強くてニューゲーム
刺繍糸店を出た後は、露店を沢山回ってカーマインのお土産選びに付き合った。
イリアスからお金を預かったカーマインが、アレもいいコレも捨てがたいと目移りし、私が足りないよりいい多くて困ることはない、と背中を押すせいで買い過ぎてしまい、クロードが両手いっぱいに荷物をかかえる羽目になった。
「クロード様に荷物持ちなんかさせて、申し訳ありません」
「よろしいのです、カーマイン様。ローゼリカ様はあまりショッピングに興味がないので、一度はこういうのに憧れておりました。近侍冥利に尽きます」
クロードはフォローが上手だ。
冬は陽が落ちるのが早い。とっぷりと日が暮れ、夕食に間に合うようそろそろ帰るかと言った頃合いとなった。私とモニカはともかく、カーマインは下宿寮まで送り届けねばならない。 リリィ・アンは最後に私たちをミドルタウンの噴水がある広場へ連れてきた。人はまだたくさん残っているが、片付けを始めている店がほとんどだ。
「もうすぐ始まります。あちらをご覧ください」
何が始まるの?
カランコロンと注目を集めるための鐘が鳴り、広場に居る全員が音のする方を見た。充分な間がありつつも、興味が薄れない絶妙なタイミングで、噴水から繋がる並木通りに、拡がっていくように光が灯った。低く静かに大勢の感嘆が広場に溢れた。
「綺麗……」
「星が空から降りてきたみたい」
流れる噴水にオレンジ色の柔らかい光が反射してキラキラと輝いている。そこから広場を西に抜ける並木道の木々に、小さく丸い光の粒が花か雪のように灯り、道しるべのように続いている。
イルミネーションだ。
私たちを含め、市場の客はもっと近くで見ようと吸い寄せられるようにイルミネーションに足が向き、自然と帰路に就く流れになる。
「初年度で告知が足りない割に、集客はまずまずですね。良かったわ」
リリィ・アンはイルミネーションとそれを見る人の顔を見渡し、ホッとした笑顔を見せた。周囲に灯る光に似た柔らかいエフェクトが散る。
「集客?」
「冬至市のピークは今日と明日で、予定通り品物が売れれば帰ることが出来ますが、在庫を抱えた商人はそうも行きません。それで、冬至祭の後半も王都近郊の人に足を運んでもらえる催しがあればと思いまして」
「この企画を……あなたが?」
祭りも広場も巻き込んだ、この大規模なイルミネーションの企画を?
実行には資材も人手も必要だ。当然資金がなければ始まらないし、さりとて資金だけでも成し得ない。実現するだけの全てを持っているのだ。私と同じ年の16歳の少女が。
よほど私が恐ろしい表情をしていたのだろうか。
リリィ・アンはビクリと驚いて、それから愛想笑いで誤魔化した。
「あ、えへへ。色々事業を手掛けていらっしゃるローゼリカ様には分かっちゃいますよね。結構大変なことだって。と言っても、商業ギルドの合同企画で私のアイデアが通っただけなんです。うちも商人ギルドに所属してますから」
アイデアか。なるほど。確かに冬と言えばイルミネーションだし、イルミネーションと言えば冬。暗くなるのが早く、空気が澄んで光が綺麗に見える。寒さの中で温かみのある灯りには癒される。
技術的な問題は少ないだろう。この国にはすでに街灯がある。
しかし。
陽が昇れば働き、沈めば体を休め、必要に迫られて照明を使うこの世界で、純粋な装飾として灯りを使うという発想を得る者が、果たしてどれほどいるのだろうか。富と権力の象徴とされるシャンデリアですら、どれだけ豪奢でも照明器具の範疇から抜け出せていない。今後十年、ユグドラではイルミネーションが流行るだろう。
値千金の豊かな発想力。
……いや、違う。豊かなのではなく、リリィ・アンは発想が贅沢なのだ。
物質的な飽和に慣れ切った者の思考回路だ。
少し前にも似たようなことがあった。たしか、マリウス離宮への旅行で立ち寄った温泉があるリゾート地で、露天風呂の説明を聞いたクロードは、古代の王のように豪勢な思い付きだと言った。
