サンプル採集
ふーん。あっそう。
命を狙われるなんて、ヒロインは今作も大変だな。
危ない目に合っても無事なのがヒロインだから、あまり心配はしていない。
問題は死亡エンドがあるかどうかね。ヒロイン死亡エンドがある乙女ゲームはあまり聞かないから、これも心配はしていないが、絶対ないとも言い切れない。心にとめておこう。
「承知しました。私も気を付けておきますね」
用心していれば危険はさらに減らせる。情報共有ありがたいわ。
了承の返事をしたのに、何故かリュカオンは疑わしい目つきだ。
「巻き込まれないように気を付けろ、という意味だぞ」
「あ、そっちですか」
「他にどんな意味があるのか聞きたくもないな……。とにかく、続きは帰りに」
リュカオンは私をくるりと半回転させ、取っていた手を自分の二の腕に沿わせて、エスコートの姿勢を取った。
VIPルームの個室を出ると、従業員がずらりとならんで見送りをしてくれる。
「世話になった」
「ありがとう、またお会いしましょう」
「従業員一同、心よりまたのご来店をお待ち申し上げております」
さて、リリィ・アンはどこにいるだろう。知らぬふりで先回りして、約束の場所で待っているだろうか。私ならそうする。こんなところで鉢合わせたらお互い気まずい。
しかし店を出てすぐの通り道に、スルーしようがない位置取りでリリィ・アンは立っていた。
今は人目を惹く華やかな美少女顔で澄ましているが、さきほどは凄い形相していたから、もしかして怒っていたり?
まずはにこやかに挨拶して様子を伺うことにする。
「御機嫌よう、リリィ・アン様」
「お二人とも、おはようございます」
緊急事態とはいえ、一見仲良さげにお買い物なんかしてしまい、抜駆けだと怒られたらどうしようかと内心ビクビクしていたが、リリィ・アンはいつも通り朗らかに見える。
杞憂だった。考えてみれば、8年来の友人が、出会ってひと月そこらの人間より仲が良くったって責められるいわれはないものな。あんなに鼻の穴が広がっていたのも、周囲を走り回ったとかなんとか、全然心情に関係ない理由だったのだろう。
「どうしてこちらがお分かりに?家の者がご案内いたしましたか?」
カフェで待っててもらうように頼んだんだけどな。
「楽しみで早くついてしまったものですから、広場を移動されるお二人を見かけました」
ガツーンと殴られたような衝撃を受けた。
「不躾ではありますが、お声を掛けることも憚られて、後ろから付いてきてしまいました。お二人が慌てて広場に戻られるよりはと、こちらでお待ちしておりました」
リリィ・アンは照れたような表情でモジモジしている。小声でああだこうだとブツブツ言った。
「じ、実はどのお店に入られたのか確信がなくて、周囲をウロウロしちゃったんですけど……」
「み……、見たの……?」
広場から移動するところということは、あの、着替える前の、人類の叡智をサイケデリックな暗黒物質でコーティングした、あのリュカオンの私服を見たと言う事よね……?
「はい!それはもう!この目でしっかり見て網膜に焼き付けました!!」
リリィ・アンはやたらと元気がいい。
見てしまったというのか。それにしては、この反応ヘンじゃない?
話が食い違っている可能性もある。しかしあの私服を見たら、他の事なんて全てがどうでもよくなるはずだから、他の話題なんてちょっと考えられないのだが。
「あの、どう……思いました?幻滅したりとか……?」
「そんな!ありえません!!このようなことを申し上げては無礼かもしれませんが、むしろカワイイとさえ思いましたよ、私は!」
リリィ・アンは、自信満々に、バーンと胸を叩いて請け負った。
おお……!あの『究極形態サン値の墓場』をカワイイだなんて。
きっとヒロインは精神耐性のパッシブスキル持ちなのだ。
その上、相当好感度が上がっているのではないか?
女が男をカワイイと言い出したら、それはもう最終段階なのよ。とくに欠点を可愛いといいだしたら、恋ではなく愛。全てが愛しいという真実の愛なの。
雨降って地固まる、人生万事塞翁が馬。肉を切らせて断った骨の怪我が、奇跡的に功名をもたらした。
これは思わぬ収穫だ。
「カワイイかどうかはともかく、好印象で安心しました」
「正直にいうと、どれだけでも見たいくらいです」
いくら耐性持ちでも、それはさすがに心臓に悪いんじゃないかしら?
