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おまいう

誤字~。読心術じゃなくて「読唇術」です。唇を読んで声が聞こえなくても何を言っているかわかる術。

8/12更新分間に合いませんでした。誠に遺憾です。

「無事なの?」

「報告の限り、緊迫した状況ではありません。強襲奪還の準備は整っています」

 このタイミングでの不穏な動き、きっとリュカオンとのお出かけがトリガーとなるイベントだったのね。護衛を付けておいて良かったわ。私天才!

「リュカオン様!」

 サポートキャラ的にも、ストーリー的にも、ここは現場に行かなければ!

 振り返ると、リュカオンはニヤリと楽しそうに笑った。

「よし、行くか。市場より手応えのある寄り道になりそうだな?」

 いつもは上品で優しそうに細められた青い瞳が、今はいたぶる獲物を見つけた肉食獣の残酷さで光っていた。時折垣間見せるこんな瞬間が、友人ポジションというぬるま湯につかった私に、リュカオンは地雷原の腹黒王子だという事実を思い出させてくれる。

 急展開でテンション爆揚がりしていた私は、冷水をぶっかけられた心境でスンと冷静になった。その残酷さが私に向けられたものではないと自分に言い聞かせて、なんとか気を取り直す。

「よろしいのですか。止められると思っていたので意外です」

「君が待てと言って待つ人間なら止めただろうな。しかし今は形式上の押し問答をしている場合ではない。密かに単独行動をされるくらいなら一緒にいた方が安全だ」

 さすがだリュカオン。その無駄を省いた合理的なスタンス、最高よ。

「それに、今この場でクロードが報告したと言う事は、よほど警備に自信があるのだ」

「常に万全を期しているつもりではありますが、今日の警備は稀に見る大規模です。何があっても対応できます」

 つまり、何か調べるなら今日の方がいいってことね。


「場所は?ここから近いか」

「はい。対象は徒歩で移動しています。周辺の人員配置から、目的地のめどはついています」

「では先回りしてワンブロック先に車を」

「仰せのとおりに」

 動き出した車の中で、リュカオンはタイを外して上着を脱ぎ、白いシャツ姿になって腕まくりをした。着崩したところで、彼の高貴さに少しも変わりはない。これから体を動かす王子という風情だ。身分をやつせておらず、正体そのままだ。

 目立ってしょうがないが良いのだろうか?

 再び走り出した車は、ほどなくして停まった。

「シャロン、ローズの装飾品を減らせ」

 そう言って、リュカオンは車から颯爽と降りて行く。

「御意」

 言葉のとおり、シャロンが私のネックレスやベルト飾り、その他尖ったものを取り外し、脱がした上着とパニエにくるんで片づけた。


 車を降りた場所は繁華街のはずれで、人通りと送り迎えの車が多かった。そこからシャロンに手を引かれて路地の方へ歩いていく。

 角を曲がり大通りから見えなくなった位置で、一足先に待っていたリュカオンは、誰かから借りたのか、キャスケット帽を目深に被り、銀髪と顔を隠していた。それでも隠し切れない美のオーラは漏れ出ているが、遠くまで光を投げかけるごとき尊顔が全開よりはマシだ。

「私は?私もちょっとは変装した方がいいんじゃない?」

 シャロンは神妙な面持ちで首を振った。

「姫様の美貌と存在感を隠すには準備が足りません」

 シャロン大丈夫?鏡で自分の顔みたことある?

 そんなことを言ったらここにいる全員がそうで、平凡モブ美少女の私は四天王の中で最弱。一番最初の難易度が低いチュートリアル中ボスって感じだが?

「ですから、この先は人目を避けて目的地まで公道以外を移動します」

 公道を通らずにどこを通るのよ。私道?

 私とシャロンと、リュカオン、クロード。二人の護衛が前後に付き、先導されて路地を奥まで進んでいく。通り抜け出来ない道のようで、最後の行き止まりではさらに二人の護衛が待っていて、そのうちの一人は先日夕食を共にしたナイジェルだった。

「相手も周囲を気にしているでしょうが、この路地は行き止まりなので警戒網の外。フィリップが推奨した最も安全なルートです」

 クロードの説明を聞きながら周囲を見渡すが、『ああ、なるほどね~』とはならなかった。

 うん。警戒されてない場所だけど行き止まりなんだよね。

 どの建物からも裏側になっていて、勝手口もなく、ただ高い塀がそびえている。

「少し道が険しいので、我々がお手伝いいたします」


 疑問符でいっぱいの私の目の前で、先に路地で待っていた護衛の二人が、三角跳びの要領で壁を蹴り、飛び上がって軽々と塀を乗り越えた。

「は?」

 続いてリュカオンが同様に塀の向こうに消え、身長が足りないシャロンは、腰を低く構えたクロードの手の平に足をかけ、投げ飛ばしてもらって塀に取りつき乗り越えた。

 そんなことが出来るんですか?私は無理よ。

 見てる分にはめちゃくちゃ格好いいと思います!でもやれと言われたら話は別なワケ!

