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三つの選択肢は真ん中が売れ筋

 三番目の物件は、王都の北東郊外にあった。

 住宅街ではあるが、石畳が途切れており、どことなくのどかである。敷地面積も街の中心部に比べて大きい。

 可愛らしい街並みを走り抜けて車が止まったのは、大きなシンボルツリーのある白壁の平屋だ。庭付きテラス付きで雰囲気がいい。

 一目でこの家を気に入ったのは、私だけではないだろう。いかにもイメージにピッタリで、逃避行の果てに辿り着いた寂しさと、ささやかな幸福のような愛嬌を持ち合わせた、物語の中から飛び出してきたみたいな家だ。ここも新しくはないが、綺麗に修繕されていて環境は快適だ。

 間取りも素晴らしい。こじんまりしたリビングダイニングに、家の規模の割に多い個室。小さいけれどファミリー向けで、2人で生活するには充分、護衛もメイドも常駐できて、今回の目的に適している。

 そして、この家の目玉とも言えるのが、庭木が見える大きな窓の前に設えた不釣り合いなほど立派なリーディングヌックだ。

「わあ……!」

 私とヴィオレッタは全く同時に感嘆の声を上げてしまい、ヴィオレッタは気まずそうに咳払いをした。


 ここに本を並べて……、画集とか資料集もいいよね。こっちのソファには好きな色のファブリックを張るの。お気に入りのクッションを持ち込んで、時折窓の外の景色に想いを馳せながら、のんびり心ゆくまで本が読めたら至福!となりに置くグリーンは何がいいかな。剥き出しの梁からドライフラワーを吊るしても、牧歌的で、ハンドメイドで、丁寧な暮らしって感じが素敵だわ〜。

 これは単なる持論なんだけれども、生活感のない部屋よりも、お洒落なライフスタイルが垣間見える部屋の方が断然お洒落だと思うの。

 片付いていない雑然とした部屋がいいって意味じゃなくてね、片づけやすい暮らしやすい創意工夫が素敵な家の根幹にあるってこと。自堕落な生活や、上手く片付けるのが難しい所は隠すことで楽になる。一方好きなものやせっかくの拘りは隠したらもったいないわ。

 例えば、テレビをあまり見ない人は、なんとなく置いているテレビを隠したいと思うかもしれないけど、テレビ大好きな人が鑑賞環境を整えているのは、拘りが詰まっていて素晴らしい。お酒好きな人が集めたお酒を飾っているのも、料理好きな人が沢山のスパイスを並べているのも恰好いいわよね。お気に入りのフィギアを、一番素敵に見せるために整えた工夫はまさに愛。

 人生は生活の延長線上にあるものよ。だから、カッコいい生活をしている人は生き方がカッコいい。家からも感じ取れたら、それがカッコいい家ではないかしら。


「こちらの相場は1000アルバで……」

「安いわ!?」

 イリアスの物件情報に、食い気味を超えて思わずまるかぶりで反応してしまった。

 だって、二軒目よりも明らかにいい家なのに同じ値段だったらお買い得よ。リーズナブルよ。

 セールススキルもばっちりなイリアスは、優しく愛想笑いする。

 あ、話を遮ってごめんね?

「二軒目と同じ値段でも、あちらは利便性の高い好立地ですから、建物の優劣を差し引いて、妥当なところかと」

 う~ん。この国の主な移動手段が人力であることを考えると、中心地に近い利便性はかなり優先順位が高いのね。家事使用人のような時間も内容も縛りのキツイ職業が、人手不足にならずに済むのも、都市部の家賃があまりにも高く、自活することの難しさゆえと聞く。

「……と言いたいところですが、こちらは無料でご利用いただけます。良い出物でしたので、家族を呼ぶために購入した所有物件なのですが、小さい弟の足では街までの往復に時間がかかってしまって。今は人に貸すか決めかねて宙に浮いている状態です。レディ・ケルンであれば車を使っても良いし、必要なものを二週間分持ち込むこともできますから問題ないでしょう」

「まあ、いけませんよ、イリアス卿。どなたの持ち物であろうとも、相場通りの金額をお支払いします」

「そうは仰せられても。この家が空いているのは本当に偶然です。級友に貸すくらいは良くても、賃貸契約する準備がありません。それに、金銭の授受が発生すると、後々遠出をなさるときに、足取りを追う手がかりになってしまうと思いますが」

「困ったわ。ローゼリカ様にご迷惑をかけるのは本意ではありませんのに」

 イリアスの、含みのある言葉が意味するところを正確に理解しながらも、ヴィオレッタは折れる姿勢を見せない。

 おそらくイリアスは、この家の交渉がどうしても上手くいかない時の保険として、残り二つの物件を用意しておいたのだ。

 ええ~……。でも絶対ここがいいと思うよぉ。狭すぎず広すぎず、安全快適に、必要な家事について学びながら市井の暮らしを体験できる。何より、この素敵なリーディングヌックで2人の時間を過ごしたら、とっても映えるわ!物語りのワンシーンみたいに!

