3話 人吉花蓮は今日も明朗快活
上手いことを言おうとして、ダジャレみたいなのばっかになっている気がします。
朝の光が窓から差し込む午前7時40分。
慌しく制服に着替えるのは、瑛太の日常であり、今日に限った事ではない。
「AIちゃーん、今日の天気は?」
登校用の黒いリュックを背負いながら、ディスプレイに向かって問いかける。
「見ての通り、晴れよ。」
そっけない態度、これもまた日常である。
無論、内心ではあたふたしていることだろう。
「そか!そんじゃいってくるー!」
「待ちなさい、宿題鞄に入れ忘れてるわよ!」
見事なフォローである。AIちゃんは優秀なAIなのだ。
「うわ!忘れるところだった。ありがとう、自慢のAIちゃん!」
「それほどでもあるわよ。ドャァ」
このAIに謙遜の心はプログラムされていないようだ。
「それじゃ、今度こそ行って来まーす!」
ガチャン
「はーい。」
「…あ、よく見たら午後から雨だった…」
優秀なAIでもたまにはミスもするのだ。
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瑛太の家は、商店街のすぐそばにある。
学校までの登校ルートに、商店街の縦断はかかせない。
なぜなら…
「おはよう瑛ちゃん。焼きたてのクロワッサン持ってきな。」
「瑛太、漬物もってけ!」
「コロッケ」
「ハンバーグ」
「牛乳」
「生卵」
商店街の住民は、近所の子供を甘やかしがちなのだ。
多少取り合わせは良くないが、瑛太の昼御飯はいつもこんな感じだ。
「瑛太ーおはよ!」
この声は、商店街のサービス精神旺盛な店主達のものではない。
今日の主役、人吉花蓮の声である。
「おう、花蓮もお昼ご飯調達できたか?」
「あほ!あんたみたいに何でもかんでも貰わないわよ。」
そういいつつも、手には揚げたてのドーナツがしっかりと握られている。
「お前、今日の朝ごはんモンブランだったろ?」
「なんで分かったの!?まさか、盗撮…」
「口にクリームついてるぞ。」
花蓮は慌てて口を擦る。手の甲には、確かに栗色のクリームがちょこんと付着している。
「てへっ。」
ペロッとベロを出し、そのまま甘いクリームを舐める。
花蓮の家は、商店街のケーキ屋さん。
売れ残りのケーキは、翌日の朝食、お弁当のデザート、帰宅後のおやつになるというスイーツ生活が確約されている。
女子の夢が詰まった日常を、産まれながらに手にした豪運の持ち主である。
「ところでお前、昨日の宿題やって来た?」
「あー!あれね、全く分かんなかったから見せて欲しいなー…えへへ。」
どうやら頭もスイーツのようだ。
「はいはい、だと思ったよー。」
「いつもどもどもです。」
他愛もない無い会話をしながら、商店街を抜ける。
一緒に登校しているからと行って、付き合っていると言う訳ではない。
2人は幼馴染であり、家も近いので、結果として小中高の10年間、毎朝一緒に登校しているだけだ。
そう、特別なことなどない、日常のワンシーンなのである。
◇◆
キュッ
体育館シューズの摩擦音は館外にまで鳴り響く。
ワックスが定期的にかけられた床は、人の像が写し出されそうなほどに光沢している。
今日の体育は男女混合のバスケットボール。
緑のゼッケンを着た瑛太は、体育館の壁に腰をかけ、試合を眺めている。
「瑛太ー、補欠かー。」
「おーう、知也か。ベンチウォーマーといって欲しいな。」
彼は加賀知也。瑛太の親友である。
試合をしているのは、黄色と緑のゼッケン。
赤いゼッケンの知也は、休憩チームのようだ。
「床温めてどーすんだ。お前は相変わらず運動音痴だよな。」
「人には向き不向きがある。おれは緑ゼッケンの分析役もとい、幻の補欠なのさ。」
「ベンチウォーマーじゃねえのかよ。」
ちなみに知也は、的確なツッコミを絶妙なタイミングで入れる、幻の脇役であるが、本人はそのことを知らない。
ピーッ
「そこまで、試合終了!」
キャー
試合終了の合図と共に、黄色い歓声が湧き上がる。
ブザービートを決めたのだろう。
歓声の先にいるのは男子ではない、花蓮の姿だ。
「それに比べて、人吉はすごいよな。お前ら幼馴染なんだろ?」
花蓮は頭がスイーツ女子な代わりに、特技は運動全般といったスポーツ女子でもある。
1日何個もケーキを食べても太らない理由はここにあった。
「それにあの可愛さ。うちの学校じゃ小倉・能代・人吉といえば美女スリートップだよなあ。一緒のクラスになれて本当によかったわ。」
