願いは呪いに、呪いは力に
次に目を開けたとき、そこは真っ白な空間だった。
だが、ただの白ではない。
“世界”を感じる白だった。
一度目は気づけなかったが――ここには、確かに何かがある。
「ふふっ」
抑えきれない笑い声とともに、こちらを見ている存在に気づく。
「…クソ女神!死んでんじゃねーか!」
「はっはっはっ!“消してくれ、死にたい”って騒いでたくせに!はっはっはっ!」
美しい顔をくしゃくしゃにして笑う、純白の女神。
相変わらず下品な笑い方で…本当に、腹立たしい。
「ナリアは?ナリアはどうなった!?」
「ひひっ。まだ生きてるよ。というか今は時を止めてるから、生も死もない状態だけどね」
そう言うと、女神は指を鳴らした。
空間に鏡が現れる。
そこに映っていたのは、ベッドで目を閉じて横たわるナリア。
そして彼女に回復魔法をかけるレアとベティの姿。
「…」
祈りを捧げるラクトとセアラの姿も、次に映る。
「それから、ほいっと」
次に現れたのは、ゼアス…と、そして見知らぬ誰か。
「こいつのいた街から村までは結構距離がある。でも、必死に向かってるみたいだねぇ。ギリギリ間に合うかな?―ナリアの死には」
相変わらず、人の神経を逆撫でするクソ女神。
「…時を止めてるって、どういう意味だ?」
「んー?新たな世界を作るときに、管理者がやることなんだってさ。元の世界の“気に入った部分”をコピーして、そこから少し干渉して違う歴史にするの。巻き戻すこともあるけど―」
「じゃあ!俺が潰される前に戻せるのか!?」
遮って叫ぶ。
せめて森に入る前に戻れれば…!
「できるよ。でも、森に入る前に戻して教会にある回復薬を持って行くと、レアが限界を迎えて、回復魔法の使い手がいなくなる。それでいいなら、戻してあげるけど?」
戯けた笑みを浮かべながら話す。
「それじゃ意味がないだろ…」
「だろうね〜」
にやにやと笑う女神…いや、やっぱり“邪神”だろ。
そして、急に真顔になって言い放つ。
「それに、仮に戻してすべてがうまくいったとして…お前は本当に納得するのか?ラクトが村を出る前に止めていたら、“お前自身の望み”に気づけなかっただろう?…それは、お前が助けたいと思った“家族”かな?」
「…クソ女神!」
嫌な部分を、突いてくる。
「最初に言ったよな?私はもうこの世界には飽きてる。見放してるって言ってもいい。…だから奇跡は使わない。時を動かしたら、ナリアは必ず死ぬよ」
突きつけられる現実。
少し先に訪れる、あの家族の未来。
ナリアを失い、ラクトとセアラは悲しみに沈み、ゼアスは死に目に会えなかった後悔を背負う。
そして、帰ってこないアイオンを――
「探しに行く。そして…結局、ラクトとゼアスも帰らぬ者になり、セアラは後を追うね」
「…最悪な結末だな」
「いわゆる、“バッドエンド”ってやつですね〜」
「…」
「さて、と。そうならないための“力”をやろう」
「…は?」
目を丸くするとは、こういうことを言うんだろう。
きっと今の俺は、そんな顔をしていた。
「いや、言ったじゃん。望んだら力をあげるって」
“なに忘れてんの?こわ〜”みたいな顔で、こっちを見るクソ女神。
「…だっ!かっ!らっ!!死んでんじゃねーか!! 潰される前に言ったよな俺!?」
キレた。さすがにキレた。
「死ななきゃここ来れないの。だから“力”はあげられないよ? …言わなかったっけ?」
絶句する。
意味があるかわからない。けれど、息を精一杯吸い込んで―
「言ってねぇよこのクソ女神ッッッ!!!!」
前世・今世含め、人生で一番の大声だった。
クソ女神は一瞬バツの悪そうな顔をし、すぐ真顔に戻る。
「さて…と」
「誤魔化すな。言ってないことは認めろ」
今度こそ、謝らせる。詫びを入れさせる。
「“2度目なんていらない”。そんなの、欲しいやつにやれって言ってなかったっけ〜?」
「…」
お互いの持ち札を見比べる。
使われて恥ずかしいのは…明らかだった。
「…続けろ」
目を逸らさず、続きを促す。
「…お前、もうちょっと敬えよ?私はお前の“魂の作り手”だぞ?…創造主様と同義なんだが?」
睨み返してくるクソ女神。
「時が止まってても、俺の意識は進んでる。時間がもったいない」
意味のわからない言い訳でごまかす。
クソ女神は、ため息混じりに…
「調子のいい奴だな、お前…でも、そっちのほうがおもしろい」
にっこりと、笑った。
「―お前は、あの時こう言っていた」
目を閉じ、女神が言葉を紡ぐ。
「“2度目なんかいらない”。“死にたい”。“消えたい”と」
指を鳴らすと、鏡に映像が浮かぶ。
映るのは――
(前の、俺か)
「…死んだように生きていたお前」
映像は切り替わる。
味気ない日常、空っぽの時間。
「心から祈った“死にたい”という想いは、紛れもない願いだった。陰鬱な、呪いのような願い」
さらに映像が切り替わる。
車が迫る…前世の、最後の記憶。
「そしてその願いは、現実になった。死を呼んだ」
次に映るのは――
「…けれど、お前は知った。温もりの尊さを。愛情の豊かさを。…他者と関わることの心地よさを」
ラクト、セアラ、ゼアス、ナリア。
「ほんの少しの繋がりだけど」
レア、ベティ、カーラ、肉屋の店主。
「…マジで少なっ」
小声で呟く女神。
……。
咳払いをして、女神は続ける。
「―魂を汚した願いは、呪いとなった。…だからこそ、お前にはこの力がふさわしい。死を与え、生を得る。死を糧に、力を得る…」
光が、温もりが、自分の体を包み込む。
「…司」
懐かしい…久しぶりに聞いた。
(前の、俺の名前…)
「お前に“死”を与える。そして、生きろ。“2度目なんかいらない”と。…生き抜いてみろ」
(…そうか。俺は、“1度目”を生きてなかったのか)
「ただ息をして、時間を過ごす事を“生きる”とは言わない。何かを得て、何かを失って、心が揺さぶられる。…それが“生きる”ってことだ。その結果、夢を見なくなったとしても…」
光がさらに強くなる。
あの時のように。強く、強く――
「あ…の時の…お前…ら…望ま…かった…」
微かに声が聞こえる。感じられる。
「少…し…悔し…しいよ…」
その声は、どこか寂しげで――
「…私…、…えて…りた…った……」
どこかで、聞いた声。
(…どこで?)
そして、
「…いっ…ら…し…い…」
――消えた。




