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ありえない

夜が明け、かすかな光が遺跡の奥へ差し込み始める頃。

アイオンは、わずかな休息から無理やり目を覚ました。


体はまだ重い。

浅い眠りで多少マシになったはず。

それでも、依然として身体の疲労は大きい。


(…動けるうちに、この森を出る)


そう心に決め、慎重に広間を後にする。

遺跡の奥へと続く道には、目もくれずに―。


門の隙間から外を覗くと、森は静まり返っていた。

魔物の気配は、今のところ感じられない。


安堵の息を漏らし、アイオンは門をくぐる。

再び、森の中へと足を踏み出した。


夜明けの森は、昼間とは違う顔をしている。

湿った空気が肌を撫で、遠くからは魔物が争うような音が微かに響いていた。


(…この方角で合ってる。信じろ)


頼れるものはなにもない。

だが、昨夜の戦いで姿を見せたグリフォンやオルトロスが、この付近にまだ残っているとは考えにくい。

それだけが、唯一の救いだった。


アイオンは、あてもなく進んでいく。

無意識のうちに、少しでも開けた場所や、木々が薄くなる方向を選んでいた。


足元に注意を払いながら、魔物の痕跡を避けつつ、一歩ずつ確実に前へと進む。


(…ナリアの元へ。必ず…)


その思いだけが、彼を突き動かしていた。


数歩進むたびに疲労が襲う。だが、立ち止まってはいられない。

そのとき、不意に光が視界を横切った。


(…あれは、あの時現れた…?)


見覚えのある淡い光が、ひらひらと揺れながら、まるで導くように前を漂っている。


(…縋るしかない)


出口もわからず、道しるべもない。

体力も乏しく、脱出の保証などどこにもなかった。


アイオンは覚悟を決め、光の後を追った。


(…魔物に見つからないように。頼むぞ…)



しばらく歩いた。

不思議なほど、魔物の気配がなかった。

争うような音は遠くから聞こえてくるのに、進む先は静かだった。


(…不思議だ)


つい口が開く。


「…お前、もしかして女神なのか?」

光は左右に揺れ、否定のように見えた。


「…精霊か? 魔物か?」

問いを重ねても同じ反応が返ってくる。


「…俺を助けて、何か得があるのか?」

今度は一度左右に揺れてから、上下にふわりと動いた。


(…わからないってことか? なんだそれ)


思わず、小さく笑った。

張り詰めていた心が、一瞬だけ緩んだのを自分でも感じる。


光はぴたりと止まり、なぜか不思議そうにこちらを見ているように思えた。


「ああ、すまない。なんか…少し落ち着いた」


そう口にしてから、再び歩き出す。

光も、まるで応じるように再び進み始めた。



長い距離を歩いた。

既に日は傾き始め、森の中は徐々に闇に染まりつつある。


(まずい…時間がない!)


想定していたタイムリミットが、目前に迫っていた。焦りが胸を締め付ける。


そのとき、光が速度を上げた。


慌てて後を追うと、見覚えのある場所、初日に訪れた、あの木の根へとたどり着いた。


(…ここまで来れば、道がわかるはず)


「ありがとう。助かった。俺は…この恩を、どう返せばいい?」


導いてくれた光にそう問いかける。

だが、返事はなかった。


光はただ静かに、空へと昇り…そして、闇へと溶けて消えていった。


(…何だったんだ?でも、ここまで来る間、魔物に一度も襲われなかった。争う音はずっと聞こえていたのに…)


謎は深まるばかり。

だが、今は解明に時間を割いている場合ではない。

思考を切り替える。


(…入り口、つまり出口まではもう少し。危険なのは承知の上だが、進むしかない。時間がない…!)


