表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/152

迫る傲慢

朝露の残る地面に、陽が少しずつ差し始める初夏の朝。


オルババ村の広場には、いつもより多くの村人が集まっていた。


まだ肌寒さの残る空気の中、田畑の支度も後回しにして、人々の視線は一人の女性に向けられている。


村長オルババが立っていた。

陽に焼けた肌と鋭い眼差しが、普段の厳格さを物語っていたが、今朝はその目にわずかな緊張が宿っていた。


「――みんな、よく聞いてくれ。フィギル子爵より伝令があった。4日後、王族がこの村にいらっしゃる」


その一言に、どよめきが広がる。


「…王族って、ローズレッド王国の?」

「なんでこんな田舎に?」

「めんどくさい〜!!」


口々に不安と驚きを漏らす村人たちに、オルババは手を振って制した。


「落ち着け!……王女殿下が“視察”に来るそうだ。どんなに狭くても、なにもなくとも――ここは私たちの村だ。恥をかかせるな」


沈黙が降りた。

その中で、オルババは若者たちへ視線を向ける。


「マリオ、グレン、トーゴ、エルナ、ハンジ。お前たちはラクトと一緒に街道付近の森を回ってくれ。魔物の様子がおかしいとの報告があった。見たことのないハーピーも確認されている」


「ハ、ハーピーって、マジかよ…」


ざわつく村人たちを制し、オルババは続けた。


「落ち着け! アイオンが数体、すでに討伐している!が、まだ潜んでいる可能性はある。注意して探索し、発見したら刺激せず撤退してくれ」


「了解」

「騒ぎになったら、王女どころじゃねぇもんな……」

「それどころか不敬罪で首をハネられるかも…ひぃー! お前ら、真面目にやれよ!」


苦笑交じりに言いながらも、自警団の面々は真剣な顔で準備へと散っていった。


村の中は次第に慌ただしさを増していく。

掃除道具を手に走る子どもたち、干していた布を取り込む主婦たち、道端の石を拾う老人の姿もある。


そんな喧騒の外で、アイオンは村の井戸のそばに腰を下ろしていた。


(――ローズレッド王国王女、ね)


井戸の水で顔を洗い、深く息を吐く。


(新女神教に支配されている王族、か。クソ女神に関する話じゃなさそう。なら、関わる事もないか…)


(――森に入るかな。ハーピーが出たら、自警団じゃ対処できない)


