再会
ピザやケーキ切り分けるの、苦手なんですよねー
以前使っていた部屋は物置だったので案内されることはなく。
案内されたのは以前、空いていた部屋だった。
当然、この屋敷にも当主のための部屋はあるが。フレイアの中ではまだ父の部屋であるという印象が強かったので、その采配はエマの配慮の結果だろう。
会わなくなって八年が経っていたが乳母だったエマが整えてくれた部屋はまるで元々自室だったかのように居心地が良かった。
皆で食事を終えた後、旅の疲れを浴場で癒し、ゆったりとした寝間着を纏ったフレイアは部屋を訪れたエマと久々の再会を改めて喜んだ。
「マリアは……元気かしら」
どうしてもエマの顔を見ると我慢できなくて侍女だったマリアのことを訊いてしまう。
会わなくなってもう季節はひとつ、過ぎ去った。
姉妹のように育ち、八年前から過酷な環境でもずっと支え続けてくれたのがマリアだ。
いまだってどうしようもない寂しさはあるが、どうか少しでも穏やかに暮らし、命を脅かされることなく幸せになってほしいと祈るばかりだ。
「はい、家で弟妹の世話を焼き、元気にしておりますよ……フレイア様」
エマの言葉にほっと息を吐いているとエマが改まって姿勢を正した。
「この度は娘への特別なご配慮、痛み入ります」
「いいえ……これからも一緒に居られたらよかったのだけれどマリアが苦しむかもしれないと思っての判断です。その判断が間違っていないことを、いまは祈っているわ」
継母に脅され『あの夜』帰りの馬車の鍵を故意に開けておくように言われていたマリア。
結局『あの夜』の惨劇は起こらず。フレイアに瑕疵は及ばなかった。
けれど良心の呵責に耐えきれなかったマリアは脅しに屈して馬車の鍵を開けるつもりだったことを打ち明けてくれたのだ。
『家族と主人を秤にかける使用人を傍に置くべきではない』とルフェウスやメアンには言われたけれど。マリアは抗えない環境にあったのだから過度に責められるべきではないと思ったし。いまもその考えは変わらない。
けれどマリアの母であり、長年メイドを勤める誇りを持つエマはきっとマリアを強く咎めただろう。
誰にも責められなかったマリアがそれで、ほんの少しでも楽になってくれたら良いと思う。
「すべては私の不徳の致すところ……」
「いいえ、今思えば罪を犯した父を止められず、継母と妹を増長させることしかできなかった私にも責任があります。でもいつか、年月が解決してくれたなら……またマリアに会いたいわ」
フレイアはひっそりと言葉を漏らした。
もしも。記憶を留めたままもう一度……あの舞踏会の夜ではなくもう少し前の過去に戻れたなら……自分はきっとどうにかしてマリアが脅されずに済むように尽力しただろう。
それほどまでに苦楽を共にしたマリアの存在は大きかった。
「本当に、マリアが居てくれなければきっと私、ひとりぼっちで寂しくて死んでいたかもしれないもの。それにマリアの『硬くなったパンを柔らかくする力』がなければ食べるものもなくて、もっと惨めだったと思うわ」
しみじみとマリアが居てくれたありがたみを思い返す。
理不尽な目に遭って、惨めな上に疲れて、更に食事までまともに摂れないほどだったなら世を儚んでいた可能性だってあるのだ。
「ありがとうございます……」
そんな気持ちが伝わったのか、姿勢を正していたエマの声が微かに震えた。
「今回領地に戻ってきたのは視察以外にも理由があるの」
幼い頃好きだった、濃く出した紅茶にミルクをたっぷり注いだものを用意してくれるエマにフレイアは声を掛けた。
すべてを打ち明けるわけにはいかないけれど、母と仲の良かったエマなら自分の『ギフト』や母の首飾りについて何か知っていることがあるかもしれないと思ったのだ。
「この首飾りのこと、憶えてる?」
問いながらフレイアは首から下げている首飾りをエマに見せる。
「勿論。懐かしいです……ルミル様が肌身離さずお持ちだったものですね」
当然エマは知っていて。湯気がふんわりと漂うカップをフレイアの前に丁寧な所作で置き、首飾りを見つめた。
「どういう経緯でお母様が手に入れられたものか、エマは知っているかしら」
首飾りを見つめるエマは懐かしげで、少し寂しそうな眼をしていて。
どこまで訊いていいものかと迷いながらフレイアは問いかけた。
「元は成人のお祝いに当主様より贈られたものと聞いております。ご実家のヴァーシュ侯爵家お抱えの細工師の手によるものと」
「ヴァーシュ侯爵家……」
ヴァーシュ侯爵家の領地は山脈の向こうに広がっている。
旧い家ではあるが土地がやせた領土であるため、遊牧民が多く。
主に狩猟で得た動物の毛皮や骨から作る工芸品や木材、鉱山から採れる鉄や宝石の採掘で成り立つ領地だ。
母の葬式の時に当主代理であるという伯父と祖母には会った記憶があるが、大きな悲しみを持て余した自分はそれどころではなかったのであまりよく憶えていない。
思い出そうとして思い出せたのは領主一家とは思えないほど荒れて節くれだった温かい伯父の手と、聞いているだけで胸が苦しく悲しくなってしまいそうなほど優しい祖母の声だ。
母は侯爵家の次女だった。
金目当てで嫁いできたのだと父はことあるごとに口汚く言っていたけれど。
東の守りを固めたいという狙いのある、当時の王妃殿下の命令だったことを知った時は……母はどんな気持ちでこの家に嫁いできたのだろうと考えてしまったものだ。
「石に関してはわかりませんがルミル様の眼にもフレイア様の眼にもそっくりな色でございますね……本当に、フレイア様はルミル様に……失礼しました」
唐突に言葉を切ったエマが詫びてそっと目元をハンカチで拭う。
「いいえ……教えてくれてありがとう、エマ。あと……実は私にも『ギフト』があるそうなのだけれど何か知らないかしら」
「そうなのですね! 魔力がとても高いことは私も存じておりましたが……そうですか、『ギフト』が……申し訳ありません、フレイア様の『ギフト』に関しては何も」
「そうよね、ありがとう」
礼を言ったフレイアは明日にでも母の部屋を探してみようと思った。
貴重な宝石などは恐らく継母が持ち去っただろうし。発現前の自分の『ギフト』についてわかるとは思えなかったけれど。ふと母の面影を追ってみたい気持ちになったのだ。
「あと……お母様が生きていた頃、『ギフト』を持った人はお母様の他にいた?」
自分の『ギフト』と首飾りに宿る何かを封じたのが誰か。
その糸口も何か掴めたらよいと思ったけれどエマは難しい顔をして考え込むばかりだ。
「ルミル様以外ですか……黙っている者が居たらわかりませんが料理人にひとり居ました。当時、まだ少年で……『等分することができる能力』だったかと」
便利そうでしたよ、と微笑ましそうに頬を緩めるエマを見て。フレイアは便利そうだが使いどころが難しい能力だとこっそり思った。
料理人は天職だっただろう。




