拙速を尊べ!
今年もよろしくお願いします。
「早い方がいい」
父ユージィンが勢いよく立ち上がった。
転生ヒロインのリリィ・アンが、苦しい言い訳までして情報提供してくれた。
結末を知る人物の解決策だ。間違いはない。後は情報の裏が取れれば今回の騒動は一件落着である。
「すぐに人を送ろう。あなたは手紙の用意を」
そのまま足早に部屋を出ていき、侍女のオリオールが見送りと施錠のために後ろを付いていった。
防犯上の設計により、外からは中の様子が全く見えず音も聞こえないが、中からは渡り廊下を歩く人の姿が確認出来て、話の内容まで良く聞こえる。
「バーナードを呼べ。先発隊はすぐに出立だ。スルト方面の早馬を手配しろ」
いつから待機していたのだろうか。離れから出た途端、どこからともなく人が集まって父を取り巻いていく様子は壮観だ。
ユージィンに気圧されていたリリィ・アンも続いて席を立った。
「私も念のためリズガレット商会の伝手から法律書の写しを取り寄せます」
「協力感謝する。備えがあればありがたい。ただし、急ぐ必要はないだろう。もしも予備が必要な事態ならば、求められるのは慎重さだ。心せよ」
「仰せの通りに」
「私は?何かできることはありますか?」
自分の進退に関わることだ。人任せにばかりしてはいられまい。
何かできることはないかと張り切って申し出たが、メイヴィスは考えるまでもなく即答した。
「ない」
ないか~。
「強いて言うならば、確認が取れて根回しが済むまで家で神妙にして居れ」
「はい……」
つい昨日誘拐されたところだからな……。
リリィ・アンは部屋に入った時と同様にドレスのスカートを高く掲げて膝をつき、首を垂れた。
「それではこれにて失礼いたします。殿下のお手紙と共に時間差で使者を送りますので、受け取るまでの間はバーレイウォール邸への出入りをお許しください」
「許す。フィロメル」
フィロメルが名前を呼ばれただけで、心得た様子でキャビネットから封書を取り出した。立派なバーレイウォールの紋章が蝋封で記されている。それをトレイに乗せてリリィ・アンの前に差し出した。
「こちらを通用口で門番にお渡しください。リリィ・アン様ご本人でなくとも客人として邸内にお入りいただけます」
「拝領いたします」
リリィ・アンは恭しく手紙を受け取り、大事にジャケットの懐にしまってから、今度は腰のポケットから取り出したものを次々とトレイの上に乗せた。花や動物の意匠が施された手の平サイズのメダルが七つも出てきて、堅い音を立ててトレイの上に並ぶ。
「代わりにこちらを置いて帰ります。クロエ王太子妃殿下と私が集めたティターニア王国騎士の勲章です」
「勲章を返上するならば新たな願いを言うがいい。手紙をしたためるのはわたくしの願いでもあるのだから」
「王家の方はご存知ないことですが、主君の本懐を願う。それこそが我々王国騎士の誉です。どうぞ最後の栄誉をお与え下さいますように」
メイヴィスは言葉に詰まった。
「そうであったか。母が亡命を選択したのも、そなたらの忠節あっての事だったのだな。王は孤高と思い定めた驕慢を許せよ。二度と違えまいぞ」
リリィ・アンの退出に合わせてクロエがリュカオンに合図を送る。
「あなたももう行きなさい。わたくしは今しばらく相談すべきことがあります」