家に戻ってバッグを取り、セアラたちに伝えて森へ向かった。



2日後、バルナバから北へ伸びる街道。

まだ整備の最中で、砕かれた石と土が剥き出しになった道を、数人の人間が黙々と作業していた。


イザークとウルが先導し、地ならしと警戒を担当している。

久しぶりのパーティ活動だったが、状況は芳しくない。


獣の足跡、枝折れた藪。

最近になって魔物の数が異常に増えていた。

特にゴブリンやウルフの出現頻度は、これまでにないほどだ。


「やっぱり森の奥から追い出されてるのかしらね。妙に縄張りの境界が荒れてるし」


エリーが呟き、オニクがうなずく。


「…奥で何かが起きたか、人為的に“流した”か。どちらにしても自然じゃない」


緊張が走る中、遠くから馬蹄の音が近づいた。


――ジーナ王女一行の到来である。


馬車を中心に、赤い外套の護衛団が騎馬で道を割って進んでくる。

先頭には、尊大な態度の男――ガーリン・デュラント。


「そこをどけ!王族が通る!民は道を開けてひれ伏すものだ!」


その一声に、整備していた村人たちがざわめいた。


「はぁ? 何様のつもりだ?」

「仕事中だってのに、なんだよその態度」


だが、ガーリンは構わず命令を飛ばす。


「道を塞ぐ者には処罰を――! そこ、避けろッ!」


護衛兵が棍棒を振り上げ、作業していた老人の肩を小突いた。


「このっ…!」


思わずイザークが飛び出す。


「てめぇ、今どこを叩いたと思ってんだ!」


がっしと護衛兵の腕を掴み、威圧する。


「彼らは領主の依頼で仕事中だぞ? 勝手な事してんじゃねぇぞ!」


エリーも前に出る。


「今の、見てました。…あなたたちのやってること、明らかに過剰です」

「無礼な――!」


護衛が剣に手をかけた瞬間、背後からフィギルの声が飛んだ。


「やめろッ!!」


その一声に、空気が震えた。


フィギルは馬車から降り、泥の跳ねる道を踏みしめながら前に出る。


「ここは私の領内だ。民に手を出すことは、私の許しなくしても許されない」

「王女を護るのが我らの責務。治安維持のために排除したまでだ」


ガーリンが鼻で笑う。


「“排除”と“暴力”は別だ。それを理解できぬなら、護衛の資格はない」


馬車の中から、ジーナが姿を現す。


「やめなさい、ガーリン!」


その言葉に空気が止まる。

だが――


「――殿下。ご自身の立場をお忘れなきよう。“道を作る”のは我らです」


冷たい刃のような言葉だった。


ジーナの目が揺れる。

――「王女が口を出すべきことではない」

何度も浴びせられてきた冷笑。

声を上げても届かない現実。


(私は…また、止められなかった)


拳を握りしめ、唇を噛む。


(王女であるのに、何もできない。…いえ、“王女だから”何もできないのか)


その時――


「――相変わらず、下劣な人間性だね。ガーリン・デュラント。伯爵家なことだけが取り柄のろくでなし。…弟が家を継ぐんだって?」


オニクが歩み出た。

ガーリンが睨む。


「何者だ、貴様」

「セルヴァート伯爵家のオニク。…今はただの冒険者だけどね」

「ほう? 地位を捨てて野良犬になった愚か者か。そんな身分で我に意見すると? 卑しいな」


にやりと笑うガーリン。だが、その目に警戒が混ざった。


「セルヴァートの名、久しいな。父の代で我が家とやり合って、見事に負けたのだったか」

「汚いやり方で得た“勝利”が誇るのか。随分と無様だね」


オニクが一歩進むたび、護衛兵たちが剣に手をかける。

イザークも剣を握り、ウルが立ち塞がった。

エリーも短剣を構える。


「どうする? ここでやり合う? 王女の護衛が君たちの仕事だろ? 支障が出るね」


フィギルの声が重なる。


「剣を抜けば、私は王族に正式な抗議をする。私の領地で、民に剣を向ける護衛など寄越すなと!」


空気が凍るように張り詰めた。


「くだらん」


ガーリンが舌打ちし、剣から手を離す。


「野犬に吠えられたところで、こちらの格は落ちん。――進め!さっさとオルババ村へ行くぞ!」


冷笑しながら馬に跨る。


「――そのうち、“本物の誇り”を見せてやるさ」


オニクは小さく笑った。


「誇り? 安っぽいセリフだ」


馬車が遠ざかる中、ジーナは振り返り、オニクを見た。


(…彼は、“捨てた”んじゃない。選んだんだ。自分の意志で)


思わず自らの手を見る。


(…オルババ村で、何が見えるのかしら)


一方、フィギルは馬車に戻りながら息を吐く。


(今の貴族の姿、それを止められない王族。…全部が、腐ってる!)


彼の中に芽生えた怒りは、もう収まらなかった。



一行の背が森の奥へと消えていく。

残ったイザークたちは、去っていった護衛団の赤い背中を見つめていた。


「ったく!気に入らねぇな、あいつら」

「王族を守る立場とは思えんな。あれじゃ民衆の敵だ」

「…特に女性や子どもは危ないわね」


エリーの言葉にオニクが短く息をつき、頷いた。

イザークは剣を握り直す。


「俺はオルババ村に向かう。…まだあの村の住人だからな」

「僕も付き合うよ。シスター達に被害が出たら、貴重な神聖術が失われる」

「面倒事はゴメンだが、まあ行くか。どうせ逃げ場もねぇ」


ウルが盾を叩いて笑う。


「…カーラが心配。あの子、喧嘩っ早いし」


四人は振り返り――オルババ村の方角へと向かった。


小さな村が、これから何を迎えるのか――

彼らの胸には、その重さが静かに積もり始めていた。


そして――

その街道のずっと先。

人知れず、幾人もの“旅人”たちが、すでにオルババ村へと忍び込んでいた。


静かに、しかし確実に。

火は、風に煽られていく――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