ブーメラン芸
「この愚昧なるティターニア婚姻法は、かつて浅慮な王によって発布されたものだ。始めは渋面であった各国だが、女王が数代続いて親王の数が減った時、力関係は全く逆転してしまった」
メイヴィスは、跪いたままだったリリィ・アンを席につかせ、ティターニア語の入り混じった言葉で話し始めた。
ティターニアは小国だが、莫大な金の産出によって権勢を誇っていた。その金鉱石が枯渇し始めた時、結婚外交によって権勢を保とうとして生まれたのがティターニア婚姻法だったという。
女王の場合、安全面でも体力面でも寡産となってしまう可能性は高い。そうして数が減って希少になったティターニア王家の子女は、権力争いの道具として奪い合われるようになり、ますます数を減らしてゆく。苦しみは女王に限ったことでなく、中には家畜のごとく血統の保存に明け暮れることを余儀なくされた国王もいたそうだ。ついにはまだ生まれてもいない子供と、今後どうなっているか分からない国との婚約が、100年先まで埋まってしまい、王家は周辺国との関係を悪化させてでも、特権を手離すことに踏み切った。
ならば最後の王女を寄越せと大国間で衝突が起こり、王家は市街地を守るために自ら解体を選んだ。
これがティターニア滅亡のあらましである。広く知られているのは王女をめぐって争いが起きたことだけで、法律の危険性は伏せられている。
「女王陛下は幕引きの事務作業のためだけに即位なされたが、各国の法改正までは力が及ばなかった。もう一代続いたわたくしの使命は、婚姻法特権を持つ最後の人間になる事だ。そうすれば、ティターニアの影響力は消え去り、いずれ共和制国家として独立が叶うであろう」
現在は、新たに近隣諸国のリーダーとなったルーシャン帝国の預かりとなっている旧ティターニア領だが、隣接しているとはいえ、間に山脈を挟んでいるせいで直接統治には面倒な位置関係にある。金山の旨味もないため、いずれ領土は国民の手に戻るという見立てだ。
メイヴィスは自分の代で全てを終わらせるつもりで、薦められたフロラントへの輿入れを受け入れた。当時王室の事情が複雑だったフロラント側に、継承権強化の理由づけにするという下心があるのは、十やそこらのメイヴィスにもわかっていたが、互いに利益があるのなら尊重されるはずだと言う理想が幼い少女の中にはあった。
しかし実際には、自己保身と権利の享受しか頭にない無慈悲な人間が、権威を求めるのにも利用されるのだと知った。
「襲撃を受けて覚えた身の危険よりも、資格無き者に権威を与える恐怖が胸に浸みた。わたくしがしくじれば、苦しむのは罪なき臣下である、と」
ご立派です。私が10歳の頃は、人生二週目のくせに自分の保身を考えて、なんとか物語の先回りをできないか必死だったわよ。本当に親子なのか不安になってきた。
メイヴィスは同じ失敗が起きないように、生涯独り身を貫く可能性も考え、亡命先のユグドラでは身分を隠すことにした。
「現国王陛下の薦めで、思いがけず得たアカデミーでの自由な時間は、わたくしにとって夢のようだった。学生の間だけと自分に言い聞かせて、ユージィン様と心を通わせた、その思い出だけを糧に、残りの時間を何十年でも生きていけると思った」
初出かもしれませんが、ユージィンというのは父の名前です。以後お見知りおきを。
「だが」
来た!『だが』!!
起承転結の転!物語が加速するッ!
「その時まだ王太子ではなかったアルフォンス殿下が、クロエを愛していると相談しに来た時、気心を許した様子のクロエを見て、わたくしは浮かんだ計略を頭の内だけに留めておくことが出来なかったのだ」
入れ替わりを思いついたのね。都合のいいことに、5人の留学生は正体を伏せており、誰も王女の顔を知らなかった。
「クロエがティターニアのマグノーリアだったことにすれば、わたくしはこの先も好きな人と一緒に居られる。授かった子供にも、己と同じ使命を背負わせずに済む。その甘美な幸甚を諦めることが出来なかった」
メイヴィスがバーレイウォール侯爵の跡取りと結婚することも、クロエがユグドラの第一王子と結婚することも、どちらも嘘をつく必要などなかったのに、何故入れ替わったのだろうと思っていたが、要は私を政治的思惑から守るためだったのだ。
「資格無き者に王権は渡さぬと嘯きながら、わたくしもかく斯く在るべき為政者とは程遠い器であった」
好きな人と結婚したいのは普通だし、子供を守りたいのも当然の望みよ。ありふれたものを時には諦めねばならぬのは誰にでもある事かもしれないが、自分を責めるような方法でしか、チャンスが巡ってこなかったのはやるせない。
「わたくしが放棄した特権消失のための政略結婚を、娘のそなたに負わせたくはなかったが、知らずに利用されることだけはあってはならぬ。そこで、ちょうど良い相手と幼いうちから親しくして、自然と懇ろになってはくれぬかと思ったが……」
確かに、恋愛結婚推奨な割に、相手は誰でもよくないという意図はヒシヒシと感じていた。組織的にハニートラップを仕掛けられるような立場で学校へ入れるのは心配もあっただろう。
