表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/152

番外編 誓約

アイオンが目覚めてから2日が過ぎた。


教会に招かれたイザークは、内心で愚痴をこぼしていた。


(ったく、雪が止んだんだから、さっさと帰ればよかったのによ…)

ケニーのせいで余計な面倒事に巻き込まれた――そう思うと苛立ちが募る。


まあ、自分の活躍のおかげでどうにかなり、村人や少女の家族には感謝された。

その点は悪くなかったが――


(…あの兄ちゃん、村の人間じゃなかったのか)


ふと、あの時すれ違った男――ジェダに目をやる。彼は自分のパーティメンバー・ウルと親しげに話していた。


(ケニーさんもいて、俺たちもいて、あいつもいる。村の人間じゃない者を集めてる。なにがあるんだ?)


「ごめんなさい、待たせたわね」

「わざわざご足労いただいたのに~申し訳ありません~」


詫びながら入ってきた二人のシスター。


ひとりは金の髪を一つにまとめ、どこかエルフの特徴を持つ美しい女性。

もう一人は栗色の髪を下ろし、にこやかな微笑みを浮かべる女性だった。


「ケニーさん以外に名乗る機会がなかったわね。私はレア。隣はベティ」

「ベティです~。よろしくお願いします~」


(…ベティさん、やっぱりタイプだ…)


どストレートに好みだった。大きな瞳、小柄な体格、そして大きい――


「ぐわっ!」

「?どうしました~?」

「いえっ!お構いなく!進めてください!」


隣のエリーに足を踏まれ、慌てて姿勢を正すイザーク。エリーは彼の代わりに返事をした。


そして話が始まる。



「時間を取らせても悪いし…すぐに本題に入るわね。あなた達を集めた理由、わかるかしら?」

「私たちは、この村の人間ではありませんね」


ケニーが即座に答える。


「そうよね。だからこそ、必要な話をします」


レアが真剣な表情になる。


「簡単に言えば――この村で起きたことを、誰にも言わないでほしいの。特に…アイオンが禁断の森に行って、帰ってきたことを」

「な、なぜですか?とんでもないことですよ!? この国だけじゃない、他国にも伝えられる偉業です。禁足地のひとつに、一人で入り、五体満足で帰還し、薬草まで採ってきたなんて…!」


ケニーの声が高まる。確かに、それほどの話だった。


「それなんだけど…実際には、アイオンは森の奥まで進んでないのよ。魔物とも遭遇していないって話なの」

「と、言いますと?」

「入口付近で、偶然グリフォンの排泄所に出くわしたそうよ。その匂いを体中につけて、潜むように進んだんですって」


強い魔物の排泄物は、縄張りの印だ。

「ここは俺の領域だから近づくな」と、暗に周囲へ伝えている。


「アイオンさんが、そう言ったんですか?」


ケニーが問いかけると、レアが頷き、ベティが続ける。


「はい~。とても恥ずかしそうに話されていました~。そのまま、グリフォンの縄張りの中を移動して~、奇跡的に赤い薬草を発見できたのでは~?と」


もちろん嘘だ。

だが、アイオン本人の了承は得てある。


女神教では“意味のない嘘”を禁じている。

これは“意味のある嘘”だった。

ここにいる5人を黙らせ、アイオンを守るための。


「ふむ…それなら、顔や腕に傷がなかったって話にも納得できるな」


ジェダが口を開いた。


「コケたときの傷からは血が出てたって言ってたが、回復薬の痕跡はなかった。ゼアスもそう言ってたしな」


ジェダは静かに考える。


(…C級以上の魔物しかいない森に入って、無傷で出てくる? どれだけの強者でも無理な話だ。…だが、隠れてやり過ごしたってんなら…魔力操作は確かに凄そうだが、魔力量自体はそれほどじゃない)


禁断の森に関しては、新女神教でさえその詳細は知らない。

ただ、“外の世界の魔物とは根本的に異なる可能性がある”ということだけは伝えられている。


(やはり御使ではない? それならそれでいいのだが…)


思索に耽るジェダを探る視線には、誰も気づいていなかった。


「…だから、この話が外に出れば、赤い薬草を求めて、アイオンに採取を迫る者が現れる。私たちは、それを防ぎたいのよ」

「アイオンさんの~身を守るためです~。…皆様、誓っていただけませんか~?」


「俺たちは別にいいけど…な?」

「そうね。正直、そういう理由じゃなきゃ信じられないし」

「構わないぜ」

「…僕も」


イザークたちは頷いた。残るはあと二人――。


「…赤い薬草を採りに行けるなら、素晴らしいことだと思いますし、商品価値も凄まじいんですが…」


ケニーは悩んだ。

奇病に効果のある薬草。

それを持ち帰れば、とんでもない高値で取引できる。

11歳以下の跡継ぎを救うため、貴族たちは金に糸目をつけないだろう。

…新女神教へのお布施も減らせる。


「その噂が広まるのも避ける必要がある。希望に縋りたい親たちが、ラクトのように森へ殺到するかもしれない」

「…治るって分かったら、そりゃ行きたくもなるさ。俺の村の友達も、“女神の印”に選ばれて――ぎゃあ!」


イザークは隣のケニーに足を思いっきり踏まれる。


「おい!なにすんだよ、ケニーさん!」

「…お前は本当に迂闊だな」

「は?何がだよ!?」

「――前」


言われてイザークが顔を上げると、そこには――。


笑みを浮かべながら、目だけが全く笑っていない、明らかに怒っているベティの顔があった。


「え?…あ」


重大さに、ようやく気づいた。

"女神の祝福"だと伝えられている原因不明・対処困難な“奇病”。


新女神教が作った方便を、女神を信奉する旧女神教のシスターの前で言ってしまったのだ。


場が凍りつく。


イザークはベティから目を逸らせず、

エリーたちは呆れ顔で、黙ってうつむいた。


「…ベティ」

「……」

「ベティ」

「…申し訳ありません~。どうぞ続けてください~、イザークさん~」


にこやかに、しかし目は全く笑っていないまま、ベティはイザークに微笑んだ。


「い、いえっ! 結構です!!」


(あ、あんなに怖い目…人生で初めて見た!!)


