幕間 責任
重い空気が、静かに満ちていた。
木の軋む音ひとつすら響かぬほどの沈黙の中、村長宅の奥座敷に、四人が集まっていた。
村長、フィギル、シスターレア、そして王女ジーナの従者――メリア。
テーブルの上に置かれた魔術の伝達石が、微かに蒼く光を帯びている。
「……以上が、王都からの回答だ」
フィギルが言葉を吐き出すように告げた。
その声音には怒りでも悲しみでもなく、ただ深い疲労と絶望の色がにじんでいた。
メリアの肩がびくりと震える。
「――なんですって…?」
「三日間は“捜索”を認める。だが見つからなければ、“死亡したものとして処理する”。子爵には、その責任を取ってもらう、とのことだ」
「ふざけないでっ!」
椅子を蹴って立ち上がったメリアが、拳を握りしめて叫ぶ。
「ジーナ様は巻き込まれただけ! 生きて誰かの元に連れ去られてる…それを“死んだ前提で責任取れ”ですって?!」
「……間違いなく、国王の勅命だ。こうも書かれている。“第3王女は王位継承に関わらぬ立場であり、正規兵の投入には及ばぬ”と」
フィギルの声は低く、唇が震えていた。
「それどころか、“この件が王家への不信につながれば、責任の所在は領土そのものにある”とも…」
「つまり、ジーナ様を“使い捨て”にしておいて、失敗すれば“領土全体のせい”だって言ってるのですね…。あんな護衛団を付けた責任もとらずに!」
メリアの声が震える。だが怒りではない。
それは、従者として背負ってきたすべての誇りが、無惨に踏みつけられた痛みによるものだった。
「ジーナ様は……っ、王族として生まれた事にいつも悩んでいました。それでも、この遊行で、変わろうと、決意なされたのです! その矢先に…!」
「――メリアさん」
静かな声で、レアが口を開く。
「ジーナ王女がどういう方なのか、私たちは多少でも理解しているわ。それでも…王国は、“駒の損失”としか見ていない。それが、現実なのでしょう」
「…レアさん…」
「ですが、この村の住人は今も必死で捜索してます。なら、従者のあなたが、その命を見捨ててはならないわ。諦めては駄目なの」
メリアの瞳が揺れた。
「…諦めるわけがない…っ。何があっても、必ず助け出します…!」
「その言葉が、力になりますよ。きっと…」
フィギルは、重く息を吐いた。
「…王国は、切り捨てた。責任は、私に押しつけられた。ならば――私のやるべきことは、決まっている」
彼はまっすぐに顔を上げた。
「――信じて待つ。その結果に責任を取る。それだけだ」
「…そうね」
レアが微笑んだ。
「祈りましょう。…必ず見つけてくれると」
「――女神様にな」
フィギルは、伝令石を見つめながら、強く拳を握った。
(―こんなところでは終われない…)
(…頼む…頼む!!)
#
靄が森の奥から流れ込み、空気に湿り気が増してくる。
ぬかるみの始まる手前――森の地形がわずかに下り坂になっている辺りで、イザークたちは立ち止まった。
「この感じ、もうすぐ湿地に入るな」
イザークが地面を指差す。
その先には、はっきりと“人ひとり”分の足跡が続いていた。
「ここだけ、別だな。複数人の痕跡と」
「ほら……踏み込みが深い。走ってた跡よ」
エリーがしゃがみ込み、短刀を鞘に戻して地をなぞる。
「…足跡を発見して、追ってる感じだな。誰か一人、先に進んでる」
「たぶん……アイオンだ」
イザークの声が低くなる。
「さすがに森で行動し慣れてる奴は違うな。あの野営地に適した広場を見つけて、不審に思ったんだろうな」
「…魔物の死骸もあった。戦闘も難なくこなしてるって感じ」
ビアンカが槍の石突きを軽く地に打ちつけた。
「…ここいらじゃ見ない、強い魔物だけど、あいつ余裕で捌いてたみたいだし…やっぱり凄いわ」
「オニク、水気どう?」
エリーの問いに、オニクが魔力を込めて手のひらをかざす。わずかに霧が集まり、彼の周囲を包む。
「まだまだ先だけど大きい川があるね…もし追い詰められたら、飛び込む選択肢もあるかも」
「村の方に流れてる川の大元ね。でも、この先だと険しい崖があるわ。飛び込むなんて…」
「となれば、“どこで降りるか”だな。森を区切るように崖があるなら、デオール領に向かうには渡る必要がある。流れが緩い場所に向かってるはずだ」
ウルが盾を持ち直し、湿地帯を見やる。
「でかい崖なら限られてくる。こっちにはオニクがいるから探しやすいはずだ。急ごう」
「ビアンカ、ここから先はこっちで追う。自警団はここまででいい」
「了解。念のため、森の入り口で迎撃体勢を整えておくわ。もし戻るなら、そのときは援護する」
ビアンカは頷き、自警団と共に後方へ引き返していった。
イザークたちは、静まり返った森の奥へと目をやる。
――風が止み、足跡だけが彼らを導いていた。
「……この先に、行ったんだな」
イザークが呟いた声は、誰にというわけでもなく、ただ夜の森に吸い込まれていった。
四人は足跡の先、湿地へと続く道を睨みつけ、慎重に前進を再開する。
その先に待つものが、追いつくべき希望か、阻むべき闇か――それはまだ、誰にもわからなかった。
#
森に、微かな水音が重なる。
オルババ村へと続く川――その川沿いの獣道を、ライアは無言のまま進んでいた。
双剣の切っ先には、まだ乾ききらぬ血が残っている。
その正体は、すでに倒されたアーススパイダーのものだ。
森の闇に潜んでいた蜘蛛型の魔物は、地中から現れた瞬間に片方の剣で胴を裂かれ、反撃する間もなく絶命していた。
その少し前には、木の枝に潜んでいたハーピーの群れとも遭遇している。
3体。すべて空中で落とした。
手早く、静かに。音も気配も残さない動きは、まさに“狩り”だった。
(…賊の気配は、ない。足跡も、煙の匂いも)
ライアは立ち止まり、辺りの空気に集中する。
森の土に触れてみても、人の踏み跡は見つからない。
風に乗る匂いも、獣と水と草のものばかりだった。
(完全にハズレね。でも、これだけ村に似つかわしくない魔物がいるなら、処理していかないと、いずれ村に被害がでる)
再び剣を収め、川沿いの道を歩き出す。
誰かの痕跡を追っているというよりも、魔物の掃討を進めながら森を見回っている――そんな行動だった。
(まぁ、やるだけのことはやりましょう。きっとこれで…アイオンは化ける。そうなれば、借りは返し終えるはず)
川の流れが静かに続いていく。
賊の痕跡はどこにも見当たらなかったが、森の“歪み”は確かに存在していた。
ライアは静かに息を吐き、再び歩き出す。
――双剣の美女は、まだ川の先を目指している。