「誤算であった。こんなにクロエにそっくりで、天上天下唯我独尊美少年が傍にいて、好きにならずにいられようとは」
おっと。今、強めの思想が垣間見えたな。お母様は、クロエ王太子妃のビジュアルが正義なんだ。
やっぱ親子だわ。私もリュカオンは顔面最強男子だと思いますが、何考えてるか分かんない性格が怖いんです。
「イリアス殿も、バーレイウォールらしくユージィン様に似ているところが素敵なのに、なびかないとは解せぬ」
解せぬの正しい使い方!めっちゃカッコいい弟ができたと思っててスミマセン。
メイヴィスの趣味はともかく、リュカオンは牽制が効く後ろ盾としても、将来的な目的達成を鑑みても理想の相手だった。イリアスにしても、眉目秀麗な英才というだけでなく、出自なども合わせて、私を目の届くところに置いておくための結婚相手であることが重要だったというのは明らかだ。
不自然な設定や言動にも、焦点が当たらず明らかではないだけで、なるべくしてなった理由があるのだ。乙女ゲーム世界のバックグラウンドで動く、やむにやまれぬ事情を知ることが出来て満足だ。
一人、うんうん納得している私にメイヴィスが問いかける。
「それで、そなたはどうするのだ」
「へっ?」
「今言って聞かせたように、ことが明るみに出れば、これまで通りとはいかぬ。身の振り方が決まっておらねば、真意の分からぬ駆け引きの標的にされよう。リュカオン殿との婚姻以外は、穏やかならぬものと覚悟せよ」
「結婚!?いきなり結婚ですか!?」
「婚約では弱い。が、約束もないよりは良い。禍根を残す覚悟がある者に限られる故」
婚約していれば、少なくとも王家の庇護を受けられる。咎める筋を作っておけば抑止力にはなるということか。
いつもは後方理解者面で頷いていれば良かったけれど、今回の当事者は私なので、どうやら私が決断しなければならない。
「えーと……、私だけでなく、リュカオン様の意向も伺わなければ」
「当然だ。そなたの決定をリュカオン殿下が受け入れるかどうかだ。親切な申し出をあべこべに断るような無礼があってはならぬ」
「仰る通りでございます」
この流れで、『婚約したら、悪役令嬢に返り咲いてしまうかもしれないから嫌です』なんて言っている場合ではない。しなければしないで地獄を見るぞと忠告されているのだ。
以前、もう4年も前のことになるか、リュカオンから契約婚約を持ちかけられたことがあった。私は確か、『縁談が雨のように降り注いでお互いに困ったら、お願いします』と却下した。こんな日が来るとは思ってもみなかったが、今がまさにその状況ではないだろうか。
長い年月を経て、投げたブーメランが戻ってきて、今私の眉間にぶっ刺さっている。これはお見事。
情報操作による私の働きで、すでに現在のリュカオンは辟易するほどの縁談から逃げ回らなくても良くなった。
お互い様でなくても、リュカオンはきっと助けてくれるだろうが、その言葉に甘えてしまっても、私たちは変わらず対等な友人でいられるのかどうか。
「あの、あの……。突然の事すぎるので、ちょっとだけ考える時間をもらえませんか」
「直ちに決断を強要するものではない。されど遅きに失することもある。状況は、そなたの心の準備を待ってくれはくれぬであろう」
「いや、はい。そうですよね。悩んでいる場合じゃないのは承知の上で、すぐ決めますから。大事なことなので、ほんのちょっと内容を整理する時間が欲しいなーって……」
リュカオンとどうしても婚約したくないのかと言われればそうではない。別に結婚したってかまわない。全てが丸く収まるのなら、それが縁というものだ。
シナリオが終わるまで、自分の身の振り方は後回しにしようと心がけてはきたが、今後リリィ・アンがリュカオンを攻略して悪役令嬢になったとしても、断罪される心配は要らないように思う。
たとえこの先どのようにこじれようとも、リュカオンは誠実な人だ。私が間違ったことをしていれば必ず忠告してくれる。
しかしこれまですげなく断ってきたものを、今更お願いしますなんて、厚かましいだろう。
それとも、ショートコント『プロポーズ』みたいなノリで、いつも気軽に求婚してくるリュカオンならあっさりOKしてくれるのかな?
「二人分の人生が関わる事です。他の可能性を検討してから決めても遅くはないでしょう」
リュカオンのことをごちゃごちゃ考えている時に、ちょうど彼が口を開いたのでギクリとした。
「ところでリズガレット、君の事はトワイライトールと呼んだ方が?」
「ご随意にお呼びください、殿下。どちらも私の名前です」
「では呼び慣れた方で。今でもティターニア王国の騎士を名乗るほどの君が、主君の危機に指をくわえて見ているだけとは言うまい。何か考えはないのか」
リュカオンが助け舟を出してくれて、ホッとしたが、少し肩透かしを食らった気分だ。
やっぱり思わせぶりな態度は、友人間の、断られるまでがセットの鉄板ネタだったんだよね?