あと数時間で、決めていたリミットを迎える。


それは最悪の想定に基づいた時間設定だったが、今日という日で何度も思い知らされた。

油断は、命取りになる。


(…慎重に、進め)


アイオンは最後の魔力回復薬を飲み干し、食料を少しだけ口に運ぶ。


そして、改めて覚悟を決め、

森へ、最後の一歩を踏み出す。



アイオンが光に導かれ彷徨っている間に、ライアたちは禁断の森に辿り着いていた。

昼間に見たことはあったが、夜の姿を見るのは初めてのライア。


(…禁断の森。さすがに、怖いわね)


この森は、この国どころか、他国でも語られるほどの“曰く付き”の禁足地。

さらに北にあるバルガ帝国でもかつての戦争時には、わざわざこの森を避けて王国領土に攻め入ってきたほどだ。


(この地方が比較的安全とされているのも、この森の存在のおかげね。中に入らなければ、何も害はない)


実際、近隣の森には出てもCランク程度の魔物しか現れず、その数も極めて少ない。

注意すべきは畑を荒らす低級の魔物や、賊くらい。

初心者や日銭を稼ぐ冒険者には理想的な土地とされていた。


「ライアさ〜ん! こっちです!」


…とはいえ、夜に大声で仲間を呼ぶのは初心者以下の振る舞いだ。


ため息をつきながら声の方へ歩く。

澄んだ湖の近く、岩のあたりに少年たちはいた。


「大声を出さないで。敵を引き寄せるかもしれないのよ」

「す、すみません…でも、これを!」


少年の手元のバックにライアの視線が向く。

使い込まれてはいるが、機能的には問題のなさそうなバックだった。


「ここにあったの?」

「はい! トビーが見つけました!」


調査に出ていたトビーが手を挙げる。


「そう。中身は見た?」

「はい。服と、回復薬が一本だけ入ってました」


(こんな場所に、どうして?)


「周囲に人影は?」

「ありませんでしたが…火を起こした跡はありました。時間は経ってるみたいでしたけど…」


答えたのはインキー。

大柄な見た目とは裏腹に、どこかオドオドしているが、真面目に仕事はこなしているようだった。


「…そう」

「これって…森に入ったってことですかね?」


リーダー格の少年・オリバーがライアに尋ねる。


「その可能性は高いわね。それに、この服…オリバー、あなたと体格がほぼ同じじゃない?」


服をあてがって確認する。

つまり、持ち主は少年。


(…魔力回復薬が一本…。中に入る前に、戻ってきたときのために置いていった…? 冷静な判断ができる人物。…でも、待って。なぜ“一人分”しかないの?)


思考を巡らせる。

だが、答えは、もう出ていた。


それを“ありえない”と否定して、別の可能性を探していただけだ。

けれど、それ以上に納得できる推察は、どこにもなかった。


静かに口を開く。


「森に入ったのは間違いないわ。それも、オリバーと同じくらいの体格の子どもが一人で」


驚きに目を見開く3人。


「そ、そんなの…」「嘘だろぉ…死ぬに決まってんじゃねえか…」「もしかして、ライアさんと同じで、フィギル様からの依頼とか…?」


いくつもの疑問と推測が飛び交うが、ライアの耳には入ってこない。

彼女は自身の予想を、さらに掘り下げていた。


(フィギルからの依頼とは考えにくい。もしそうなら、既に“先行者がいる”と私に伝えているはず…。そもそも、一人で行かせる理由がわからない)


(別の貴族の依頼? そもそも…“なぜフィギルは赤い薬草が必要なのか”も私は知らない…。)


考え込むが、答えは出ない。

ライアは切り替えた。

軽く手を叩き、3人の注意を集める。


「やることは変わらない。明日の朝、私が森に入る。あなたたちはここで4日間待機。それを過ぎても私が戻らなければ、馬車で1日かけて街に戻り、“失敗”を伝えて」


息を呑む3人に、さらに続けた。


「今夜は、あなたたち3人で見張りをお願い。私は馬車で休ませてもらうわ。魔物は出てこないとは思うけれど、念のために1人ずつ交代で。何かあれば、すぐに報告して。いい?」


「「「は、はいっ!」」」


ライアは馬車に向かう…その背を向ける直前、言い残した。


「…それと、森の入り口は常に見張ってて。もし誰かが来たら、すぐに教えて。たぶん、あのバッグを取りに戻ってくるわ」


そして馬車の中へと入った。


(…ありえない。そんなはずがない)


森の入り口近くに一瞬だけ入ってすぐ出てくる程度なら、可能だろう。

けれど、バックがあるということは、“中に入った”証拠だ。


しかも一人で。


(…C級以上が蠢く忌地。A級以上、S級の魔物もいるとされてる。それどころか…世界を滅ぼしかねない、厄災まで…)


ここは禁断の森。

知るべきではあるが、決して“踏み入れてはならない”地。


誰も入らなければ、ただ“そこにあるだけ”の森なのだ。



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