活路
付き合ってくださり、誠にありがとうございます!
はやく続きを書きたいー
「お時間を取らせてしまって、誠に申し訳ありませんでした」
メアンに軽く身支度を整えてもらってから部屋に戻って間もなく、スカーレットが戻ってきて、ルフェウスに深々と一礼する。
泣いた痕はメアンによって綺麗になかったことにされているけれどなんだか気恥しくて、フレイアはルフェウスの方を見られないままだった。
入室したスカーレットは思いのほかすっきりとした顔をしていて。彼女もまた、何か、ふんきりがついたのだろうと思った。
「単刀直入に申し上げます。私の『ギフト』は切るものを等分する力でした」
その言葉を聞いた時、フレイアは既視感に苛まれた。
どこかで、その『ギフト』を聞いた気がした。
「そう、大した力ではありませんでした。物理的にしか切れないので剣を使う上では便利だったのですが……」
微苦笑を滲ませるスカーレットに。フレイアはあっと声をあげそうになった。
蘇るのは一年前。
ルーンベル領の邸宅に帰還し、エマに過去に『ギフト』を持った者が居なかったかと訊いた時の記憶だ。
『料理人にひとり居ました。当時、まだ若い少年で……『等分することができる能力』だったかと』
「スカーレット様……もしかして……お母様の輿入れについてきて、伯爵家で料理人になっていましたか?」
そう問いかけるとスカーレットは笑った。
「エマだな? 何処から漏れるかわかったものじゃないな。その通りだよ」
何故、侍女ではなく料理人だったのかは不明だが。
いまそれはそこまで重要なことではないだろう。
気になったけれどフレイアは口を噤んだ。
「私は『ギフト』を失うことと引き換えに……ルミルの魂を、半分に切りました」
そして。続く言葉に息を飲む。
脳裏に過るのは一閃したしろがねの輝きと、母の微笑みと、スカーレットの涙だ。
「母は……私の『ギフト』を行使するのと引き換えに、命を落としたのですよね」
任意のものを入れ替えるのが母の『ギフト』だった。
どんな方法なのかはわからないけれど、母は十分な魔力を持たなかった当時の自分の魔力を肩代わりし、言霊の力により『神』を『亡霊』にして、死んだ。
「あぁ。君の傍に居たルミルの中に、半分の魂が……そして残りの半分は……君のその、首飾りの中に」
スカーレットの言葉に、思わずフレイアは首飾りに手を当てた。
当然、指先から伝わってくるのは自分の体温を帯びた、硬い宝石の感覚だけれど。
この中に母の魂があることがわかったいま、仄かなぬくもりを感じられる気がした。
「すまない、フレイア……私が、ルミルの魂を半分にしなければ……ルミルは生きていたかもしれない」
気づけばスカーレットが跪いていて。フレイアは慌てた。
「母が望んで、あなたは母の気持ちを尊重してくださったのでしょう。母が何のためにそんなことをしたのか……そして、何故、こうもこの首飾りの封印が強固なのか……それはわかりませんけれども」
慌ててスカーレットの腕を取るとスカーレットは微苦笑を浮かべながらも立ち上がった。
「申し訳ないが、ルミルがその首飾りに自分の魂を封印して何をしようとしているのか、私はわからない。だが以前問いかけた時、ルミルは『保険』だと言っていた……だからきっと、君のためになるものだ」
スカーレットは微笑むけれどその顔には陰りがある。
何か言えないことがあるのだと思ったけれど、追及してはいけない気がしてフレイアは曖昧に微笑んだ。
母のことは知らないけれど信頼している。
きっとスカーレットは自分が垣間見た以上のことを知ったのだろう。
「この首飾りの封印を解けば、母の魂が解放されるという事でしょうか」
言葉にして、それはとても魅力的に思えた。
魂だけの存在に会ったことはないけれど、どうにかしたら言葉を交わすこともできるかもしれない。
それにしても母は、何のために魂を半分にしたのだろう。
魔力は魂と結びつくものだと考えられているのだから、魂を半分にすれば当然、魔力も半分だ。
母は『ギフト』を用いる事で命を落とした。
母の魔力がどれほどのものなのかはわからないが、『神』を『亡霊』にするほどの力があったならかなり膨大だったと考えるのが自然だ。
そして母が魔力を肩代わりしなければいけなかったほどに魔力が少なかった自分が、いま膨大な魔力を持っているのは時を何度も繰り返したからで。
魂の半分として、この首飾りの中にいる母はそのことを知らないだろう。
そのことを伝えることができたらいいのではないかと思った。
「フレイア……その首飾りは本当に最後の『保険』のようだ。封印を解くことは考えない方が良い」
スカーレットは深く息を吐いてそう告げてくる。
何か知っているのだろうがきっと、自分は知らない方が良いことなのだろう。
「だが君が多重に掛けた『ギフト』……いいや自覚する前だから言霊の効果は切れていないと思うのでその封印は解いた方が良い」
「言霊……あっ」
スカーレットの言葉にフレイアは声を漏らした。
そうだった。ずっと母の死後、継母や異母妹に奪われまいとして『この首飾りはただの水晶』と言い続けてきたのは外ならぬ自分だ。
最終的に奪われる恐怖を捨てられなくて『肌身離さずもっていなさい』という母の言葉を忘れ、宝石を隠したのもきっと……母の予定を大きく狂わせる行為だっただろう。
「この宝石の中に母の魂が、私の『ギフト』で封じられているけれど……私が封じを解くことはできないという事ですね」
なんとなく。
勘に近かったけれどこの宝石の封じを解く条件がわかった気がした。
『保険』というからには本当に最後の希望のようなものなのだろう。