 私の希望も虚しく、事態は膠着するかに思えた。……が、結局沈黙は一瞬だけであり、話が別方向へ転がる前に、イリアスはにこやかに提案した。

「ではこういうのはいかがですか?家賃代わりに依頼した仕事を引き受けていただくというのは」

 つまり、家賃の対価として、労働を支払うのだ。

 内容は、この家の内装デザインを、二週間で目途の付くところまで。経費はイリアスの持ち出しで、家を自分の好きなように整えて良い。

 すごく楽しそう!断る理由はないわね。流石イリアス、商売上手!

「でも、イリアス卿にはなんのメリットもないのでは」

「そんなことありません!」

 イリアスの交渉を邪魔しないよう、我慢して見守っていた私だが、ついに話に割り込んでしまった。イリアスなら、たとえ邪魔しても上手くやるから問題ないわ。

「ヴィオレッタ様は、インテリアプランナーの講義で優秀な成績を収めていらっしゃいました。実力は折り紙付きです。アカデミー卒のデザイナーに依頼するならば、この報酬は到底釣り合うものではありません。しかし、実績のない仕事に評価が付けられないこともまた事実です。この仕事は、ヴィオレッタ様にとって初めての経験と自信になるでしょう。イリアスにとっても、新事業の足がかりとなり、浮いている家屋の資産価値を上げる提案です。この取引は双方に有意義であると断言します!それに、ヴィオレッタ様は生地に深い造詣をお持ちですよね?刺繍をはじめとして手芸裁縫もお上手です。必要に駆られて駆け落ちをすることになった場合は、手芸作家の道はどうかと考えておりましたが、出来ることの選択肢は沢山あれば助けになります。お母様が刺繍作家でいらして、見る目が確かなイリアスが、ヴィオレッタ様のセンスに惚れこんで提案したのは、単なる仕事ではなく新たな可能性です」

 早口で一気にまくしたてたので、息切れしてしまった。

 私の必死な勢いに圧倒されて部屋が静まり返ったのでヒヤリとしたが、

「その通りです。ただし、お付けした侍女と共に、家事全般も体験していただくつもりです。忙しくなりますよ」

「わかりました。チャンスなら掴まなくてはなりませんね」

 イリアスがとりまとめ、ヴィオレッタの前向きな返答で、上手く話がついた。


「契約などは特にありませんが、どこか落ち着ける場所で詳しい打ち合わせをしますか?クロード、一番近いエース商会のサロンはどこだ?」

「帰り道のミドルタウンに一軒ございます。その前にイメージが固まるよう全体を見て回られたほうがよろしいでしょう。レディ・ケルン、工事は時間がかかりますので、必要な個所があればお伝えください。採寸のお手伝いもいたしましょう」

 気の利くクロードがヴィオレッタを伴って、さらに詳しく家を案内しに行った。


 後ろを追いかけるセバスチャンが、すれ違いざまイリアスに嫌味を言う。

「見え空いた茶番だ、オーランド。始めからヴィオレッタ様に仕事を頼みたいと言えばいいものを」

 最後までチョコたっぷり!しかしイリアス相手に少々臆したか、切れ味がイマイチだ。

「おやご挨拶だな。社交術の単位を取っていない者が、段取りの大切さを知らなくても仕方がないか。レディの心配ももっともだ」

 強烈な当て擦りで三倍返しくらいされている。セバスチャンはヴィオレッタを引き合いに出されると弱いのか、閉口した。

 クロードは聖母級に誰にでも優しいし、私は萌えキャラに優しい。シャロンは体術の出来ない者に、優しいというか歯牙にもかけないのだけど、イリアスが優しいのは女子供だけだから気を付けて。

 イリアスは、リュカオンを真似ていつも張り付けているアルカイックスマイルの仮面を外し、表情の抜け落ちた顔でセバスチャンを見た。

「自分を評判を犠牲にして主人を守る戦略は、学生相手しか意味をなさない。潮時だ。お前のやり方は従僕そのもので、公爵家の後ろ盾を失くした時彼女を守れない。クロードを見習うことだな」

 当然セバスチャンは烈火のように反発する……と思ったが、彼は傷ついたように静かに唇を噛んだだけだった。

「ご忠告、感謝いたします」

 そのまま頭を下げてヴィオレッタの元へ行ってしまった。


 あ、そういうことだったの?