リリィ・アンは難しい顔で唸った。
「……は、それは勿論……ある、と申し上げたいところですが……」
そして考えながら限界まで首を傾げてからメイヴィスに向かって許可を求める。
「発言をお許しください」
「許す。申してみよ」
「まず、あのぅ……、私の記憶が確かならば、マグノーリア王女殿下はすでに婚姻特権を消失していらっしゃるはずなのですが」
メイヴィスの唇が動揺でわなないた。
「それは、母上がわたくしを除籍したということか?」
「いえ、そうではなくバーレイウォール侯爵家に嫁がれたからです」
………。
???
うん?どういうこと?
何を言っているのか全然わからないわ。
私以外の人は分かったのだろうかと周りの様子を伺うと、リリィ・アン以外の全員が頭に疑問符を浮かべている。
だよね。私だけじゃなくて良かった。
問題の婚姻法は、ティターニア王国が結婚外交で権勢を維持するために、他国に対して王族との結婚か、内政干渉の二者択一を迫るものである。貴族と結婚すれば伴侶に継承権を付与するはずなのに、権利が消失していては条件に合わない。
「バーレイウォール家は古ノクシーズ王朝が前身で在られましたよね?」
そうなの?
反応が気になってリリィ・アンからメイヴィスへ視線を移すと、隣にいた父ユージィンが代わりに答えた。
「いかにも。王朝というほどの規模ではないが、定義に照らせば、ノクシーズは国境線を維持する小国家だったと言える」
うちが王家の家臣ではなく、土地に根付く地方豪族だった話は私も知っているわ。記憶が甦ってすぐのころ、家の来歴を勉強した。バーレイウォール家はユグドラ建国以前から、穀倉地帯を含めた現在の領地と同じ土地の全てを所領し、インフラ整備と安全保障を請け負いながら独自の法律で自治を行っていた。
ユグドラ貴族のほとんどは、南部のザクセン都市同盟から恩恵を充分に受けられずに鞍替えした都市君主なんだけど、それとは一線を画していた為、侯爵位の叙勲を認められたのが我が家である。王国だったとは聞いていないけど、昔の名残でバーレイウォール領のカントリーハウスはノクターンコートと呼ばれている。
「ノクシーズは便宜上国家を名乗っていたが、君主を自称したことはない。交易のみの遠く離れた辺境の地を、ティターニア王国が国家として認定していたというのか?」
「私には基準がわかりませんが、ティターニアも金山で発展した小国です。古ノクシーズ王家ならば充分と判断されても不思議はないかと」
「しかしそれもユグドラ建国以前の話だ。ゆうに300年は経っている」
「ティターニア婚姻法の成立はユグドラ建国以前です」
「確かに……確かに、条件的にはそうかもしれないが、これほど長い間法整備されないことが有り得るのか」
ユージィンは真偽の判断が付かないと眉間の深いしわを押さえてため息をついた。
「ええと……、ティターニア婚姻法は各国の思惑が絡み合って、容易には内容を変更できない状況にあった、ように思います」
リリィ・アンはおぼろげな記憶を思い出しながら、たどたどしく言葉を継いだ。
メイヴィスの表情が安堵でほっと緩む。
「ではローゼリカはこの先も自由に生きられるのだな」
バーレイウォール家は、ティターニア王国では王家に認定されており、伴侶に継承権を付与する特権は、父が当主になることで履行されている。娘の私に引き継がれることはない。
問題はすべて解決だ。
「リリィ・アン・リズガレット君、君の話には整合性がある。だが」
ユージィンの追及はまだ終わらなかった。
「私も王女殿下も知らないことを、何故君が知っている。その情報はどこで得た?」
父は過去に散々調べ尽くし、他に方法はないと判断して現在の選択をしたのだろう。突然降ってわいた抜け穴のような解決策を訝しく思うのは当然だ。
「王女殿下はまだ幼くしてスルトをお離れになり、早く馴染めるようフロラント式の勉強が優先されましたし、国際法に詳しい方でも、婚姻法とは関係ない補足部分で、あるはずがないと思っているものを探すのは至難の業かと思いますが……」
「私の勉強不足は認めよう。だからそれをどうやって知ったのか答えなさい」
普段優しい人の冷たい表情は怖い。
リリィ・アンはうろたえて、返答がしどろもどろになった。
「あの、そのう~……、それは、え~……。き、か、稼業秘密で申し上げることはできませんが、わ、私の言葉だけで信じていただきたいとは思っておりません。至急、法典の写しの取り寄せを各方面から申請して頂いて、ご確認をお急ぎにな、なられる、べきかと……」
稼業秘密って言っちゃった。この世界、企業って単語ないもんね。
わかるよ。ゲームの知識で言い訳用意してなかったんだよね。