「行きましょう。ローゼリカ様の番です」

 私のことも投げるの?打ち上げ発射台みたいに!

 クロードがおもむろに、アワアワしている私を横抱きに抱え、正面の壁の前で、片膝をつき踏み台になっている護衛の肩に躊躇なく乗った。路地を先導してきた二人の護衛は、互いの肩に腕を置き、スクラムを組むようにしており、安定してクロードを支えながらゆっくりと立ち上がった。

 当然、私の視界が垂直方向に移動する。

「わああッ」

 クロードが私を落とすことは絶対にないと信じていたし、ほとんど揺れることすらなかったが、それでも首にしがみつかずにはいられなかった。

「ローゼリカ様、そのままつかまっていてください」

 クロードは、首にしがみついたままの私の膝と腰をぐわっと持ち上げ、塀の向こう側へ移動させた。私は塀の淵に二つ折りで引っ掛かっている状態だ。

 足元から、塀を乗り越えて待っているリュカオンの声がする。

「ローズ、ちゃんと受け止めるからそのまま飛び降りろ」

 足元から地面までの距離は2,3メートル。私でも飛び降りられるくらいの高さだということはわかる。しかし上半身が塀の上に乗り出している私は足元を見ることが出来ない。

 見えないところへ飛ぶのはやっぱり怖いわ。

 落ちないギリギリの位置まで身体をずらして、下を確認してから、脳内で安全に降りるイメージを……。

「ローゼリカ様ファイトッ!」

「ま、待ってぇ……」

「ご安心を!肉のクッションが三枚あります!」

 なんちゅーことをいうのよ。三枚てことはリュカオンも含まれているじゃないの。安心できるか。

 私がもたもたしているうちに、クロードは護衛の背中を蹴って塀を飛び越え、上った時と同様に私を抱えて下へ降ろしてくれた。

「ありがとう、クロード。ナイジェルたちもお疲れ様」

 礼を言って、ナイジェルたちの背中にくっきりついた、クロードの足跡を払う。塀の向こうに残してきた護衛にも声を掛けると、激励の返事が返ってきた。

「あなたたちもありがとう」

「道中お気をつけて」

 よし!第一関門突破!皆が助けてくれるから頑張らなきゃ。

 私はやる気も新たに皆の待つ方を振り返った。


 そして一番最初に目に入ったのは、途中までしかない梯子に、逆さでぶら下がっているシャロンだ。

「シャロン、スカート!」

「大丈夫です。しっかり足で挟んでおります」

「確かにそうだけど……」

 シャロンは足をうまく絡めて梯子に体を固定し、器用にスカートもめくれないように押さえて、私に向かって両腕を差し出していた。

 私が塀の向こうに挨拶していた一瞬で、リュカオンとナイジェルは梯子を上り切り、外階段の踊り場で待機している。

 ヤル気ゲージが一気に吸い取られる。

「フィリップがいたらもっとスマートにお連れできたのですが、ご辛抱ください」

 クロードが再び私を抱え上げて、長尺ものの荷物のようにシャロンにバトンタッチ。シャロンを中継地点にして、ナイジェルが上に引き上げてくれ、最後はリュカオンに確保してもらい何とか足場まで登りきった。

 その後も塀と窓をいくつか乗り越え、庇の上を歩き、時にはボールのように運搬されながら、ようやく目的の部屋について、長い溜息が出た。

 まるで多動型パルクールだわ。

 アクションって本当に大変。現場に行きたいなんて生意気言って、すみませんでした……!