話が一段落して、私たちは当初の予定通りカフェ回りに出発した。
最初のお店は、古めかしい家具と豪華な布張りの、個室があるカフェレストランだ。老舗のような雰囲気を醸し出しているが、アンティークがコンセプトの新しい店らしい。
知り合ってすぐのデートで個室を予約する男はちょっとイヤだけど、準お見合いで家族も交えて食事をするならちょうどいいかもね。
席に通されて、私とリリィ・アンは早速いそいそと、店の特徴を書き留めておく評価シートを取り出した。
「ローゼリカ様もご用意くださったんですか?さすがです!」
「リリィ・アン様も準備万端ですね。店ごとにそれぞれ2枚ずつ書いて、最後に自分が用意した方を回収するのはいかがですか?」
「わぁ~!助かります!是非是非そうしましょう」
和気あいあいと見学予定の店の枚数分評価シートを交換すると、隣のリュカオンもぺいっと手を出した。
「私の分は?」
「え?リュカオン様は付いてきて、時々意見を下さるだけで充分ですよ」
「そ、そうですね、来てくださっただけでも充分ですのに、そこまでお願いするわけには」
「仲間外れとは酷いじゃないか」
一緒にやりたがるほど楽しい事とも思えないのだけど。
僅かな憂い顔だけで、リリィ・アンはリュカオンの美にすぐ屈した。
「用紙は沢山ありますからお渡しできます」
あなた精神耐性があるんじゃなかったの?
しかし躍起になって断る理由は別にない。私も用紙を差し出した。
「ではお言葉に甘えて」
交換した用紙を見てみると、私の評価シートが立地や店の規模など、利用しやすさを重視しているのに対し、リリィ・アンの評価シートは雰囲気の良さやインテリア様式、お薦め商品など、好みに合うかどうかに項目が割かれている。確かにデートプランを立てるには、味が良いことは当然として、良い雰囲気作りと目的となりえる場所かどうかが重要だ。そういう視点はなかったので勉強になる。
その後、混雑前のレストランを二件視察、近隣にある散策にちょうど良い公園を確認しがてら、ベンチで店の評価を忘れないうちに記入し、さらに待ち合わせ場所に使いやすいオープンテラスのカフェを二件視察。略式のコースを出すレストランで遅い昼食をとった。
ふむ。略式のコース料理というのは、ランチデートにちょうどいい選択だ。
軽食よりも時間がかかるので落ち着いて話が出来るうえ、色味の美しい前菜から当たり障りのない話もできる。加えてお腹いっぱいになり過ぎないというのが女子に嬉しい。
「親睦を深めるには、ゆったり食事を楽しめるこういう場所が相応しいと思います」
この国の高貴な女性は朝が比較的遅いから、行動はだいたいお昼以降になる。観劇やショッピングなど予定があれば軽食で素早く済ませるのもいいが、他に予定がないのなら、時間のかかるコース料理はぴったりだ。人間、一緒に飯を食うと、何時間も話し合うより仲が良くなるというし、それが美味しいければ最高というもの。
「こちらのシェフは腕に自信がありまして、夜は本格的なコースを提供する一方で、昼は略式で気軽に食事を楽しめるようにして、お店の常連を獲得しています。身分の貴賤なく、食通が通うレストランなんです」
「素敵なお店ですね。紹介してくださってありがとう」
「実はこのご提案が乗るか反るかは、お二人の反応を見るまで全く分かりませんでした。貴族の方の普通が私には分からなくて。普段はどんなお店でお食事をなさいますか?やはりランチでもフルコースでしょうか?」
どうだろう?そんなことはないんじゃないかと思うけど分からない。
バーレイウォール家のコックは、家族のことをよく把握していて、栄養バランスを整えつつ、見た目が美しい料理を腹八分目に作ってくれるが、基本は粗食で豪華な晩餐はお祝いの時だけだ。
だいたい毎日毎食フルコースの食事をしていたら、時間がかかって仕方ないわよ。
「私はほとんど外食をしたことがないのです。リュカオン様はいかがですか?」
「私もだ」
「寮生や車通学している生徒たちは皆同じようなものではないでしょうか。何が普通かは気にしなくても、街へ出ること自体が新鮮ですから、それを楽しんでもらえるようにお伝えするのが良いかもしれません」
「なるほど!外食はなさらないのでしたら、お出かけはお昼からですか?どのような場所にお出かけになるかお伺いしても?」
グイグイ来るやん。デートプランのサンプル集めに余念がないのね。勉強熱心だわ。
貴族のランチの定義は想定外だったけど、デートのネタはちゃんとリサーチしてきた。
「観劇や音楽会、公園の散策が定番のようですよ」
このへんの感覚は技術の発展や文化の違いがあってもあまり変わらないみたい。
「お二人も劇場へよくお出かけになると」
「あー……。いえ、私はあまり外へ出ることがありません……。観劇は好きですが、母のために家へ招いた劇団の公演を見ることが多いです。たしか、王室は国立劇場に貴賓席をお持ちでしたよね」
「しかし格式の高い劇場の観劇は、基本的に大人たちの社交場で夜遅い。近頃は兄が時折足を運んでいるようだが、私はバーレイウォール邸で見るか、ローズを王城に招待するかどちらかだな」
「プライベート公演は、国立劇場の特等席とはまた一味違った贅沢ですね」
リリィ・アンはニコニコと相槌を打った後は俯いて考え込んだ。
「お買い物には外商サロンがありますし、他の芸術鑑賞も同様にお家でなさるのでしたら、外へお出かけになることは本当に全然ないのですね……」
定番だと言った張本人が、行ったことがないという説得力の無さ!不覚!