「はい。すぐに終わる話とも思えませんから、このまま滞在なさった方がよろしいのでは。父上には私から報告しておきます」
「……そうですね。お願いするわ」
リュカオンは席を立ち、黙って私の後ろに回って椅子に手を掛けた。私は条件反射のように椅子が引かれたタイミングで立ち上がる。
姉妹同然に育った親友たちの再会に水を差す趣味はないわ。
「それじゃお母様、妃殿下、御機嫌よう。機会があればもっとお話ししたいです」
何故かリリィ・アンが扉の前で振り返ってこちらを見ていたので、私たちは仲良く三人一緒に別館を退出した。
何も考えず、ただ成り行きで足を動かして、ガラス張りの渡り廊下を歩いた。冬でも若々しい常緑の庭に、午後の柔らかい日差しが降り注いでいる。日暮れの早い時期だと言うのに、その明るさから話し合いがそれほどかからなかったことがわかる。
忙しいほど時間が経つのは早く感じるというが、話の密度と情報量があまりに濃厚すぎて、あっという間なのに長かったという妙な感覚だ。端的に言うとどっと疲れた。
前を歩きながらリュカオンがポツリと呟いた。
「母は外交に出て、交渉に使う騎士勲章を探していたのか?」
私は思わず聞き返したが、これはリリィ・アンへの質問だったらしく、彼女はあらかじめ用意していたような答えを、情緒たっぷりに返した。
「はい。妃殿下のお手を煩わせてしまい、誠に申し訳ございません」
「いや、礼を言う。私が幼い頃の母は、見た目通りに嫋やかで、儚く笑う柔弱な人だったが、在る日を境に突然、生き急ぐように溌剌として、兄弟そろって驚いたものだ。君のおかげだったのだろう」
それ本当に褒めていますか?それとも高度な宮廷冗句でしょうか?
私は判別がつかずにヒヤリとしたが、すぐにリュカオンは思い出したようにクッと笑った。
「けれど今日の様子を見ると、昔は元気がなかっただけで、もとはああいう人のようだな」
「クロエ妃殿下は選び抜かれた側近中の側近でいらっしゃいます。底の浅いお方でないことだけは確かです」
和やかないい雰囲気になったので、私も気になることを質問してみた。
「あの、ティターニアの騎士勲章というのは?」
渡り廊下を通り過ぎ、私たちの足は無意識によく使っている庭付きの応接室へと向かう。
「はい。王国の古い盟約で、賛同の意思として、署名代わりの騎士勲章を過半数集めると、主君に願いを伝える権利を得られます。王は願いを無視することも出来ますが、聞き届けるのが美徳とされています」
13ある騎士の家の過半数となると7つよね。七つ集めたら願いが叶う的な、そんな竜の球みたいな制度が……。
「騎士勲章は家系の根拠であり、簡単に人に託せるものではありませんから、盟約が行使された例は少ないですが、恐ろしい怪物から国を守り切った勇者が騎士たちの推薦で王女を娶ったなど、いくつか逸話が残されているんですよ」
昔話に紐づいた収集物……。ふうむ。
これはもしかしたら、ゲームの目的を可視化する指標なのかもしれない。攻略対象と絆を深めたらもらえるトロフィーが騎士勲章という形をとっているのだ。集めた数によってイベントが解放され、またエンディングが変わるフラグ装置にもなる実績アイテムだ。
騎士勲章が信頼や感謝の証なら、攻略完了と恋愛関係の成立がイコールではないタイプのストーリーなのか?リュカオン攻略の進捗は?
