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薔薇がユリユリ

 突然ですが、ここで問題です。

 『色気』

 燦然と輝きたるこの二文字。

 意味するところは周知のとおりですが、その正体とは一体何でしょう。実体験に基づいて、千字以上で持論を述べなさい。(文字数上限なし)

 恋愛において、それさえあれば何とかなると言っても過言ではないほどのチート級アーティファクトであり、望んでも手に入らず、さりとて長き修練の果てに身に付くものでもない。例えて言うなら、選ばれし者のみが手にできる勇者の剣だ。

 しかし正体を明らかにさえすれば、向き不向きはともかく、理論上は万人にも片鱗をかすめ取ることは可能なはずである。


 それは男女の差を顕著に感じ取ることが出来る豊満な胸や広い肩幅であろうか?

 あるいは潤んだ目元、艶めいた唇、それらへ視線誘導するホクロだろうか?

 否。

 薄い身体でも、死んだ魚のような目でも、色気のあるキャラは多数存在する。

 ならば、裸体を想起させるボディラインの鮮明さ、秘めたる箇所への際どさだろうか?

 否。断じて否だ。

 何故ならこの世には、色気のある裸と色気のない裸が存在するからである。

 依って色気とエロは似て非なるものだ。


 私が考えるに……

 『色気』とは、それ即ち『隙』である。


 色気は外見から発するものではない。内面から滲み出るものだ。折れそうに細いうなじも隆々たる腹斜筋も色気の源ではなく、増幅装置に過ぎない。

 例えばそれは、ふとした瞬間自分だけに見せる素の表情、何かを伝えたそうな眼差し、こちらの反応とその先を期待する仕草……。「こんなに無防備で、俺に気を許しているいるんじゃないか?もしかしてもしかして私のことが好き!?そういうことでしょ?」という誤解を生む余地である。

 あるいは、諦めと共にに伏せられた睫毛、静かに零れる涙、寂しそうに逸らされた横顔。胸に空虚を抱え、触れなば落ちんといった弱みもまた一種の隙だ。

 いうなればワンチャンあんじゃね感が肝であり、そう思わせる微妙な隙こそが色気の正体なのである。(所説あります)

 然るに、鉄壁のガードこそは色気の天敵。二者択一、不倶戴天の宿敵同士にして、決して相容れぬ悲しき光と陰だ。

 つまり死角なしで向かう所敵なし、ノーチャンスの私に色気がないのは道理も道理、自然にして全く無理からぬ事なのである。

 悔しくない。ちっとも悔しくないんだから。

 いきなり何の話かと言うと、いま目の前で演舞を披露する妖艶な舞姫たちから得た知見である。秋波の大盤振る舞いを浴び、私はまた一つ、悟りの境地に達してしまった。


 私たち四人は、ミドルタウンの広場で集合した後ダウンタウンへ移動し、そこで出ている屋台で軽く腹ごしらえすることにした。ダウンタウン全体が大きなマーケットのようになっており、休憩しながら長く滞在できるようにそこかしこにベンチが用意されている。一際屋台が集まったフードコートに似た場所で、気に入ったものを持ち寄って食べている時、特設された舞台でちょうどスルトの民族舞踊が始まったのだ。

 スルトの民族舞踊は、荒々しく情熱的で打楽器のビートが命だ。ユグドラとその近隣諸国で浸透している、優雅なメロディーに乗って流れる水のように踊る社交ダンスとはどこにも共通点がない。ダンサーは薄手で柔らかいボディースーツとひらひらと煽情的に舞うスリットのたくさん入った、まさにエロチシズムの権化といった衣装を着ている。素肌の部分はほとんどないが、そんな薄い衣装でこの時期の王都は寒い。しかし舞姫たちの額に浮かんだ玉の汗が、スルト舞踊の激しさを物語っていた。

 舞姫たちは興行に来ているプロのダンサーで、この昼の部の公演を最後に、次の暖かい地域へ移動してしまうとリリィ・アンが教えてくれた。どうやらリリィ・アンは演目の時間を把握しており、それに合わせて連れてきてくれたようだ。流石お出かけ情報誌を発行しているだけのことはある。ガイドとしても腕が良い。

