番外編 契約
禁断の森の近くで出会ったオルババ村の少年と別れてから、3日が経っていた。
ライアとオリバーたち3人は、冒険者ギルドの待合室にいた。
想定よりも早すぎる帰還に、依頼主のフィギルはまだ到着していない。
(7日契約だったのに、5日で戻ってきたからね。失敗したと思って慌ててるんでしょ。むしろ好都合だけど)
赤毛の美女ライアは、計画を実行に移すことにした。
――あの少年の言葉を、確かなものにするために。
「…ねぇ、3人とも?」
「「「は、はいっ?」」」
「あの少年が言ってたこと、覚えてるわよね?」
「「「もちろんです!」」」
(……ここまで声揃える?)
「あれ、…守らなきゃいけないわよ」
「えっ?でも妹が助かっていれば平気じゃ?」
「そっちじゃない。そこは気にしてない」
助からないわけがない――そう思えた。
理由はわからない。
ただ、これまで数多の修羅場をくぐってきた勘がそう告げていた。
「問題はその後よ。…『俺のことを誰にも話すな』って言ってたわよね?」
「「「あっ……」」」
「―もう誰かに話した?」
「いえっ!」
「なら良かった。…言ったわよね?契約を結ぶって」
「「「はい!」」」
「あれ、これに書いたから…結んでくれる?」
ライアは契約書を差し出した。
3人の中で唯一、文字の読み書きができるオリバーが読み上げる。
【禁断の森の外で会った少年のことを、本人の許可なく口外した場合、契約者4人は命をもって償うものとする。】
「誰にも話さないってなると、こう書くしかないのよね~。もちろん私も含まれてるから、一蓮托生ってことで!」
「「「…えぇっ!?」」」
信用していないわけではない。
実際、話していたのも冒険者数人と受付嬢のみ。
密談や手紙での情報漏洩も考えたが、そんな器用なことができる子たちではない。
だが念には念を入れるべきだった。
回復薬1本では到底割に合わない物を、受け取っているのだから。
「誰にも言わないなら問題ないじゃない?当然、私も話すつもりはない。…たとえ拷問されてもね」
「「「ご、ごうもん…?」」」
ビクつく3人。
「もしもの話よ。でも、ムチだけじゃ駄目よね? 飴もあげなきゃ」
ライアはもう一枚の契約書を差し出した。
「【ライアは、フィギル子爵から受けた緊急依頼の成功報酬20万Gを、オリバー、トビー、インキーの3名に譲渡する】って…」
「「「え、えええええええっ!!??」」」
「静かに」
「す、すみません」
ライアは心を鬼にして言い切った。
「―あなたたち、冒険者には向いてない」
「「「…」」」
「感情をすぐに出すし、状況判断も甘い。…なにより、弱い」
3人は俯いた。
「セドリック様に憧れて、何人もの子が冒険者を目指した。でも、大成した子より、命を落とした子の方が圧倒的に多い」
「この周辺の魔物は弱いわ。ホーンラビット、ゴブリン。こんなのに手こずって仲間が大怪我を負うなんて、正直上がり目がない」
「「「グスッ…」」」
それでも命は一つしかない。
この子たちは戦いには向いていないかもしれない。
でも――短い付き合いでも、良い子たちだとよくわかった。
だからこそ、死なせたくなかった。
「元Aランクの私が断言する。あなたたちは、今のままだとすぐ死ぬ。…4人になっても変わらない」
「「「…はい…」」」
ライアは3人の頭を撫でた。
「でも、忘れないで? あなたたちはまだ若い。生き方を変えたって、いくらでもやり直せる。…生きてさえいれば」
「「「…はいっ!」」」
#
契約書にそれぞれが血を落とす。
淡い光を放ち、文字が消えた。
「これでいいわね」
「「「はい」」」
「じゃあ、こっちはあなたたちで保管して」
「「「はい!」」」
3人はうなずいて、譲渡の契約書を受け取った。
「なにかお店でもやりなさいよ。道中食べた料理、美味しかったわよ?」
「…もう1人の友達が、冒険者になりたいって…それについてきたんです」
オリバーが言った。
他の2人も、戦いよりもゆっくりした生活が送りたいという。
「でも、友達の足を引っ張るだけで…僕らのせいで、あいつは怪我するし…。いい引き際だと思います!」
「…料理店を3人でやります!ライアさんや、友達に来てもらえるように!―シーネ様にも憧れてるんで!」
料理に革命をもたらした御使――シーネ。
彼女の作り出した調味料や調理法は、この世界を変えたという。
「セドリック様より、そっちの方が似合ってるわよ」
ライアは微笑み、"彼"に関する契約書を胸にしまう。
フィギルが来る前に済ませられて良かった。
「じゃあ、フィギルが来たら私に話を合わせてね?」
「「「はいっ!」」」
#
ライアたちが戻った――その報せをギルドから受け取ったフィギルは、失敗したと思い込んでいた。
が、持ってきていた。
慌てて王都に伝令魔法を送る。
返事は―
「これが…例の薬草か?」
「ええ。“赤い薬草”としか聞いてないわよ。私に真贋はわからないわ」
それは血のように赤く――まるで古来より多くの人間の血を吸ってきたかのような色をしていた。
「…私にもわからない。とにかく、届けなければ」
「それで違ってたら…大変なことになるんじゃ? 王族絡みでしょ?」
ライアが問いかける。
「…私は“王家から”とは言っていない。あくまで依頼を出しただけだ」
「…最初は想像だったけど、私にも伝手はあるの。でも、“女神の――”」
「言うな! ――消されるぞ」
「「「え?」」」
驚く3人の少年たちをよそに、フィギルは無視して続けた。
「…何も問題はないはずだ。私が受けたのは“赤い薬草を届けろ”という命令だけ。王からの直筆の手紙にも、それしか書かれていなかった。これが本当に“禁断の森”で採れたものなら――問題はない」
「そう。なら、大丈夫ね」
ライアは飲み物を口にした。
「…君たち、彼女が森に入って採ってきたのを、本当に見たんだな?」
「はい。森に入るのを確かに見ました。そして、半日ほどして戻ってきました。赤い草を持って」
オリバーは、淀みなくフィギルに答えた。
(…何かを隠しているような気もするが)
だが、この薬草から感じる何か――それが確かに存在していた。
「…私はこれから王都に向かう。戻るのは…おそらく2日後だろう」
「2日?飛空艇で行くの?子爵が持ってるわけないわよね?」
「…王家直通の伝令魔法で知らせたら、すぐに返事が来た。迎えを寄越すとな」
「いいわねぇ、空の旅――羨ましいわ」
ため息をつくフィギル。
空の旅だけならその感想はわかる。
だが、行き先が悪すぎる。
(誰が好んであんな場所に…)
だが、今よりも上を目指すのなら…
「…戻るまで報酬は保留とする。そして、結果はどうあれ、契約は交わしてもらうぞ。――君たち自身のためにもな。このまま私の自宅まで来てもらう。帰ってくるまで過ごしてくれ。…当然だが、誰とも連絡はするなよ?」
「わかったわ」
「「「はい…」」」
“女神の印”は治る――
それは貴族と王族しか知らない事実。
だが、“治る”ということは、それは“女神の印”ではないらしい。
――金の亡者がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。




