番外編 蠢く
ローズレッド王国、王都パルキノン。
ローズレッド王国の全てが集う街。
光と栄華を抱きしめた都。
だがその裏には、押しつけられた“闇”が広がっている。
住民の大半は上級貴族とその関係者。
街を守るのは王国兵団の精鋭という名の、貴族の縁者たち。
脇に座り込む貧民たちに目もやらず、彼らは大通りを闊歩する。
上辺だけ綺麗な魔窟。
国の成り立ちに相応しい王都だった。
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フィギルは飛空艇で到着と同時に、待ち構えていた城の騎士に赤い薬草を奪われた。
それが本物かどうかで、フィギル自身の評価は大きく変わる。
(子爵などいくらでも替えが利く。だがそれは自分も同じ――奪われれば、他国で成り上がるだけだ。忠義など金と立場に比べれば安いもの。国が俺を切るなら、俺も国を切るだけ――利用するのはどちらでも構わん。問題は、首を切られないかだが……あの方に頼ればどうにかなるか)
領民からの評判は良いが、他の貴族からの評価は低い。
後ろ盾と言える公爵家との縁は作れたが、それにより更に肩身は狭くなった気がしていた。
(……厄介な事だらけだ)
フィギルは上昇志向こそ本物だが、王国への忠誠心は薄かった。
ただし、忠誠心に関しては他の貴族も変わらなかったが。
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王城の一室に閉じ込められて、数時間がたっていた。
その間茶菓子も飲み物も出ず、喉の渇きを覚え始めていた頃。
扉が開き、従者が先に入ってくる。
そして頭を垂れ、主人の登場を待つ。
フィギルも膝をつき、跪いた。
そして、一人の男が悠然と入ってくる。
赤いマントに身を包み、頭には豪華な王冠をいただく。
第十二代ローズレッド王が、フィギルの前まで歩いてくる。
「面を上げよ。お前は我が娘の恩人である」
「……はっ!」
その言葉で、運命が“上”へと転んだと確信する。
王に勧められ、フィギルは王の斜め席についた。
「よくぞ薬草を持ち帰った。優秀な部下がいるようだな? 羨ましい話だ」
「いえ。私の兵ではなく、冒険者に依頼しました。もちろん“王家からの命”とも、“女神の印”に似た奇病とも伝えてはおりません」
王は目を細める。
その様子を内心で見下すフィギル。
(ただの傀儡のくせに、必死に威光を纏おうとしているな。その薄っぺらな威厳に、どれほどの意味がある? 結局は教皇の顔色を窺うだけの愚物に過ぎんのに)
王は満を持した感を持って、深い息を吐きながら続ける。
「――そうか。ならば信じよう。だが、なぜお前の領地にそんな冒険者が? あそこは実入りがないだろう」
「……かつてAランクでしたが、今はDランクに落ちた冒険者が流れ着いておりまして。…彼女自身『もう二度と行きたくない』と申しておりましたが」
「……彼女、か。そうか。厚く礼を伝えておいてくれ。ただし、私の名は出すなよ?」
「はっ!」
(察したか。お前たちのくだらない争いで全てを失った者だとな)
ライアと王族、そして新女神教との間で起きた事件は、貴族の間でも有名な話だ。
権力争いに終止符を打とうと開拓を進めていた当時の第一王子が、護衛を依頼した冒険者パーティごと死亡した事件。
その生き残りが、あのライア。
双剣のライアとして他国にも名を轟かせる、指折りの実力者。
そんな彼女の全てを奪ったのが、フィギルの前に座る愚鈍な王と――
「さて、フィギル子爵。迅速な対応で、我が娘リアラは“病”を脱した。後ほど褒美を与えよう。……私情ゆえ大したものは渡せぬが、最大限の礼は尽くす」
「はっ! ありがたき幸せにございます!」
滞りなく話が終わりかけたその時、ノックもなくドアが開いた。
王の従者は先ほどよりも深く頭を下げる。
フィギルも、すかさず跪く。
できれば会いたくなかった人物。
女神教教皇べゼブが装飾品の擦れる音を立てながら歩いていく。
そして、いつの間にか立っている王の前で止まった。
頭を下げることもない。
不敬罪で死刑になってもおかしくない態度だが、周りに控えている従者も騎士も、何もいえない。
「リアラ王女の“病”が治ったと聞き、馳せ参じました。心よりお祝い申し上げます」
「……うむ。感謝するぞ、教皇よ」
教皇べゼブはちらりと視線を流す。
「あなたがフィギル子爵ですか。お手柄でしたね」
「はっ」
頭を上げずに返事をするフィギル。
名は覚えられても、顔を覚えさせるわけにはいかない。
そんなフィギルを教皇べゼブは気にしない。
平伏されるのが当然だと思っているからだ。
「備蓄があったわけではありませんよね?」
「もちろんです。今回採取した分も、すべて献上いたしました」
「それなら、こちらに渡していただきましょうか。王よ」
「……うむ。べゼブ様がお帰りになる時に、渡しましょう」
本来は備蓄しておく予定だったのだろう。
それがあれば、万が一貴族の跡取りが患った時に恩を売れるからだ。
だが教皇べゼブの圧力には抗えず、王は承諾した。
(どちらが王か……子どもでもわかるな。だが誰も逆らわない。いや、逆らえない。結局この国では、女神教が法であり剣であり――王さえも従う存在なのだ)
毒を飲み込むように、フィギルは黙り込んでいた。
教皇べゼブの用は済んだのだろう。
最後にフィギルの跪く頭の前まで移動し、見下ろす。
「では私は王女の見舞いに行きますか。……もっとも、これが“女神の印”であれば、リアラ王女は女神のもとへと帰っていました。大変名誉なことでしたが……"ただの病"で残念です。ねえ、子爵?」
「はい」
教皇べゼブは王に頭を下げることも声をかけることもなく、悠然と立ち去った。
扉が閉まり、王が深い息を吐く。
フィギルは姿勢を変えず王の言葉を待っていた。
「では、私も行こう。お前は泊まっていくか?」
「いえ。仕事が残っておりますので、領地へ戻らせていただきます」
「……そうか。飛空艇の使用を許可する。呼び出してすまなかったな」
「もったいないお言葉です、我が王よ」
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ひとり残された部屋。
フィギルはため息ひとつ漏らさず、思考を巡らせ続けた。
(褒美よりも、教皇に名前を覚えられたことが致命的だな――結局、損をするのは俺か)
この国に生まれた者は誰もが女神教の教えを受ける。信仰が日常に根付いている。
しかしフィギルは幼い頃に旧女神教を。
成長してからは新女神教をそれぞれ教えられて育った。
両方を理解しているからこそ、フィギルは知っている。
新女神教がいかに教会の要人の都合で作られたものか。
旧女神教がいかに“人間の自主性”を助けるものかを。
(建国の時から、この国を蝕み続ける者たち――)
人に優しいのは、どちらなのかを。




