1.発端
盛大な結婚式、披露宴を笑顔でこなしたエヴリーヌは、ようやく一息つけるとベッドに腰かけた。
天蓋付のベッドの上は整然としていて、サイドテーブルにワイン、明かりを絞った部屋には香が焚き染められている。
疲労に沈みたい心境ではあったが、そうはいかない。湯あみを済ませ、身体の隅々まで磨かれた肌、髪、整えられた爪、香油の何もかもが、これからのことを予感させて落ち着かない。
婚約してからの10年を振り返ると、本当にいろいろあった。
厳しくも優しい王妃様、温かい目で見守ってくださった国王陛下、辛い王太子妃教育も、周囲の方々の理解と、伴侶となる殿下の愛があってこそ耐えられた。
そして今夜、そのクロヴィス殿下と結ばれるのだ。緊張するなというのが無理な話。
どきどきと胸を高鳴らせて待つことしばし、ドアの開閉音にエヴリーヌは視線を向ける。
「クロヴィス様…?」
無言で近寄ってくる殿下の様子がおかしい気がして、訝し気に声をかける。
「どうか…っ!」
体調でも崩されたのかと心配になり、駆け寄ろうとしたエヴリーヌは乱暴にベッドに放り込まれた。
「な、何を…! …いえ、あなた、殿下ではありませんね?!」
薄暗がりの中、クロヴィス以外は入ってこないだろうという先入観。背格好がよく似ていたのも、エヴリーヌの判断を遅らせた。
香りが違う、よく見るとまるで鍛えた騎士のような引き締まった体躯に、悲鳴を上げた。
「誰か、誰か…! 狼藉者です、誰か…!!」
か弱い腕で抵抗するも、閨のための薄い夜着など男の手にかかればあっという間だ。
一糸纏わぬ姿にされ、両手を男の片手で封じ込まれ、ばたつく足も抑えられる。
「何故、誰も来ないの…?! 護衛は、侍女は…!!」
男の手から逃れようと身を捩るが、エヴリーヌのそんな抵抗などないに等しい。
這いまわる手に、唇に、涙ながらに悲鳴と拒絶が漏れ出るが、男が止まることなどなかった。
もう駄目だと諦めかけたとき、音高く扉が開け放たれた。
「そこまでだ!」
涙に濡れる目が捉えたのは、待ち続けていたクロヴィスの姿。わらわらと警備兵が彼の背後から入ってくる。
「殿下…クロヴィス様…!!」
男が捕縛されると同時に圧迫感がなくなり、全身から力が抜ける。助けが来たという安堵にますます涙が溢れてきた。そんなエヴリーヌを見据えるクロヴィスの目は冷たい。
「殿下…?」
「不義密通の現行犯だ。エヴリーヌを捕らえよ」
………え。
「な、にを…」
「どうして、神聖なる初夜にこのような真似を」
心底失望したと言わんばかりの溜息と、侮蔑の目を向けられ、エヴリーヌは必死に頭を振る。しかし、否定する間もなく、衛兵に捕らえられる。
「──連れて行け」
「ちが、違います! 不義などとそんな…! 何かの間違い…っ」
連行される間にもクロヴィスに否定の言葉を口にするが、彼はもうエヴリーヌを見ていなかった。
「クロヴィスさまぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!」
何かの間違い。手違いがあったのだと。
自分は何も疚しいことはない。クロヴィスを裏切ってなんかいないし、当然初夜に男を引き入れたりしていない。
なのに、何故。
私は、地下牢などに入れられているのだろうか。
嫌疑であれば、貴族牢に入れられる身分だ。エヴリーヌは公爵令嬢なのだから。今は、王太子妃だ。
クロヴィスは現行犯と言っていた。聞き間違いではない。罪が確定しているとでもいうのか。私の弁明すら聞かずに?
石造りの牢は重罪人を収監するためのものだ。寝食、不浄すらも人間としての尊厳を守られるものではない。
何故、私がこんなところに入れられているのだ?
だんだん頭は冷静になってくる。
何故あのとき、寝室付近には誰もいなかった?
控えているはずの、侍女、護衛、侍従、警備すら1人もいないなど異常だ。王城の寝室の防音効果は言うまでもなく、式を挙げたばかりの配慮などという馬鹿げた可能性があるわけがない。
それに、おかしいのはクロヴィスもだ。彼が纏っていたのは夜着などではなく、通常の礼服であった。まるで、初夜を行うことは不可能で、非常時にすぐに動けるような態勢ではないか。
どう考えても。
「……嵌められたとしか」
「──やっと気付いたのか。愚鈍な女だな」
呟いた声を拾う声があった。聞き覚えどころか、馴染みのありすぎる声。
「…クロヴィス様」
「名を呼ぶな。…穢らわしい」
昨日まで、エヴリーヌに愛を囁いていた男の声だ。今の自分を見る目は、愛しいものを見るものではなく、ひどく冷たく、鋭い。
「エヴリーヌ=アストレイ。お前は、婚姻直後の初夜にて不貞相手を引き入れた罪、ひいては国家に対する反逆罪に問われることとなった」
「……」
「現場を私だけではなく、国王陛下、王妃陛下もご覧になっている。言い逃れはできない」
あの現場に、国王夫妻もいたことに、言われて初めて知った。
それはつまり。
「陛下と王妃様も、殿下の計画に加担していたということですね」
「その通り」
「私への好意が偽りならば、狙いは我が公爵家の抱える鉱山、商会による莫大な利益といったところでしょうか」
嘲笑交じりにクロヴィスは頷く。
「…なるほど」
始めから、愛などなかったのだ。
私の敗因は、クロヴィスの、それから王族の本質を見誤ったこと。裏の顔を見抜けなかったこと。彼の言葉を信じすぎたこと。
笑顔で欺くなど、貴族の常套手段だというのに。
ふふ、と可笑しくなってしまって笑いが漏れる。
自らの愚かさがあまりに滑稽で。
「…何がおかしい。お前は処刑されるんだぞ」
「そうですわね。反逆罪ということは一族郎党。今後の火種もろとも、ですものね?」
「分かっていて、何故」
不気味そうにこちらを見るクロヴィスに、嫣然と微笑む。公爵令嬢らしく、私らしく。
「ここまで計画的に陥れられては、残念ながら手の打ちようもありませんわ。片鱗でもあれば違ったのでしょうけれど、殿下含め、陛下も見事な手腕でした」
「……何を考えている」
「何も」
「………」
「信じられずとも結構。もとより、信頼などございませんでしょう?」
あくまで疑いの眼差しを崩さないクロヴィスに、最後までこちらも笑みを崩さない。私の誇りにかけて。
「──今回は、私の負けを認めますわ。けれど、此度のこと、決して忘れません。生まれ変わろうと、別人になろうとも必ず」
3日後。
アストレイ一族は公開処刑された。
嫡女であったエヴリーヌは最期まで背筋を伸ばし、凛とした姿であったという。
この話を書いたのは結構前で、正直言うと、後半の一部を書き直そうと思っていたのですが、気力が湧かず…。連載放置で申し訳ない(>_<)




