原点回帰
私の母がとんでもない貴人だった。
なんだ、このラノベのタイトルみたいな一文は。しかしそれもむべなるかな。
マグノーリア王女は、50年前に滅亡した古王朝最後の王族で、プリンセスの中でもレア中のレア。血筋の尊さだけでなく、希少性もSSRという存在だ。
5年前アカデミーに入る直前は、普通の貴族令嬢だったと聞かされている母の、あまりの高貴さ優雅さと、自分のガサツさを比べて絶望していた。その後学校へ行って、母が特別なのだと気付いたが、それがこんな伏線として繋がってるなんて思わないじゃない。
一、ニカ月ほど前に、どうやら母がティターニアの出身らしいと知ったばかりで、昨日事件に巻き込まれ、つい先ほどマグノーリア王女周辺の人物のようだということになり、最終的には本人だった。
これまで私がマグノーリア王太子妃と呼んでいた人物は、クロエという名の侍女であり、メイヴィスと名乗っていたバーレイウォール侯爵夫人が本物のマグノーリア王女だったのだ。
二人はおそらく、身分を隠していたアカデミー時代に入れ替わったのだろう。そして残り3人の侍女はこっそり真の主であるメイヴィスの嫁入りに付いてきた。
ティターニア王国最後の女王にして、マグノーリア王女の母親であるカトレアナ女王は、スルトに亡命してその地に腰を落ち着けたと聞く。スルトに本拠地を置くリズガレット商会の前身は、女王に付き従って移住した王国騎士の家なのだろう。彼らは王国無き今も女王に仕え、その依頼でリリィ・アンは手紙を預かってきたと。そして手紙を渡すために面会を希望し、少々強引に乗り込んできたと言う事のようだ。
母メイヴィスは、便箋たった二枚しかない短い手紙を何度も何度も行き来して、繰り返し内容を確かめた。
曖昧さ回避のため、ここからは入れ替わっていた二人を、メイヴィスとクロエと呼ぶことにする。
メイヴィスの様子を見てリリィ・アンが声を掛けた。
「何が書かれていましたか?」
「何も……」
独り言ともとれる呟きの後、メイヴィスは静かに涙をこぼした。
「特別なことは、何も書かれておらぬ。ただ息災であるかと。時候の挨拶と日々の暮らしについて。たったそれだけの、母から娘への手紙だ……」
父が隣に座って涙を拭った。
「母上は……、いつから気付いていらしたのか」
「正確にはわかりません。わたくしが依頼を受けたのは9年ほど前でございます」
「そんなにも」
「女王陛下は二度と表舞台に戻らぬと誓約を立てられましたゆえ、公式の場で王女殿下と会うことは叶わなかったのですが、お忍びでお姿を見に行かれたそうでございます。その時に」
マグノーリア王太子妃殿下と呼ばれている人物が、娘とよく似た別人にすり替わっていたら、そりゃ心配で居ても立っても居られなくなっちゃうよね。
「さぞ驚かれたことであろう。お労しい」
「手紙がずっと代筆である事に胸騒ぎがしたと仰せでした。どうにか安否だけでも知りたいと仰る陛下に、必ずお返事をもらって参りますとお約束申し上げました」
女王陛下は、生活や安全の保障はされていても、公的な力は失くしてしまったから、誰が敵で味方かわからない状況では身動きが取れなかったんだ。
どうして代筆の手紙ばっかり返したの!?なんかおかしいと思うに決まってるよ!メイヴィスとクロエの二人が不仲だったわけではないのなら、手紙のやり取りをして、女王に本物の手紙を送ることぐらいできたはずなのに、何故長年連絡を絶っていたのかわからない。
ああ質問したい!話の流れをぶった切って気になっていることを確認したい!しかし話の腰を折ったら二度と元の流れにはならないかもしれない。我慢、我慢……。
「母上の洞見には恐れ入る」
物憂げながら冷静なメイヴィスに対して、クロエは自分の失態だと青ざめていた。
「わたくしは幼い頃より王女殿下の祐筆を務め、二人で調整して筆跡は完全に同じのはず。念を入れて文面上での入れ替わりは結婚前から計画的に行いましたのに、どうしてお分かりになったのでしょうか」
「さあ、それは。わたくしにはわかりかねます。何か絡繰りがあるのか、単に母親の勘としか」
本当に判らないのかとぼけているのか、リリィ・アンの真意はどちらともわからない。次はメイヴィスが質問した。
「では、なにゆえわたくしの行方が分かった。周到に文筆上でも入れ替えを進めたのは、手紙や人の動きからの露見を避けるため。この20年、旧交残らず断っておったものを」