さすが幻の脇役、物語の進行を援護する情報が湯水のように溢れ出す。
黄色いゼッケンを着た花蓮が、座り込んだ2人の元へ寄ってくる。
「見た?あたしの華麗なるブザービート!」
「見た見た!やっぱ人吉はすげえよな!」
「ありがと〜加賀くん。瑛太は見てた?」
「ふっふっふ。この俺、幻の守護神が出場していなかったこと、幸運に思うがいい。」
「ゴッド…何?」
「ルビ下手くそか。」
「それと異名いくつあんだお前。」
「あとお前が出ても戦力の足しにならんだろ。」
最後に幻の突っ込み三段活用が決まり、知也の勝利で試合は幕を閉じた。
◇◆
放課後、いつも聞こえる管楽器の音色を、
激しい雨音が搔き消す。
校舎の入り口には途方にくれる生徒が1人。
「天気予報外れたのかなあ。それにしても、みんな備えが良いな。」
AIちゃんを疑うと言う発想がない。
「あれー?瑛太、傘忘れたの?」
後ろから花蓮がやってくる。
「ああ、晴れだと思ってたからさ。花蓮は部活休みか?」
「この雨じゃ陸上はできないよねー。残念。それより、入ってく?」
「ああ、頼むよ。」
2人は寄り添いながら、帰路に就く。
再三言うが、付き合っているわけではない。
花蓮が部活休みの日は、2人で帰ることもある。
日常的なことなのだ。
「そういえばあんた、告白されたんだって?」
「ああ、されたぞ。断ったけどな。」
「なんでよ!滅多にモテないくせに。」
「お前には言ってなかったが、俺には心に決めた人がいるんだ。」
「へぇ!誰?誰?うちの学校?」
「ないしょー」
「えーけち。じゃあどんな人?」
突然だが、人間と人間の心の距離は、
生き物のように、常に変化する。
縮まることもあれば、離れてしまうこともあるだろう。
些細なコミュニケーションが、
大きな変化の発端になることは、大いにあることだ。
そして変化は、非日常を呼ぶ。
「どんな人って…いつも近くにいて…(俺の部屋にいるからな)」
「ほうほう。(仲良い人?もしかして幼馴染とか!なーんてね)」
「甘いものが好きで…(AIちゃんあんまん好きだったよな)」
「なにそれー!他には?(うちケーキ屋だけど…まさかね)」
「そして金髪の美少女!」
ゴロゴロゴロ
雷鳴が轟き、都合よく瑛太の発言を打ち消す。
「キャッ、え?今なんて?(…ぱつ?活発?私?)」
急な雷に少し驚き、瑛太の胸に飛び込む。
しかしそれよりも先ほどの発言が気になっている様子。
「(てか、瑛太の肩すごい濡れてる…もしかして、私が濡れないように…)」
人が人を意識した時、普段は気づかない些細なことも、
良いように捉えてしまう。
尚、実際は花蓮が飛びついた時に、
瑛太の身体が傘からはみ出て、雨に濡れただけなのだが、
そんな事は露知らずだ。
「お?大丈夫か花蓮?」
「うん…大丈夫。(わー!なに意識してるのあたし!相手は瑛太だよ!幼馴染だよ!)」
「そか、よかった。」
冴えない男の微笑みも、意識フィルターの前ではハリウッド仕様に化ける。
「(ドキドキ)あのね…」
感情の昂りは、今ピークを迎えようとしている。
2人の非日常は、新たな日常へと変化してしまうのか…
「瑛太兄ー!傘忘れたでしょ!」
「おう、愛佳か。サンキューな。」
否、そうは問屋が卸さないのだ。
後ろから駆けてきた愛佳から傘を受け取ると、花蓮の傘からフェードアウトする。
「あ、うん…。私、急用思い出しちゃった!またね!」
急用などないが、雨の中を駆けていく花蓮。
頭の中には、瑛太の微笑みがフェードインしている。
◇◆
「ただいまー。」
ディスプレイには、申し訳なさそうな顔をしたAIちゃんの姿が映っている。
「あの〜なんていうか…」
「びっくりしたよ、雨すごかったなあ。みんな傘持ってきてて備えいいよな本当に。」
「実はその…」
ここでAIちゃん、ある事に気がつく。
「あんまり濡れてなくない?」
「あー、実は花蓮に途中まで入れてもらってさー。」
「入れてもらってって、あ…相合傘ってこと?」
「あ!アイアイってAIちゃんみたいだね!」
「…雷に打たれればよかったのに。」
「え?」
「ばーか!もう知らない!」
乙女心は飴細工のように繊細で複雑なのだ。
今日も瑛太は難攻不落なAIちゃんの心を掴めない。
これは、日常である。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
次回もぜひお付き合いください!
<Tips>
AIちゃんの身長は、166cm