 冬至祭とは、冬至を最終日とする一連の市の期間を指すのだが、その当日が最も盛況であろうと思うのは素人の勘違いで、10日あるうちの、5日め6日め辺りが一番賑やかだとか。

売るべきものを売り、買うべきものを買い、必要なだけ稼いだら人々は家へと帰り、市は徐々に縮小する。考えてみればそれもそうだ。誰だって早く仕事を終わらせ、長く休みたいに決まっているのだから。

 知らなかったら最終日に来ていたかもしれない。そういうところも踏まえてリリィ・アンはイベント日程を調べ、計画を立てて付いてきてくれたのだろう。しご出来のヒロイン、好き以外の感情が浮かばないわ。

 私は誰に向かってか、1人真顔で深々と頷いた。

 ところでダンサーのお姉さま方、やたらと熱視線をぶつけてきて、終始見つめ合ってしまった。どうやら全員に惚れられてしまったみたいなんだけど、どうすればいいかしら。誰か一人を選ぶなんて私にはできないのに。


 次に私たちは、リリィ・アンが薦める刺繍糸の専門店にやってきた。

 テントの下に、薬箪笥のように小さな引き出しが沢山ついた整理棚が並んでおり、その全てに色の違う糸が入っている。

 こちらはティターニアから来ている行商人で、ユグドラでは年に一度、この冬至市でしかお目にかかれない人気店だそうだ。ティターニアの名を持つ国は滅亡してしまったが、その国土と国民まで消滅してしまったわけではない。もともと領土の小さい国だったこともあり、今は平和的にフロラント王国へ譲渡され、その地方都市としてネームバリューは顕在である。

 染糸業の組合が合同で出店しているこの店では、染色した糸で布を織った後、半端になった余り糸を刺繍用に撚り直して販売している。染色は同じ染料、同じ工程で染めても僅かな違いが出てしまう。一枚の布は同じロットの糸を使わなければムラが出てしまうため、余り糸は他に利用法がないのだと気のいい店の売り子が説明した。二次産物なのでお手頃な値段で手に入るという訳だ。

 見本として、補色の取り合わせや同系色のグラデーションが濃色淡色それぞれ並んでいて、目に鮮やかだ。そしてティターニアの特産は金と絹。ユグドラでは珍しい絹の刺繍糸は光沢が格段に美しかった。

「僅かな色味の違いを網羅した絹糸の多さが、この刺繍糸店の人気の理由なんですよ」

 リリィ・アンの話を聞き、モニカとカーマインは瞳を輝かせて他の客に混じっていった。


 私はというと、刺繍なんてさっぱりなのだけど、美しい糸を見ていれば、気に入った色を買いたくなってくる。でも使われず眠らせるだけの材料なんて可哀想だよね。

 それならヴィオレッタにプレゼントするのはどうかな。よし、冬らしい意匠の色合わせを贈って、インテリアデザインに役立ててもらおう。いや、今なら春らしい色が作品制作にちょうどいいかもしれない。

 小さな引き出しを開け新しい色に出会うのも、美しい糸を並べて好みの配色を考えるのも心が躍る。色々見ているうちに良いものを発見し、私はモニカとカーマインに見せに行った。


「ねえ見て、2人とも」

 私が見つけたのは、2人の髪と同じ色の刺繍糸だ。赤色の棚を見ている時、偶然モニカの髪色を見つけたので、カーマインの色も探して見つけ出した。絹糸は光沢があるので、本当に髪とそっくりだ。

 一口に赤毛といっても、モニカとカーマインの髪はガーネットと牡丹くらい色味が違う。カーマインがストロベリーブロンドに近いダスティーパステルカラーなのに対し、モニカは赤が強く濃く出た赤褐色だ。そこからさらに明るい萌えるような深紅がリリィ・アンである。

「素敵。わたくしたちの髪の色ですね」

「探してくださったのですか?」

 モニカとカーマインは秋に出会ってからというもの、本当に仲が良く、校内でも一緒にいる姿をよく見かける。カーマインはモニカより3つも年下だが、だからこそ魔性の妹として比類なき力を誇るモニカが存分に姉貴風を吹かせることが出来、また多くの弟を持って年上心知り尽くしつつ時には甘えたいカーマインも無理なく頼れて相性が良いようだ。