広々とした浴槽に湯を満たす考えは、潤沢な水源の恩恵に浴する者の発想に他ならない。光もまた然り。
頭の中の霧が晴れ、一枚の絵のように、一つの事実が浮かび上がる。
私は、得体のしれない歓びと一抹の恐怖に身震いし、思わず笑みが零れた。
「素晴らしいアイデアだわ、リリィ・アン様。あなたは経営の天才で、稀代の発明家ね。この催しは、きっとこの先冬至祭の代名詞になるでしょうね」
「故郷のお祭りを参考にしただけで、私の手柄なんかじゃないですよ」
賞賛を受けて、リリィ・アンは慌てて謙遜した。表面上だけでなく、いい気になる風でもない。
みんなと別れた後、私は家に帰るまでの時間ももどかしく、クロードに調査を依頼した。
「リリィ・アン様の故郷と呼べる場所に、光を使ったお祭りがあるかどうか調べて頂戴」
「御意。リリィ・アン様が嘘をついている様子はありませんでしたが、何かお考えがあるのですね」
「ええ。嘘をついてないのに、そんなお祭りがなかったら、もっと不思議でしょ?」
リリィ・アンはおそらく転生者だ。
彼女の、異様に地に足のついた言動にも納得がいく。キッチリと高等教育を受け、オーバーテクノロジーの価値観を持ち、精神的にも成熟した二週目の人生であれば違和感に説明がつく。
しかも私と違い、予備知識があるタイプの転生者だ。
全てが終わった後ではなく、クライマックスが始まる前に気づけた意義は大きい。
もちろん、イルミネーションを考案したら即転生者だなんて暴論だ。だからこそ発言の裏を取る。この世界にイルミネーションがなかったら、その故郷は前世という意味になる。
私が物思いに沈んでいる時、クロードは決して邪魔をせず、ただ静かに私の小さな変化を見逃すまいと傍に控えている。
「今日ははしゃぎすぎて疲れてしまったみたい。帰ったらすぐに休むわ。屋台でたくさん間食したから、湯浴みの後1人で軽食を食べられるように用意してくれる?」
「かしこまりました。そのように伝えます」
「料理長にごめんなさいと伝えておいてね」
「もったいないお言葉です。食べる者は大勢おりますから、気に病まれることはありませんよ」
今日はあらかじめ、少ししか食べないとは伝えていたけれど、料理人たちはならば手を抜こうとはならないのだから気の毒だ。やっぱりお腹空いたと言われた時に、食べるものは何もないと答えることはできない。
しかし掴みかけた何かを後回しにして、せっかくの閃きを失いたくない。
クロードとシャロンが卒なく情報共有しておくのだろう。ひたすらぼんやりと湯浴みと寝支度の世話を受ける私にメイドの誰も話しかけない。
最後にクロードが、柔らかく消化の良さそうなパンを使ったサンドイッチとフルーツを持って就寝の挨拶に来た。
「上様が心配しておいででしたので、明日の朝はご一緒に朝食を取られた方がよろしいでしょう。あまりご無理はなさいませんように。お休みなさいませ」
「ありがとう、おやすみなさい」
ようやく1人になり、私はサンドイッチ片手に机に向き合った。一緒に出されたお茶は、就寝前には似つかわしくない気分がスッキリし覚醒効果があるフレーバーだ。
クロードがこんなミスをすることは有り得ない。私が言葉通りに休むのではなく、1人でゆっくり考え事がしたいと、彼にはお見通しなのである。先ほどの挨拶も、『明日の朝食も顔を見せなかったら父が心配するから一緒に食べた方が良い。いつもどおり起こしに来るから夜更かしするな』という意味だろう。
前までは、彼がいつでも私の気分にぴったり合ったお茶を出すことが不思議だった。しかし人の感情を読み取るメンタリストだと知って疑問が解けてからも、そのありがたさは変わらない。むしろ以前より感謝が大きい。
きっと不可解なこともあるだろうに、クロードはいつでも、何も聞かず傍に居てくれる。
さて、リラックスして気合も充分。爽やかな香りのお茶を一口含み、椅子に背を預けて中空を仰ぐ。
ヒロインが転生者の場合、シナリオはどうなるだろう?
