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参考にならないどころか、意味がわからない。
小さな失望感を覚えて、あたしは絵本を閉じた。
「意味分かんないよねー、その絵本」
「うん、ぜんぜんわか……え?」
突然隣から聞こえた声に驚いて、あたしはそちらに顔を向ける。
そこには銀色の髪に金色の瞳をした男の子がいた。
顔立ちは整っていて、どことなく雰囲気がリヒトに似ている。
「だ、だれ?」
「え、僕?僕は……ナナシだよ」
「ナナシ?」
ナナシって……名無し?――――親も酷い名前の付け方をするなぁ。
って、そうじゃなくって。
「知り合い……じゃないよね?」
「えー、ひどいなぁ。僕のこと忘れちゃったのー?」
……こんな間延びした話し方をする人に覚えはないんだけど。
これって、あれかな。おれおれ詐欺?
いや、でも名前名乗っちゃってるもんなぁ、この人。
「いっつも孤児院に来てくれるのに、僕のこと覚えてないのー?なんだかショックー」
「孤児院?」
え、孤児院の子?こんな子いた?……いたかもしれない。
でも……孤児院の子どもの名前は全部覚えていると思ったのに、なんだかショックだ。
ずーん、と沈んでしまったあたしを見て、ナナシはけらけらと笑った。
「嘘嘘。僕が一方的に知ってるだけだよー。僕孤児院にはいるけど、一度もお姉さんの話聞いたことないから。僕を見たことがないのは当然だよ」
ナナシはそういうと、そんなにがっかりしないで、と二回あたしの肩を叩いた。
……お話を聞いたことないって、それはそれでがっかりだ。
やっぱり楽しんでるのは小さな子どもだけなのかな。――――ってことは、楽しんでる"弟"って意外と精神年齢低い?
ナナシは再び口を開いた。
「今度はそれを話すつもり?止めたほうがいいよー、面白くないよ。それ」
……いや、そういう目的でこの絵本を読んでたわけじゃないんだ。ナナシ。
わたしは心の中で返答して(だって本当のことは言えないし)、実際は笑ってごまかした。
ナナシはそれを訝しむ様子もなく、あたしの持っていた本をひょいっと取る。
そしてぱらぱらと捲って、全てに目を通し終わったのか少し乱暴にそれを閉じた。
……絵本に目を通すその表情を、あたしは怖いと思った。
「――――――――――のか」
小さく何かを呟いたナナシは、先ほどの表情とは打って変わってあたしに満面の笑みを向ける。
「お姉さん、まだこれいる?」
あたしは首を横に振った。……だって、それ全く意味分からないし。
すると、ナナシは突然席を立ち、ひらひらと手を振った。
「それじゃあ、これ僕が返しとくから。またね、お姉さん」
そしてスタスタと去っていく。
突然いたかと思えば、今度は突然去っていくのか。……変な人。
あたしも席を立つと、再び本棚の前に行くことにした。
◇ ◇ ◇
「あれ?結局なにも借りないんだ」
そんな"弟"の声に少し苛立ちを感じながら、あたしは溜息を吐く。
結局あたしは、1時間以上本棚を眺めたところで諦めることにしたのだ。
……まさかこんな初っ端から躓くなんて予想外。
てっきり、本が多すぎて困るっていう展開だと思っていたのに……まさか、全くないなんて。
本当、予想外。
家へ帰るために歩きだすと、弟は口を開いた。
「結局姉さんって何を調べたかったの?」
「あんたには関係ない」
即答すると、"弟"は不機嫌そうにむすっとする。
いつものことのはずなのに、どうしてだか"弟"の態度がいつもと少し違うように感じた。
"弟"はあたしに聞こえるように大きなため息を吐く。
「姉さんっていっつもそうだよな」
突然何を言い出すんだ、と思いながら「なにが」と聞き返す。
"弟"は再び溜息を吐いた。
「いっつも喧嘩腰で態度悪いし、返事は短くて素っ気ない」
"弟"はイライラしているのか、軽く舌打ちをした。
「最初はそんな性格なのかもって我慢してたけどさ……姉さんがそうするのって、俺の前だけだろ?」
「そんなこと……」
ないこともない、かもしれない。
そう思いながらも否定しようとしたのに、隣にいる"弟"は口をはさんだ。
「知らない男には普通に話せるくせに、否定すんなよ」
……ナナシと話していたところを見られていたのか。
覗き見なんて悪趣味な奴、と思いながらあたしは"弟"を睨みつけた。
"弟"も負けじとあたしを睨みつける。
「そんなに俺のこと嫌いか、姉さん」
「……ええ」
あたしはそう言うとすぐに、"弟"から目をそらした。