知る者
幕間のようなものです
はやく全部書きたい、
もっと深く考えてから書きたい、
心がふたつあります
「おはよう、メアン。ルーンベル伯爵令嬢の様子はどうだったかな」
執務室に足を踏み入れたルフェウスは当然のように紅茶を淹れる侍女に声を掛けた。
第一王子の執務室にしては手狭な印象を受ける室内には銀縁眼鏡をかけた青年がもうひとり居て。書類を広げながらちらりと上品な佇まいの侍女に目を向けた。
「かなりお疲れのようでしたが施術をいたしましたところ、かなり回復されたようです。栄養状態も思わしくないので食事を工夫していこうと思います。また、学園に登校されることが憂鬱な様子でしたので私も付き従うことにいたしました。『いま』は馬車の中でご一緒しておりますが『生徒の使用人』は学園に入ることができませんから後程変装して合流する予定です」
メアンはよどみなく答えて微笑み。ルフェウスは肩を竦めた。
「つくづく君の『ギフト』って便利だけどしんどそうだよね。頭が疲れそう」
「頭脳労働さえ重ならなければ支障はありませんよ。その気になれば食事を一瞬で済ませることができて便利ですし睡眠だって人より短くて済みます」
「そんな使い方をするのは君くらいのものだ」
「それで」
笑顔で言葉を交わすルフェウスとメアンに向かって銀縁眼鏡の青年が声を上げた。
「どういう気まぐれなんですか、殿下。急にルーンベル伯爵令嬢を傍に置こうとするなんて。まさか一目惚れ……?」
「はっはっは、もしもそうなら面白かったんだけどね。残念ながら違う……ヴァシル」
ルフェウスは笑みをふと引っ込めて声を潜めた。
意図を察した銀縁眼鏡の青年、ヴァシルが唐突に指を鳴らすと部屋の中の空気ががらりと変わった。
「彼女が『前回』と違う行動を取ったからだ。何度か繰り返してきたけれどそんなこと初めてだったから……もしかすると彼女がこの状況を打開する鍵なんじゃないかと思ってね」
ヴァシルが大丈夫だというように頷くとルフェウスが高揚を抑えきれないと言った様子で説明し。その言葉にヴァシルは眉を上げ、指先で眼鏡の位置を直す。
「彼女か、彼女以外の『ギフト』の影響でしょうか。それとも……稀に現れるという異世界からの『旅人』でしょうか」
「『ギフト』に関してはまだなにもわかっておりません。ただ、巧妙に隠されている可能性は皆無ではありませんが、フレイア様が『旅人』である可能性は低いと思われます」
目を伏せて呟くように答えるのはメアンだ。
「そうだねぇ。昨夜初めて話したけれど、彼女は『伯爵令嬢』だったよ。環境のせいでかなり苦労はしていそうだけどね」
メアンに追従したルフェウスは軽く顔を顰めて、ちいさく溜息をついた。
「彼女は正史では一年後に死ぬ。一年間、彼女を僕は見ていようと思う」
低められた声は微かに掠れていた。
一年後、彼女を『どうする』のか。
ふたりはそれを問わなかった。
「やれやれ。つくづく損な役回りだよね、僕」
肩を竦めて笑ったルフェウスはメアンの用意した紅茶を口にする。
優雅にティーカップに触れる指だけが微かに強張っていた。