結末はどうなるの?リリィ・アンの目的や、わざわざ誘拐された意味も話してもらう約束だ。
長年追い求めていた答えが目の前にあって、逸る気持ちを冷静に押さえられる者がどれほど居ると言うのか。
あれもこれも聞きたいことが山ほどある。早いに越したことはない。
私はリュカオンとリリィ・アンの様子をそれぞれ伺った。
前を歩くリュカオンは私の視線に気づいていない。一方リリィ・アンとは目が合った。向こうも話したがっているようだ。
どうしてもリュカオンに知られたくないという訳でもないが、乙女ゲームやら悪役令嬢やらの概念から、それを信じるに足る根拠まで、長々と突拍子もない話をするのは御免だ。かと言って、婉曲表現に詳しく、言葉の裏の意味にも敏感なリュカオンの目の前で気付かれずに話を聞くことは困難を極める。
やはりリュカオンを帰らせてから、リリィ・アンと二人きりになる必要があるだろう。
「リュカオン様、王宮へ報告へ戻られると言っても、お茶ぐらい飲んでいかれますよね?」
茶を飲んだら帰れという意味である。
「そうしよう」
「ではいつもの部屋に用意しますね。今日もお庭で召し上がりますか?」
寒かったら早くお開きになるかもしれないし。
「いいや、あの部屋なら室内からでも庭が見える。君はまだ本調子じゃない。身体を冷やさない方がいい」
「はい。ありがとうございます」
別館を出てから死角で付いてきていたメイド長に三人分のお茶の用意を頼もうとすると、リュカオンが一足早く言った。
「リズガレット、君は下がってよろしい」
「えッ!?」
「えぇッ!?」
私とリリィ・アンは思わず同時に大きな声を上げてしまった。
予想外の大声に、リュカオンも少し驚いている。
「リズガレットも疲れていて、私たちと一緒では気が休まらないかと思ったのだが」
「な、なるほど……。左様で、ございますね……?私はそこまで気が回りませんで……」
ここで食い下がったら不自然か。改めて時間が取れるかな。リリィ・アンの予定はどうだろう。
私は諦めきれずにリリィ・アンの顔を再びチラリと見る。彼女はそれに気付いて頷いた。
「せっかくの機会ですから、王子殿下がお気に入りのお部屋とお庭を見てみたいです。お二人の邪魔にならないようすぐにお暇しますので」
「すぐと言わず、一緒にお茶でも飲みながらゆっくりご覧になって下さい。我が家の庭師が整えた自慢の庭ですから。ね、リュカオン様!」
「そういうことなら構うまい」
ほどなく部屋に着き、扉を開けてくれたフットマンの横を通り過ぎて中に入った。
この応接間はリュカオン専用ではないが、彼の私室にもほど近い上、本当にしょっちゅう来るので他の客をもてなすことは少ない。大きな窓から庭が良く見え、リュカオンの印象に合う爽やかで若々しい調度品が揃えられている。少しだけ先回りしたメイドたちが、静々とテーブルセットとお茶の準備をしていた。
クロードとシャロンが傍に居るいつもなら、全て万全に手配して整っている状態だが、怪我をしたシャロンは勿論、一日駆けずり回ったクロードも休みを取っている。
食器の音だけが微かに響く応接室を、リリィ・アンは感嘆の声を上げながら見て回った。
「外に出てお庭を見てきても宜しいでしょうか?」
「あ、それなら私が案内を……」
「君は座っていろ、私が行く。天気はいいが思っているより寒いぞ」
「そうですね。お言葉に甘えようかしら」
「いえいえ!ちょっと雰囲気を味わうだけですからお二人は中にいらしてください。すぐに戻ります」
そう言いつつリリィ・アンは、立ったりしゃがんだりを繰り返しながら、隅から隅まで庭を歩き回った。指でフレームを作り、角度を変えながら景色を切り取る仕草をしている。あまつさえ、手製のぬいぐるみらしきものを取り出して、花の隣に並べてご満悦である。
庭が見たいと言った手前の、つじつま合わせの演技というより、聖地巡礼に来たオタクムーブだ。
この庭がスチルにでもなっているのかしら。そんなに嬉しいならまた来たって構わないのに。
「リリィ・アン様、お茶が入りましたよ」
「はい、すぐ参ります」
ちょうどその時、庭の向こう側が突然わっと騒がしくなった。
「お待ちください!そちらはただいま来客中でございます!」
「おいでになるのはわかっておる!さっさと通さんか!」
「無礼は承知だが、こちらも一刻を争う、どけ!」
引き止める声と振り払う声、男性の怒号が飛び交う。ただ事ではない。
「リリィ・アン様、早くこちらへ!」
私はあわてて叫んだが一歩遅かった。
美貌のおじさんが二人、垣根を突き抜けて飛び込んできた。