 わざと感じの悪い態度を取ることで、ヴィオレッタのツンデレを相対的に大したことではないと思わせる錯覚作戦。見かねたヴィオレッタが注意をすれば、彼女の公正な人となりを知らしめることもできる。

 じゃあビジネス慇懃無礼だったってこと?そんなヤツおる???

 今思えば、取って付けたように無理やり突っかかってくる時もあったような……。いやでも私に対する敵意の目は本物だったような。

 確かに、この方法はケルン公爵家の肩書がなければ危うい賭けだ。

 それじゃダメだと忠告してくれたってことは、イリアスも2人を応援してくれてるってことだ。心をくじいた方が話が早いとか、近侍の方をつつけば脆いとか言ってたくせに、なんだかんだ優しいんだから!

 私は嬉しくなり、イリアスを年下の男の子のように褒めてあげたい気持ちをぐっとこらえて、ただにんまりと口角を吊り上げた。

「なんです、その目は」

「イリアスって素直じゃないなと思って」

「俺は効果的な方法を選んでいるだけです。それに、あなたのがっかりする顔を見たいわけでもありません」

 こういう時のイリアスは大抵塩対応なのだが、今日は照れて視線を逸らしてしまった。

 おや?ツンデレには感染力があったっけな?




 週末になり、私はモニカ、カーマイン、リリィ・アンの三人と街に出ていた。

 脅迫状事件が落着して外出解禁となり、本来は夏のお出かけのリベンジとして、セレーナとケイトリンを誘うつもりだったのだけれど、その矢先にケイトリンの交際報告があった。

 ケイトリンはしばらく家同士の交流で忙しいそうだ。彼氏ができたばかりの友達の予定を、無理に空けてもらうほどの鈍感力は持ち合わせていない。セレーナと2人で行くよりも、そのうち落ち着いたら3人で出かけようと相談して決めた。

 しかしションボリを隠せないでいた私に、モニカが目敏く気がつき、それならば今の季節しか見れないものを見に行こうと誘ってくれた。


 季節は冬、師も走るとかいう年末だ。

 キリストの存在しないこの世界には、当然ながらクリスマスもない。ユグドラでこの時期のイベントは冬至祭である。

 秋の収穫祭では、今年一年の恵みに感謝し、来年の豊穣を祈願して大々的に祝賀が行われる。皆で美味しいものを食べ、式典や競技会の開催で国中が賑やかだ。その活気は波のように秋の間中続き、総仕舞いの締めくくりとなるのが冬至祭だ。

 ユグドラは比較的穏やかな気候とは言え、冬は寒い。主要街道が整備された王都と周辺都市はともかく、地方は雪で閉ざされ、経済活動も停滞してしまう。冬至祭のメインは規模の大きな市であり、越冬に備えた食料と燃料だけでなく、家で過ごすための本やゲーム、手芸用品を購入し、冬ごもりの準備をする意味合いが大きかった。

 私とモニカの家は、冬ごもりの季節に関係なく御用商人が注文を取りに来るため、これまで冬至市には縁がなかった。カーマインは、今年の春に入学で上京したばかりであり、王都の冬至市の規模を知らない。それを聞きつけたリリィ・アンが、案内を買って出た。

 リリィ・アンも入学時期はカーマインと同じだが、家業の主要業務が運送であり、王都にも店を持つリズガレット家は、ずっと以前から王都と故郷を行き来していたそうである。そういえば小さいころ、リズガレット家のパティスリーである『スカーレット』のチョコレートを新進気鋭の商品だと紹介された気がする。王都に店を出したのはちょうどあの頃か。

 私たち四人は、以前リュカオンと出かけた時と同じ広場で待ち合せて集合した。

 市には行商人だけでなく観光客も集まる。その人出を見越して出ている、大道芸のパフォーマーや飲食の屋台で、広場はひしめき合っていた。

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