ひとつは、推しが不幸になるとかメリーバッドエンドだとかで結末が気に入らず、シナリオに抗うパターンである。未来を改変するストーリーは、悪役令嬢が転生者の場合と大差ない。
もうひとつは、複数の転生者の思惑がせめぎ合うパターンだ。悪役令嬢とヒロインが役割を交換して敵対しているシナリオもあれば、転生者同士の関係は良好だが、その分試練が協力不可欠の困難なシナリオもあり、バリエーションは無限大だ。
私の場合は……、モブとヒロインの転生モノになるのかな?
リュカオンを攻略するならライバル認定される可能性もあるが、幼馴染なだけでライバルを自負するのはちょっと自意識過剰で恥ずかしい。
どちらにせよ、ヒロインが友好的ならば、もう何も心配は要らない。予備知識のある転生者は強力な預言者である。ヒロインの未来視とリュカオンの権力、ついでに私の蓄えた情報網があって解決できない試練はあるまい。なんならイリアスの叡智とクロードの技能も合わせれば百人力、どんな結末も転生ヒロインの思いのままだ。
問題なのは敵対関係になった時だ。すでにリリィ・アンとは、ずいぶん打ち解けたつもりだが、彼女が上辺だけいい顔をして、一発逆転のどんでん返し断罪を目論んでいた場合、私には対抗手段がない。幸いバーレイウォール家は隣国のルーシャンやザクセンにも伝手があるので、いざという時は国外に逃亡する目途はつけてある。しかしリリィ・アンは、商人仲間が冬至祭での商売を早く終えて家に帰れるよう、客足を伸ばす工夫に積極的に取り組んでいた。上手くいってほっとしていた素朴な横顔を見る限り、それも杞憂ではなかろうか。彼女は私利私欲をほしいままにし、他社の不利益を無視する人間ではない。
なんと言えばいいか、彼女の手がける商売同様、互いに利のあるwinwinの関係こそが最も円滑な交友だと理解している。その点においては一定の信頼がおける。
こうなると、今現在私が一番危機感を覚えるのは—―
リュカオンとちっとも仲が良くないことかな……。
リリィ・アンがリュカオンに接すると、いつも落ち着いていて段取りの良い彼女が、しどろもどろの噛み噛みで、全く自然体ではないので脈はあるのだろうけど、どうにも接点が少ない。2人で時間を過ごすどころか、唯一同じ授業のダンスの時間でペアを組むことすらない。上級者が初心者をリードする組み合わせはよくあることなのだが、リリィ・アンは私よりずっとダンスが上手で、どちらかといえば指導に回る方だ。
リュカオンの私服・人類の不快展事件の後、リリィ・アンの頼みで三人で出かけたり、打ち合わせをしながらお茶をしたりが数回あってもその後には繋がらない。いつも真ん中に私が挟まっており、一向に二人きりで約束を取り付ける様子はない。
なんかアンジェラの時もそうだったよね。中々進展がなくやきもきさせられた。
いや実際、愛を育むなんてゲームみたいに「これがこうなってこうじゃ!」と三段論法で簡単には行きませんよ。
私はうんうん唸りながらサンドイッチを頬張った。
今日までは、私のアシストがマズイのかとも考えていた。やはり少しは意地悪して妨害した方が、愛が燃え上がりやすいのかと。しかし転生者の強力なアドバンテージの前では、そんなものはネコの手程度のものだろう。
よって攻略が進まないのはリリィ・アン自身に理由があるはずだ。
さては先にステータスを上げて、後半マキで攻略するタイプのプレイヤーか?
あるいは、何か特別な他の目的があったり?
うう~ん……。正直、転生者だったら何でもアリって感じだもの。
本命は本筋の攻略対象ではないモブだとか。
いや、その線はアリかもしれない。
いつのまにか私はウロウロと部屋を歩き回っていた。
たしか、リリィ・アンには年の近い男性の護衛がいるとフィリップから報告を受けている。商会の跡取りで金の卵でもある彼女が命を狙われているならそれも当然だ。身近な男性にときめいて、二人の間に愛が芽生えるのは自然な流れ。
……なのだけど、それだと今日リリィ・アンがリュカオンの髪と同じ色の糸をこっそり購入していた理由がなくなるからな~。やはり本人を見てみないことには。
よし!こういう時はもう一度ヒロインの様子を見に行こう。ぐるぐる考えたって、私の頭の中に答えはない。百聞は一見に如かず。現場百回。足を使って情報集めるのよ!
誠に遺憾ながら、詰まってしまいました。次から不定期更新となります。




