各々のインベーション
リュークの手には短剣が握られていた。
「私を殺しに来たんだね」
「あぁ」
バンスは視線を上げてリュークの顔を見て、ふと息を吐く。
「大変だったろう。辛かったろう」
「俺の何を知ってるんだ?」
「あぁ、何も知らない。だが聞いてもいいかい」
少し首を傾げて聞いた。
「どうして君は笑っているのに泣いているんだい?」
リュークの表情はなんともいえないものだった。
確かに笑っている。
しかしそれはいつもの笑顔ではない。
「どうしてそんなに辛そうなんだい?」
自然と涙がこぼれる。
眉間にしわが寄って、顎が震える。
無理をして笑っていたのが崩れてきた。
「…………んだ」
バンスはよく聞こうとする。
「あんたが、こんな人だと思わなかったんだ」
最悪だ。
リュークは正直、そう思った。
ここに来て最悪の過ち。
バンスとミーナが話しているのを見て、重ねてしまったのだ。
母親と自分に。
バンスは話に聞いていた人物像とかけ離れていた。
実際は、ただの父親だった。
娘を大事に想う、ただの父親。
少なくともリュークにはそうとしか見えなかった。
「あんたがもっと残酷で、傲慢で、偉そうで、最悪の奴なら……」
そんな奴なら、もっと気負わず殺すことが出来たのに。
殺されても当たり前だと思うくらい、最悪な奴ならよかったのに。
何を思い、何を願っても、
自分がしなければいけないことは決まっているし、変えられない。
バンスを殺さなければならない。
それでもどうしても聞きたかった。
「どうしてあんたがあんなことしたんだよ」
なぜバンスが国を不況にしたのか。
こんな人が、なぜそんなことをしなければならなかったのか。
ミーナのためか?
自分のためか?
なににしても許されることではないが……
「すまない」
バンスは本当に申し訳なさそうにリュークを見上げる。
「私は君が何を言っているのかわからない」
一瞬、時が止まったように感じた。
わからない?
なにを言っているんだ、こいつは。
「とぼけるなよ」
「」
「あんたのせいで皆苦しんでるんだぞ」
「」
「なんでなんだよっ!!」
「本当に、すまない」
黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ。
落ち着け。
わかってるだろう?
俺は今からこいつを殺すんだよ。
「わからないんだ」
うるさい。
「貿易のことかな?この通り動けない体でね。資料の通達で貿易を行っているけど、方法は三十年くらい前から一切変えていないよ」
「!!!」
関係ない。
なにも聞くな。考えるな。
今さら真実がわかったところで、しなければいけないことは変わらないんだから。
殺す。殺さなければならない。
「私のせいで苦しむ人がいたんだねえ。君もその一人なんだろう」
聞きたくない。なにも聞きたくない。
「すまない」
謝らないでくれよ。
頼むから、これ以上優しくしないでくれ。
気遣わないでくれ。
嫌だ。嫌だ嫌だいや……
「君に殺されるなら、償いが出来た気になるよ。本当に、すまない……ありがとう」
━━━━━━━━━━…………
━━━━城内。
三人は一人の男と対面していた。
「調子に乗りすぎだ」
両手に短剣のゼナルと大鎌のレファム、そして数センチの刃物を的確に投げてサポートするサーベルの強さは圧倒的だった。
各々協力している気は全くないにも関わらず、最強の布陣になっている。
こんな経験のない兵士たちの多くは逃げ出し、ゼナルは気絶させるに留め、犠牲は少ない。
しかしレファムは逃げ出した兵士までも、逃がしてやらなかった。
そのことに関してもめ始めたとき、
目の前に、明らかに今までの兵士と違う奴が現れた。
見栄えを重視した鎧ではなく、軽量で最低限の防具しか身に付けていない。
長い金髪を後ろに束ね、前髪から覗く碧眼が鋭く光っている。
左手はすでに、細い長剣を抜いていた。
「左利きかぁー。また厄介だねぇー」
サーベルの発言と同時にレファムが駆け出す。
大鎌と細い剣の間に火花が散った。
横凪ぎに降った大鎌を弾いた後、すぐさま切っ先を顔めがけて突く。
それを半身で避け、また距離をとる。
「おい、先に行け」
「何を言ってるんですか」
ほんの数秒の間に多くの駆け引きがされた。
その結果、レファムはそれが最善と判断したのだ。
「こんな強者相手に……」
「だから言ってんだよ。お前は先に行け」
レファムは横目で少しだけ、促すようにゼナルを見た。
「そうはさせるか!」
響く金属音。
一瞬躊躇ったが、ゼナルは全速力ですり抜けて駆けていった。
「まてっ、くそぅ」
「相手は俺だ」
斬りかかり、防ぎ、突き、凪ぎ、弾き、……
再び距離をとったときには、二人の体に無数の切り傷があった。
そこからつーーっと血が垂れる。
すでにゼナルの姿は見えない。
「王直下兵、アキオスの真名に懸けて。お前を直ぐに倒し、王を守る!」
「残念ながら、お前は俺に殺されて終わりだ」