なるほど……。手紙だけでもやり取りしなかったことにも意味があったんだ。完全に姿をくらませる為だったのね。
私はほうほうと思わず頷いて、リリィ・アンの言葉を待ったが、彼女はやはり答えをはぐらかした。
「幸運に恵まれました。それほどお二人の入れ替わりは完璧でした」
物語の結末を知る転生者のリリィ・アンは最初から全てを知っていた。糸口や経緯など、本当は何もないから答えられないのだ。
「しかし突き止めたのは、我らトワイライトールだけではございません。ご息女ローゼリカ様がこれほど生き写しにご成長遊ばしたからには、潮時であったということでしょう」
「そうか……。思ったようには、いかぬものだな」
メイヴィスは目論見が破れて気落ちした一方で、肩の荷を降ろしたような表情で息を吐き出した。長年大きな秘密を抱えて殻に閉じこもっていたのだ。突然やってきた外部の人間が秘密を暴いて風を吹き込み、ある種の開放感を感じずにはいられないはずだ。
しばらく放心した後、メイヴィスはクロエに向き直った。
「クロエ。我が放逸に付き合わせて、そなたには申し訳ないことをした」
「御身にかしずくことこそ現世の僥倖と覚え参らせたわたくしでも、愛する方と結ばれ子にも恵まれた幸福は格別なものでございました。どうして感謝せずにおれましょうか」
話に割って入るわけにもいかないからはっきりしたことはわからないけど、会話の端々から推測するに、クロエが王太子アルフォンスと恋に落ちてしまったから、メイヴィスと入れ替わったってことよね?きっと、アカデミーに通っている間、身分を隠していたことが誤解やすれ違いを生んだのだろう。そして二人はお互いの幸せを思うあまり後ろめたい道を選んだ。
まあ……、想像を絶するようなドロドロの愛憎劇があったとしても、それはそれで興奮しますけど……。
そのあたりのことは、後日時間をとってリリィ・アンに種明かししてもらおう。
頼むぞ!記憶持ちの転生ヒロイン!!
期待を込めてリリィ・アンの方を見ると、ちょうどこちらを見ていた彼女と目が合った。
リリィ・アンは、心得たとばかりに力強く頷く。願望が強すぎるあまりに、アイコンタクトだけで想いが通じてしまったか、あるいはテレパシーに目覚めてしまったかもしれない。
突然の衝撃事実にさすがのリュカオンも驚いている事だろう。いつも澄ましたアルカイックスマイルがどんな風に崩れているか、きっとそれでも神がかりな造作で美しいのだろうけれど、レアには違いない表情をこっそり盗み見ようとさりげなく視線だけをリュカオンの方へ動かした。
しかしリュカオンは通常運転の、少しだけ口角が上がった真顔で隣に座っていて、反対に私の方が驚かされた。
「えっ……、ふつう……」
リュカオンは退屈そうではないというだけの神妙な様子で、動揺はどこにも見受けられない。
母親の経歴に関する秘密が暴露されて、冷静でいられるなんてことがあるの?
「もしかして、リュカオン様はご存じだったのですか?」
「初耳だ」
人の心とか持ち合わせていらっしゃらない感じですか?
「ただ、昨日の事件で妙だと思い、母を問い詰めたが答えなかったので予想はついていた。ストレイフと同じで、忠誠を捧げた主君を持つ者の反応だった」
聡明……。あまりにも聡明。
「想定内で、最良の内容だったから安心したよ。かと言って、うまく収集する妙案があるわけではないのだが」
結婚で身分を詐称するのは、世襲性のない平民であっても大問題だ。別れて終わりの恋人とは違って、信用できない人と家族になるのは抵抗があって当然。ましてや王族の結婚ともなれば国益にも関わってくる。
王家の一大スキャンダルとして、誹りは免れないだろう。
「責任は全てわたくしにある。生涯幽閉でも断頭台でも、周囲の感情より重い罰が下れば同情も集まろう。恙無く王妃になれるよう、そなたには寸分の非もない筋書きになさい」
母メイヴィスは何か恐ろしいことを言っている。
け、結婚詐欺で死刑はないじゃん。
当然ながら宥めるクロエ。
「そのようなご心配は無用です。来る日のために、これまでアルフォンス殿下と準備をして参りました。どうぞわたくしも一緒に背負わせてください」
王太子もクロエが王女ではないと分かっていたなら、二人は純粋に恋愛結婚だったのだ。丸く収まっているからギリ無罪ってことにならないかな?ダメですか?