「はぁ〜。ごめんなさいね。この子、まだ若いの」


レアがため息混じりに謝り、話を続けた。


「――患ってしまった子を助けたい。私たちも同じ気持ちよ。今回、ナリアが奇病にかかり、アイオンが奇跡的に薬草を採ってきてこれた。だけど、その奇跡が広まったら、次を望む者が続き…犠牲者が増えていくかもしれない」


「アイオンの事を、“奇跡の象徴”と見なすかも。けれど、それをできなかった人たちは、遺族は…彼をどう思うかしら?」


「…確かにな。奇跡を起こした存在に縋りたくもなるし、自分たちは駄目だったのに、なぜお前は!と、嘆くか」


ジェダが呟くと、誰もが黙って頷いた。


奇跡――それは、時に人を救う光であり、時に命を蝕む毒でもある。

一度起きれば、誰もが次を望む。

けれど、次がなければ――人は絶望するのだ。


「わかりました。口外しないことを誓いましょう」


ケニーが頷く。


「ありがとうございます、ケニーさん。あなたは?」


そう言ってレアは、ジェダに視線を向けた。


(ここで断ったら、アイオンを探る機会が失われる。なら――)


「もちろん! 誓うぜ!」


言葉だけの約束――それに効力などない。そう思っていた。


「――本当に? みんな誓ってくれる?“禁断の森に入って薬草を採取し、戻ってきたアイオンのことを、口外しない”という誓いを――女神様に」


レアがあらためて確認する。


「えぇ! ケニーは誓いますとも!」

(今後の取引にも関わるしな。ここでポイント稼いどこう)


「イザークも誓います!」

「エリーも誓います」

「ウルも誓う」

「…オニクも、誓います」


皆、この話を早く終わらせたかった。

そして3人は迂闊なイザークへ文句を言いたかった。


「ジェダも誓うぜ!」


ジェダも表情ひとつ変えず、あっさりと。


「そう! ありがとう! 女神様と、ケニー、イザーク、エリー、ウル、オニク、ジェダの誓いが結ばれたことを、シスターレアが見届けました」

「シスターベティが見届けました〜」


――?


首を傾げる一同をよそに、レアとベティは手を合わせ、神聖術を詠唱しはじめる。


次の瞬間、白い光が教会を包み――それは空へと伸びる白い柱となった。


そして――光は、すっと消えた。


「い、今のは!? 我々に何をしたんですか?」


ケニーが驚きながら尋ねる。


「あなたたちと女神様との“誓約”を仲介したのよ。私たち二人で」


レアは、静かに、穏やかに笑っていた。


「これは神聖術のひとつです〜。今の女神教には、もう伝わっていないでしょうが~」


ベティもまた、ニッコリと笑いながら言った。


「…と、言いますと?」


ジェダが慎重に問い返す。


「冒険者が秘匿依頼で使う“契約書”、あるわよね?」

「あ、ああ。特殊な依頼で外部漏洩を防ぐやつだな…」


イザークが答える。


「それと同じようなものよ。違いは――破れば確実に“死ぬ”ってことと、解除方法がないってこと。…もし偽名や嘘の言葉でも、関係ないわ。魂に根付いた契約だからね」

「ただし、使うには“女神様由来の神聖術”を2人で唱える必要があります~。ずっと昔に失われた儀式ですので~、知ってる人はもう限られてます~」


「私は長く生きてるから知ってたけれど」

「でも、構いませんよね~? 皆様、“言わない”って、私たちと約束してくださいましたし~。それを女神様ともしていただいただけです~」


二人は穏やかな笑顔を浮かべたまま、言った。


「あっしは別に構いませんよ。言わなきゃいいだけでしょ?」


金の種が減ったとしても、その程度なら許容範囲だと、ケニーは商人の頭で割り切った。


「言わなきゃいいだけだし、忘れりゃいいし…構いませんよ!な? みんな?」

「うん。びっくりしたけど、言うつもりなかったし」

「構わない。でも、最初に説明はしてほしかった」

「――興味深いね。他にも失われた儀式はあるんですか?」


イザークたちは、もともと口外する気などなかった。


「おう!」


(…そんなの知らねぇぞ!? 今のは本当か?それを見破る術も情報もねぇ…くそっ!だが今は、笑って誤魔化すしかない!)


焦るジェダ。

だが、動揺を見せるわけにはいかない。


そんな5人を見つめながら、レアとベティは満足げに言った。


「そう言ってくれて嬉しいわ。ありがとう! 話は以上よ」

「わざわざご足労いただき~ありがとうございました~」



その後、教会には2人だけが残った。


「なんとかなったわね」

「はい~。やはり、俗物共には失われた儀式のようですね~。女神様に祈ることを忘れて、なにが“女神教”なのか…です~」


ベティは皮肉をこぼす。

もう少し柔らかくなってくれればいいのだけれど。


「まあ、よしとしましょう。これでアイオンの行動が外に漏れることはなくなった」

「はい~。村人とは既に話がついてますし~、誓約も交わしてますからね~」


「アイオンが女神様にとって、そして私たちにとってどういう存在なのか…それは、まだ分からない。けれど、これが今できる最善ね」

「はい~。願わくば…女神様が喜んでくださいますように~」


二人はそっと女神像を見つめた。

その表情はいつもと変わらない微笑みを浮かべていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