そしてその条件を恐らく知っているスカーレットが明言を避けるという事は……その条件は……もしかすると自分の死が引き金になるものではないだろうか。
確証はない。
ただの推測なのでフレイアは何も考えないようにしようとしたけれど、考えは止まらない。
もしも幾度も死んだ自分が、一度でも母の形見の首飾りを持っていたら……何が起こったのだろう。
魂の半分が封じられているということは母が現われるという事で。
魂だけの母が行使できるのは『ギフト』だ。
母の『ギフト』はいろいろなものを入れ替えるということで……
もしかすると母は……いざという時……自分が死んだ時……
自分の魂を生きている誰かと入れ替えるつもりだったのではないかと思った。
つまりそれは、自分と引き換えに誰かが死ぬという事で……
それはものすごく恐ろしい予想だったけれど。的外れではない気がした。
スカーレットと関わり、記憶を取り戻し、母のことがわかるようになってきた気がするけれど。やはりわからないと感じる。
それとも自分の子を産むと自分も同じように思うようになるのだろうか。
「……そういえば訊いたことがなかったね。『神』から『亡霊』になったあの存在は、どれほど弱体化したのか。なにせ、僕が知っている……母に憑依した時にはもう『亡霊』になった状態だったからね」
ルフェウスにそんなつもりはなかったのかもしれないが、まるで助け船のようなルフェウスの言葉にフレイアははっとした。
それは知っておかなければいけない、重要なことだ。
「元々、あの存在自身は不死の『ギフト』を持つただの人間だそうです。ルミルが語るにあの存在はこの世界に魔法があった頃から存在していたらしく……それが膨大な年月をかけて魔法を極め、憑依する相手を変えながら生き続け……この世界の管理者たる女神に神としての権能を授けられた、とのことです」
初めて聞く話にフレイアは眩暈を覚えてドレスの生地をそっと握った。
「お母様は……いったいどこでそんな知識を……?」
呟いてから、母が『旅人』だったことを思い出す。
「ルミルもすべてを把握していたわけではなかったのだけれど、ルミルが生まれる前の……前世というべきか……世界ではこの世界は創られた世界でしかなく。その中でその『亡霊』は討伐すべき相手だったそうです」
「神の権能とは何だったんだ」
世界の成り立ちについてはあまり興味がないのかルフェウスが問いかけ。
浅く頷いたスカーレットが淀みなく答える。
「ルミルは現代視と呼んでいました。世界中で起こるすべてのことを把握する力、とのことです」
スカーレットの言葉にフレイアは震えた。
「『神はすべてを見ている』か……そんな力があったなら僕達の目論見など潰されていただろうな」
「その力を失った事に、何故あの存在は気づかないのですか」
手の震えが止まらないことを恥ずかしく思いながらフレイアは問いかけ。スカーレットは口の端をくっと歪めて笑った。
「あの存在に、その力を持っていたことを忘れさせたからだ。君の『ギフト』は本当にとんでもないよ、フレイア」
魔力次第では神だった存在にすら通用する。
そんな自分の『ギフト』が恐ろしいものに感じられて。フレイアはこれからも言動に気をつけよう、と自戒した。
「それでもあの存在が脅威なのは変わらない。失われた魔法を極め遺物にも精通している。更に膨大な年月を生きているのに比例して魔力も膨大だ。あれは神ではないが、肉体という檻を壊しても逃げてしまうだけだ。故に魔力の塊のようなものだと思った方が良い」
「どうにかして力を削ぐ方法があればいいと思うんだけどね。だから僕は辺境伯家に伝わる神を殺せる遺物『カムサル』を求めたが……あれは神ではなかったんだね」
ルフェウスとスカーレットの会話を聞いていたフレイアは、やはり自分が『ギフト』を行使するしかないと思った。
膨大な魔力の前には自分の魔力など焼け石に水である可能性も高いが。自分の『ギフト』は力を削ぐことはできるはずだ。
魔法を忘れる事、あるいは正史を忘れる事……あとは……『ギフト』の書き換えはできないだろうか。
不死の『ギフト』を書き換えられたら寿命を超えた『亡霊』は消えることになるのではないだろうか。
いいや、そもそも不死とは何だろう。
肉体は朽ちているのだからもう死んでいるも同然だから『亡霊』と呼ばれているのではないか。
どうにかエウロ妃の肉体から追い出して、二度と肉体に憑依できないようにすればいい……?
いいや、魔力の塊のような状態で存在する以上、魔法を封じることはできるだろうが遺物への干渉は可能だ。
危険すぎる。
最も効果的と思われるのは不死をもたらす『ギフト』の書き換えだが、力の高すぎる相手には自分の『ギフト』が通用しない可能性がある。
その場合、とても危険性が高い。
それなら……最も確実な、方法は……
フレイアはそっと胸に手を当てた。
ふと思いついたことがあまりにも恐ろしくて震えそうになる歯を噛みしめる。
その方法は確実だが、確実に自分は死ぬ。
「フレイア?」
手の震えを気づかれたのだろう。
ルフェウスに声を掛けられたフレイアはどうにか微笑んだ。
無理やり笑っていることがまるわかりだろうが、それでも今は違和感がないだろうと思った。
「予想外のお話ばかりで……今になってすこし、恐ろしくなりました」
何も嘘は言っていない。
そう思いながら震える手を握り込むとルフェウスが気づかわしげな眼をする。
それだけでふんわりと膨らむ優しい気持ちを持て余しながら。
フレイアはそっと覚悟を固めた。
あんなやり取りをしたけれど。
やはりあの存在を殺すには自分がどうにかするしかない、と思った。