 部屋は集合賃貸物件の空き家のようで、大物家具には布がかかり、生活用品はなくガランとしている。日が落ちる前の夕刻で空がまだ明るく、暗い二階の室内からは窓の外が良く見えた。

 ちょうどリリィ・アンが通りの向こうから現れた。連れ立っている男は一人だけで、ちょっと見たところ無理やり付き従っている様子はない。

「ローゼリカ様が頑張ってくださったおかげで予定通りつきましたね」

 クロードが達成感からか、ホクホクと笑みをこぼしている。

 頑張ったのはあなたたちの方でしょう。私は言葉通りお荷物そのものだったわ。

 クロードの聖母級優しさが、悲しみに変わる時もあるんだな。今はとにかく全てが疲れた体と心に沁みて痛い。

 空き家で待機していたまた別の護衛が二人、隣の部屋の扉を開けて入室を促した。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

「警護対象は、隣家へ連行されるものと推測されます。ちょうどこの部屋の窓から良く見えますので」

「屋内に入る前に助けなくていいの?」

「ローゼリカ様がそうせよと仰せならそうします。しかし案内の男は声を掛けただけで引きそうな雰囲気で、リズガレット嬢はいつでも逃げ出せる状態でした。この機に双方の思惑を探った方が良いと、ケンドリック様が判断なさいました」

 護衛の一人が答える。

 言われてみれば、リリィ・アンは怯える様子もなく落ち着いて毅然としている。

「リリィ・アン様に危険がないならあなたたちに任せます」

「はい。フィリップはすぐに突入できるよう近くに控えています。ケンドリック様も少し離れたところで指揮を執っておられます。ご用命がなくとも、危険と判断されれば救出に動きますのでご安心ください」

 確かにこんな街中で滅多なことはあるまいと考えるのが妥当だ。危害を加えるつもりなら、車に乗せて人里離れた場所へ連れて行った方がいいに決まっている。

 そうしているうちに、リリィ・アンと案内の男は隣の小さな屋敷の中へ入っていった。


 私たちも隣家に面した部屋へ移動する。

 二歩ほど入ったところで部屋には暗幕が張られており、出入りで光が入らないようにしてある。暗幕の中は、僅かに開いたカーテンの隙間以外は光源がなく、真っ暗だった。

 窓の前に置かれた椅子に勧められるまま座ると、斜め下に向かい合った隣家の一階の部屋が驚くほどよく見えた。その部屋へ、しばらくして案内されたリリィ・アンが入ってきた。

 すごい。至れり尽くせりすぎて、密偵の真似事をしている感じが全くしない。接待張り込みだなんて、貴人に仕えるというのはつくづく大変な仕事である。

 普通なら後ろに控えるはずのクロードが、窓際最前列の邪魔にならない位置に立つ。

「ではここから、読唇術で会話を拾い上げてみます」

 サービス過多なんよ。

「クロードは役に立つなあ」

 そしてリュカオンの感想はちょっとずれてる。


 クロードがじっと窓の外を見つめる。糸を張ったような集中が伝わってきた。

『……自己紹介の……必要は、なさそうですね。強引な、お誘いでしたが……お招きありがとうございます……と、申し上げるべきでしょうか?』

 聞きなれたクロードの声が暗い部屋に響く。カーテンの僅かな隙間から見える狭い視界と相まって、不思議な没入感があった。まるでわたしにもリリィ・アンの声が聞こえているような気分だ。

『そのようなお気遣いは不要です。単刀直入にご用件をどうぞ』

 離れた距離からでも、リリィ・アンの表情まではっきり見える一方で、彼女の視線の先にいるであろう相手は窓から死角になっている。よってクロードの読唇術で会話が読み取れるのもリリィ・アンの言葉だけだ。

『確かに私は地方の出身ですが、以前から王都にも拠点があり、何度も訪れておりました。ご心配には及びません』

 しばらく社交辞令の応酬が続いた後、リリィ・アンがしぶしぶながら勧められた椅子に座る様子が見て取れた。

 会話が途切れた隙に、リュカオンが思い出したように言う。

「朝の話の続きになるが、リズガレットはティターニア人らしい」

「それで家業がマリウス地方経由の運輸業なのですね」

「あまり驚かないのだな」

 ヒロインが外国出身なだけで驚くわけないでしょ。どんな出生の秘密があっても、何の脈略もなく奇跡の力を授かっても、不思議はないのがヒロインよ。

 しかし驚かない理由を掘り下げられても面倒だ。軽くディスって黙らせよう。

「今朝のリュカオン様の私服以上に衝撃的なものは、この世に数えるほどしかありません」

 リュカオンは首をかしげて思案顔になった。

「褒めているか?」

 ポジティブもたいがいにせえ。



今週で終わると思ったけど入り切りませんでした。もう一週がんばります。


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