「あの~、でも、甘味を食べに行ったり、お気に入りの店でのショッピングで街へ出かけるのは、アカデミー女子共通の娯楽ですよ。本当です」
箱入りの貴族令嬢でもお出かけはするわ。セレーナやモニカたち、イケてる女子にちゃんと聞いてきたから。
私が変わってるだけなのよ。外商でも実際に私のドレスを選んでいるのは、母と衣装部のメイドなくらい興味がないから。……っていうのは、わざわざ言わない方がいいわね。
私はリリィ・アンの興味を逸らすように、リュカオンに話を振った。
「男子の娯楽はなんですか?放課後はどのように過ごされます?」
「休日ならば釣りや登山に出ることもあるが、平日は学内でスポーツをしたり、ビリヤードやカードゲームをする。一緒にやる仲間がいればいいから、わざわざ外へ出る必要はないな。街にあるゲームバーで、幅広い相手と対戦したがる者はいるようだが」
へえ。ゲームは違えど、ゲームセンターみたいな場所があるんだね。ゲーセンより雀荘に近いか?
「街でホットスナックを食べたりなさらないのですか?」
男子高校生っていうのは、放課後ラーメンやお好み焼きを食べる生き物なんじゃないの?
「その知見はどこで得たのだ」
「皆さまいつでもお腹が空いたと仰っているので」
「そんなに言っているか?校内でも軽食は売っている。その理屈で言うと、街まで行っている間に余計腹が減るだろう」
どれだけ一刻を争う間食なのよ。
「では、ローゼリカ様は、どこならお出かけしたいと思います?」
ン?恋愛初心者として、初デートがどこならいい雰囲気になりそうかってこと?
「そうですねぇ……。やはり観劇などで、感想を伝えあったりすれば会話が盛り上がりそうで無難です」
「なるほど~!お家では体験できなくて、お出かけしてやりたいことなどはありますか?」
「それなら、歴史や物語の舞台となった場所に出かけたいです」
王都や王城を舞台にした物語は沢山あるけど、案外、王城や正門以外は細かい描写がなくて、実際にモデルとなった邸宅や城は地方や郊外にあったりするの。
「確かに、マリウス地方は物語のモデルになった歴史的建築が沢山ありますよね」
そうそう!だから、マリウス離宮に遊びに行ったときは、王城へ行ったときと同じくらいアがったわ。
「リュカオン様は?」
「男は、女性が喜んでいればどこでもいいんじゃないか」
「まあ、なんだか味気ないような」
「行きたい場所には勝手に行くし、連れていきたいと思うほどの場所なら何度行ってもいいさ」
食事の後、私たちは女子の好きそうな内装のティールームをさらに五件ほど視察し、その日は解散となった。
繁華街では立地を確かめるため徒歩で移動したので、たくさん歩いてもうクタクタだ。でも楽しかった。
リリィ・アンは寄るところがあるというので、その近くの大通りで別れ、私とリュカオンは邪魔にならないところで待っている車まで戻って乗り込んだ。
念のため、リリィ・アンが家に帰るまでコッソリ護衛を付けるように頼んだ。
今朝、命を狙われていたと聞いたばかりだからね。油断大敵。
今日はバーレイウォール家の護衛が、唸るほど町中に潜んでいたはずなのだが、全く気付かなかった。時折見知った顔が居たのは確かだが、休日で遊びに来たのだろうと思うほど自然に溶け込んでいた。そろそろ順番に帰路についている頃だろう。
車の窓から、買い物客で賑わう夕方の市場の様子が見えた。
ショッピングで、こういう露店を見て回るのもいいわよね。公園じゃなく、市場を散策するのも気さくで楽しいデートになりそう。
「気になるのか?」
「はい。ちょっと寄っていきますか?」
「私は構わないが、君は疲れているだろう。また今度一緒に来よう」
遅めの昼ご飯と、たっぷりのお茶とケーキで、まだ全然夕食って感じではないので、もうちょっと腹ごなしをしたいところだ。士官候補生の訓練も受けているリュカオンは私より体力があるはず。
「私なら平気です。リュカオン様はお腹が空いていらっしゃるなら、食事を出している屋台を探しましょう」
止めてと指示を出す前に車が止まる。
クロードが窓から声を潜めて言った。
「お二人にご報告いたします。リリィ・アン・リズガレットに武装した男が接触しました」




