↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
向き合う心は微笑みと共に

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/269

そして迎えるプロローグ

進む。進む。進む。


ただひたすらに、アイオンは進む。


途中で魔物の気配を感じれば、一瞬だけ身体強化を使って振り切る。


気配から離れればすぐに強化を止め、また慎重に歩く。


もう魔力回復薬は残っていない。

節約しながら、最良の結果を選び続けなくてはならない。


加えて、満足に休めてもいない頭でだ。

眠気を抑えるため、考えながら歩く。


(なぜ魔物は、この森から出ないんだ?)


オルトロスやグリフォン、アラクネはもちろん、グリムウルフですら村付近に現れれば大きな脅威になる。


存在が確認されれば、討伐が済むまで農作業も街への往来も完全に止まることになる。


それなのに、この地方では凶悪な魔物被害は極端に少ないという。


せいぜいが、畑を荒らす下級の魔物くらいだ。


(出れないのか?あるいは……出させない“何か”があるのか?)


この森で生まれた魔物は、外に出られない――そんなルールがあるようにすら思える。


でなければ、縄張りを求めてもっと広い場所を支配しているはずだ。


A級やB級の魔物同士で争うのもわかる。

だが、外で縄張りを作る方がよっぽど建設的だ。


(それに、グリムウルフが群れではなく単体で襲ってくるのもおかしい。それじゃあ弱体化させられてるようなもんだろ)


本来は集団で狩りをするはずが、ここでは常に単独。


感じ取れる魔物の気配は、どれも“一匹”だけだ。


(C級以上しか現れず、しかも特性を無視されている。これは……作為的なものとしか思えない)


森そのものに、何かしらの意図が働いている。


考えながらも、足は止めない。

進む。進む。進む。


#


数度目の身体強化で、魔力は底を尽いてしまった。

これ以上は危険。だが進むしかない。


(こんなことなら、基礎体力を鍛えておけばよかった!)


荒れる呼吸と後悔ばかりが積み重なっていく。


やがて開けた場所に出た。

木に登り、周囲を確認する。


(もうすぐ出口だ。入り口で回収した薬を使って、村まで駆け抜ける!)


わずかな希望に胸を奮い立たせ、木を下りた――その瞬間。


濃厚な魔物の気配が迫る。

慌てて木の幹に背を押し付け、息を殺す。


近づいてくる音。

それは重いものを引きずるような、鈍い音だった。


(グリフォンでも、オルトロスでもない。でも、今の俺ではどうすることもできない)


やがて、魔物は姿を現した。


巨大な影。

血と脂の匂いを纏い、棍棒を引きずるその存在。


(オーク? いや、ハイオークか!)


ハイオークは濁った瞳で周囲を見渡し、獲物を探している。


(頼む! 気づかないでくれ!)


木に張り付き、必死に息を止めた。


祈るように願ったが――

目の前に突きつけられたのは、下卑た笑い。


祈りは、届かなかった。


#


「グルオォォオオ!!」


振り下ろされた巨体の足を紙一重で躱す。

地面が砕け土煙が巻き上がり、アイオンの視界を覆う。


(魔力はもうない! でも、やるしかない!)


バッグを放り捨て、剣を握る。

赤い薬草を失えば、ここまで来た意味がなくなる。


汗で柄が滑りそうになるが、それでも剣は離さない。


(格上。でも一瞬の隙なら、今の俺でも作れるはずだ!)


「うおぉぉおお!!」


叫びと共にアイオンは突進する。

狙いは――ハイオークの濁った目玉。


だが、棍棒が空気を裂き、広範囲を薙ぎ払った。

風圧だけで体が揺らぎ、躱す隙間がない。


「くっそがぁ!!」


盾を構えた瞬間、破裂音と共に重い衝撃。

嫌な音と共に、盾が左腕ごと砕け散った。


「ぐっはぁっ!」


血の味が口に広がり、視界が歪む。

それでも立ち上がり、砕けた左腕を庇いながら剣を構える。


(ま、まだだ! もう少しなんだ!!)


棍棒を振り回した反動で、巨体が大きく揺らぐ。

その隙を突き、一瞬の迷いもなく跳び込んだ。


踏み台にした巨体を駆け上がり、狙い澄ました一撃をその赤い右目へと突き刺す。


「グギャァア!!」


血飛沫がアイオンの顔を濡らし、眼球を貫いた剣を引き抜く。


ハイオークの叫びが森に轟く。


(今だ! 逃げ――)


必死に走り出そうとするが、足が絡まり躓く。

最後の体力が――切れた。


「グルルルル!」


右目を失ったハイオークは、なおも生きていた。

怒りに震え、近づいて来る。


アイオンは蹴り飛ばされ、受け身も取れずに数回転がる。


立ち上がることもできずに足を踏み抜かれ、骨が砕ける音が更に響いた。


「ぎゃあああああっ!!」


アイオンの絶叫が森に木霊する。

それを聞き、ハイオークは嗤った。


また蹴り飛ばされ、地面を転がされる。


(動け! 動けよ!)


願いも虚しく、体は応じない。

そしてハイオークが再び近づく。


恐怖を与えるように、じわじわと。


#


(ああ、死ぬんだ)


死が、目の前にあった。


自分はこの世界でも何もできなかった。

その現実を容赦なく突きつけられている。


左腕はすでに動かず、防ぐ盾もない。

立ち上がるための足はぐちゃぐちゃに潰れていた。


剣は手の届かない場所に転がっている。


少し先にある――棍棒に叩き潰される未来を、もう受け入れてしまっていた。


(ごめんなさい……ラクトさん、セアラさん、ゼアスさん、ナリア)


この世界の家族に詫びる。


望まなかった二度目の生で、家族と良い関係を築くことは結局、できなかった。


無理やりこの体に押し込まれ、家族を奪ってしまったことが、申し訳なくてたまらない。


(ごめん、アイオン)


どんな人だったのかも知らない、この身体の本来の持ち主に、心の底から詫びる。


棍棒の汚い染みにされるくらいなら、家族に見送られて土の中で眠る方が、何倍も幸せだったはずだから。


あのクソ女神のせいで、自分のようなからっぽの人間が入り込んでしまった。


この森の中では、死体を探す者もいないだろう。

目の前のハイオークに食われ、痕跡ひとつ残らず消えるかもしれない。


自分がいたという証も残らない。

――それは「前の自分」が望んでいたことなのに。


諦めは、永遠にも等しい一瞬を生んでいた。

その刹那に、淡い思い出が溢れる。


この二度目の生の中で確かにあった、家族という温もりを。


誰かと触れ合った日々を。

受け止められず、逃げ続けてきた自分を。


その一瞬は、確かに思い出させた。


――自分がなぜ、ここにいるのかを。


(ああ……それでも……)


もはや感覚のない砕けた足に、なおも力を込めて立ち上がろうとする。


(あの薬草だけは……)


自分の望みを、叶えるために。


(……届けなきゃ)


兄と同じ病にかかり、死が迫る妹のために。


(生きなくちゃ!)


どれだけ拒絶しても歩み寄ってきてくれた、家族のために。


そして思い出す――この世界に来る前の、最後の言葉を。


「お前が望む時、私は“今のお前”が最も望まない力を授けよう」


あの空間で確かに聞いた、意味不明な言葉。

今でも理解できないまま。


それでも、この瞬間を覆せるなら――


「さっさと寄こせ! クソ女神!!」


獲物の最後の大声になど意味はないと、ハイオークは嘲笑っている。


そして棍棒を大きく振りかぶり――


「ブォォォオオッ!!」


力の限り、叩きつけた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。