕が上品にブランに説明しているのを片耳に聞き流しつつ、カヘルはランダルに続いてその珍妙なるオーラン港名物を手に取った。
「お先にいただきました。ものすごく美味しいですよ」
円卓の向こう側、もしゃもしゃと毛深い顔を揺らして咀嚼しているローディアの隣に座るファイーが、カヘルに言ってよこす。女性文官のさらに隣では、細なが体型のファランボ理術士が、これまた幸せそうな表情であごを上下させていた。運ばれてきたばかりのはずの、大皿の盛りがすでに半減しているのが摩訶不思議だ。理術士大食い伝説はまことであったか。
カヘルは手中の≪ぶどう巻き≫をじっと見た。
それは葉……。大きな葉らしきものによって長細く巻かれた何かである。デリアドでよく食される、≪杣焼≫を巻いたものに似ていないこともない。杣麦の粉を鉄板上でごく薄く焼き、中に乳蘇や卵、塩豚などを包むか巻き込むかして食べる定番の軽食だ。
――しかし、これは葉……。
やや黒ずんでしんなりとしたその外見から、相当青臭いのではと予想された。副団長の冷えひえなる胸のうちを、一縷の不安がよぎる。が、未知に対して果敢に攻める主義のデリアド副騎士団長は、ともかく口にしてみた。がぶり……。
「実に美味だね。何と言う上品な口当たりなのだろう……。ぶどう葉のつけものと、その内の具の刻みゆで卵とが、絶妙なる協和音を奏でている」
「もう一種類は、ゆでた浜ざりがにを林檎酢和えにしたものだそうだ。淡泊な身をやわらかい酸味が彩り、ぶどう葉のあっさりした塩味が落ち着きをもって取りまとめている……すばらしい」
マグ・イーレ王と親友の古書店主は、美食実況でも息が合っているらしい。
予想をはるかに裏切る名物≪ぶどう巻き≫であったが、カヘルは内心でいたく感心していた。
――かようなものがあるとは……。これは好い、じつに美味!
円卓の向こう側では、ファイーとローディアが機嫌のよい顔で同じものをぱくついている。プローメルもいつも通りの渋い顔で、もう一本と手をのばしている。既に痛みは忘却の彼方か。
「オーランは、テルポシエ同様に雨の多い時もありますが、≪微気候≫の恩恵を受け、他国に比べるとだいぶ温暖です。それを活用して、市の南側斜面でぶどうを栽培しているのですよ」
ルニエ老公が、ランダルにむけ上品に説明している。
「もちろん、北部穀倉地帯で採れるような甘いぶどうの実はなりません。けれど滋養のある大きな葉を、こうしてつけもの保存食にしているのです」
カヘルはもう一本、たまご入りの方に手を伸ばしつつ考えた。
港に行かずあのまま引き返していたら、ベアルサに鉢合わせずに基地に帰営していたなら。ランダル達ともすれ違っていたはずだった。このすばらしく上品な珍味に出会う機会は、なかったのである。
仇敵ベアルサのおかげで≪ぶどう巻き≫を食せていると思うと、皮肉というか何と言おうか、カヘルは妙な気がした。
甘味として、香料と一緒に温められた熱い林檎果汁の杯を干す。一行はルニエ老公と別れ、高級料亭≪浜辺のかけあみ≫を後にした。
ファランボ理術士をのぞいて、全員のめない典型イリー人たちである。酔わずとも身体の芯が温かく、それが心地よい。
夜の十の時鐘を聞きそうな時刻だったが、オーラン東市門からイリー混成軍駐屯基地までの道には、連れ立ってそぞろ歩く各国騎士らが多かった。
皆、夕食の後に気晴らしに出歩いていたのだろう。要人ランダルが一緒だが、さほど警戒せずともよさそうな状況だった。……と言っても護衛ブランに加え、理術士と傭兵隊長をお供に連れているあたり、マグ・イーレ王は用心深い性質である。
一行の頭上たかく、夜空に輝く乳色の星々が、静かにまたたいていた。