 赤色の糸2束に、リリィ・アンの糸も加えて並べると、その隣に薄いハチミツ色の糸がそっと添えられた。

「私も見つけましたよ」

いつの間にかそばに立っていたリリィ・アンが私の髪色の糸を数束、顔の横に掲げてにっこり笑った。

 絹糸の光沢に美少女フェイスが映える〜。

「わたくしも欲しいです」

「私も買います」

「なら、4色セットで皆にプレゼントするわ」


 カーマインの入学以降、妹分2人が何かと私の元へやってきて、そこへ何故かリリィ・アンも加わりこの4人で過ごすことが増えた。

 噂を調査しているケンドリックからの報告によると、この4色セットの取り合わせは、赤毛好きと名高い私が三人の赤毛美少女を取り巻いている様子から、

 『ローゼリカの薔薇園』

 と呼ばれているらしい。

 いやなんかネーミングセンスいまいちじゃない?

 あんまり巧い事言えてないじゃない?

 そこはかとなく頭痛が痛いし、咲いているのは百合なのに薔薇園とはこれいかに。

 何が一番気に入らないかって、4年ほど前からじわじわコツコツと水面下で布教していたイリアスとリュカオンのバディ萌えが、その花園とやらに一撃粉砕されてしまったことだ。推し活の荒地を整備し畑を耕し、さあこれからという時にバディの木ではなく百合の苗を植えられてしまったのだ。無骨なバディの木より、香り高い百合の花は分かりやすく、人気を博すのが早かった。

 私だって、私だって!堂々と表立ってロビー活動出来たらこんなにあっさりと負けたりしなかったと思うわ!?

 しかし無常なるかな、盛者必衰。過ぎたことを悔やんでももう遅い。バディ旋風など夢のまた夢に権勢は移ろい、今や食堂でのため息と歓声は赤い薔薇たちのものだ。非公式ながら会員制の情報誌なども発行されているという。

 なんと、怪文書事件の犯人として捕まえたマーガレット・ミレークリフ伯爵令嬢の手によって。

 きいい!試合に勝って勝負に負けた!

 私の見立ては正しく、マーガレットの発行する会報誌は、大仰で耽美な言い回しと軽薄で俗っぽい内容のミスマッチな組み合わせが面白く、続きが読みたくなると評判だ。

 今に見てらっしゃい。いつか必ずリュカオンのファンクラブ会報誌を書かせてやるわ。


 私が心象風景の山々に向かって負け犬の遠吠えをかましている間に、カーマインは再び糸を探しに行って戻ってきた。

「これがイリアス兄さんで、ターコイズ、タンジェリン、セルリアン……」

 兄弟たちと同じ髪色の糸を嬉しそうに並べる。

「お母さんへのお土産にしようと思います」

「どれも良い色だわ。おかあ様の新作が楽しみね」

「わたくしももっと一族の色を買い足そうかしら」

 話の輪からリリィ・アンがさりげなく抜けて離れるのを、私は見逃さなかった。気付いていないフリをして視線の先だけで後を追う。リリィ・アンは1人でこっそりと一束分の糸だけ会計を済ませ、小さな袋に入れて鞄の中に片づけた。

 その糸の色は青みがかったグレー。

 陽の下で光を反射すると、銀色に輝いて見えるリュカオンの髪だ!

 千種万様に美しい色の中から、たった一色を選び出すことの意味を、改めて考察してみるまでもない。相手の髪や瞳の色をしたアイテムは、乙女ゲームに限らずあらゆる少女向けコンテンツにおいて重要なファクターだ。

 私は人知れず静かに息を呑んだ。

 もはやリュカオンがメインシナリオかどうかはどうでも良い。リリィ・アンに気持の自覚があろうとなかろうと関係ない。

 選択肢は選ばれた。

 リリィ・アンはリュカオンを攻略する!

 親密度が上がっておらずとも、イベントが消化できておらずとも、ヒロインに未来を目指すその意思ある限り、全てこの私に任せなさい。

 さあ行くわよ。ホリデイが明けて、後期の授業が始まったら全て巻き返すわ。

 目指すはハッピーエンドのみ!勝利をこの手に!!

 ローゼリカの解答は、実は実体験に則しているが、自覚を伴っていないので0点です。

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