ユグドラの法律では、経歴に問題がなければ平民でも王族と結婚でき、少ないが前例もある。王女の側近だったのならきっとティターニアでは名家の出身だったのだろうし、こんなことならはじめから入れ替わったりしない方がよかったのでは……。
「なんとか大事にならないように取り計らうわけにはいかないのでしょうか」
リュカオンの意見はどうだろう。
「厳罰で溜飲を下げるやり方はアルビオン側に非難が集まるから良い策とは言えないな。母たちのことはともかくとして、今後大変なのは君の方だ」
「私?……ですか?」
リュカオンと私はお互いに驚いた顔を見合わせる。
「ん?分かってない感じか?」
「な、何か問題ありましたっけ?」
「昨日の状況で頭に残っていなくとも無理はないが、ティターニアの王族は、他国の伴侶をその国の王位継承候補にする特権を持っている」
「つまり、結婚相手がユグドラ国民ならばユグドラの王位継承権を、フロラント国民ならばフロラントの継承権を得るのですね。はい。覚えています。だから王族同士で結婚しなければならないというお話でしたよね」
ティターニア王族が他国で権力を握るための法律なのだろうけど、諸刃の剣の危ない制度でもあるわよね。得体のしれないスパイが突然王位継承争いを引き起こす可能性もあるんだもの。
「でも母はすでに結婚していますし、父にそんな意思はありませんから、心配するようなことは何も」
「いや、そこではなくてな。伝え方が悪くて誤解させてしまったようだ」
「やだ!なんかやな予感がする!」
「ティターニア王族の特権は、他国の王族と婚姻することで世襲制を失う」
「ええと……、例えばリュカオン様がティターニア王室の血を継いでいたとしても、ユグドラ王室の血も引いているので特権は無効になると」
「そう。この法律は、ティターニア王族が他国の王族以外と結婚することを禁止してはいない。しかしそうしないと国内に内政干渉する存在が増え続けるという内容だ。その点君は」
「えー!?じゃあその迷惑割り込み機能が今は私に付いてるの!?」
王弟ヴァンサンは正真正銘勘違いクソ野郎だったけど、その情報は狂人のたわ言じゃなく本当の事だったというのか。
パズルのピースがはまったように納得した私を見て、リュカオンが真顔のままブーッっと噴き出した。そしてプルプル震えてお腹だけで爆笑している。
いつもながら器用ね……。表情筋キープしてないで普通に笑えばいいじゃない。
問題は面白い事を言ったつもりはないことだけどね!?
「きみ……、国を滅ぼした悲劇のティターニア婚姻法を割り込み機能て……」
「ローゼリカ、笑いごとではないのですよ」
お母様、笑ってるのは私じゃなくてコイツです。
「あなたはこれまで以上に身の回りに気を付けなくてはなりません」
王位継承権を狙って、これからも昨日みたいな事件に巻き込まれるってこと?怖すぎる。いやそれ以上に、搦め手で来られたらと思うと、この先近づいてくる人間を誰も信用できなくなってしまう。
「あなたがこの問題から逃れる方法は一つしかないの」
私でも思いつくのが一つだけあるんですけど、お母様も一つしかないならきっと同じですよね。予想を遥かに超える、画期的で斬新な方法なんて存在しませんよね。
「リュカオン殿下と取り急ぎ婚約する事です」
八年間、それを避けるために行動してきたというのに、結局こうなってしまうのか。
まるで、私はサポート役ではなくヒロインのライバルキャラなのだと、物語の強制力とやらが嘲笑っているかのようだ。
日々の情報収集も、ヒロインとの友情も、築き上げてきたリュカオンとの信頼も関係ないとばかりに。
私は突きつけられた選択に息を呑んだ。




