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望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
第四章後編 共に生きる未来を望む

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罪の記憶

アイオンは導かれるまま森を進んでいた。


一歩、また一歩。

足音だけが、静寂の中に響く。


(……強くなってる)


胸の奥で感じる引力が、徐々に増していく。

糸で引き寄せられるような感覚が、内側からより鮮明になっていった。


(……ここに、何かがある。あってもらわなきゃ、困る)


焦燥感が胸を締め付ける。

副官の姿が脳裏をよぎる。


異常に老いた姿。

狂ったように森の奥へ消えた背中。


(ここで何か見つけられなければ――)


出口も。

脱出方法も。

何もわからないまま、この森に閉じ込められる。


時間の流れが異常かもしれないこの場所。

外では何年、何十年と経ってしまうかもしれない。


(……浦島太郎みたいになるのは嫌だ)


過ぎる時間に取り残されたくない。

まだ、この人生を――生きていたい。


無意識に足を速める。


やがて――森が開けた。


「……?」


目の前に広がったのは、円形の空間だった。


木々が綺麗に途切れ、まるで意図的に作られたかのような空白地帯。

直径にして数十メートルはあるだろうか。


地面は平らに均され――いや、違う。


「……これは」


地面が抉れている。

巨大な爪痕のような溝が、何本も刻まれていた。


木々の断面は風化し、朽ちかけている。

表面は白く色褪せ、触れれば崩れてしまいそうだ。


空間の端には、深い穴が口を開けている。

何かが激突したかのような痕跡だ。


草一本生えていない。


それなのに――


ただ一つ、大地に刻まれた傷だけは、生々しかった。


溝の底は滑らかで、まるで昨日つけられたかのよう。

風化の痕跡が、一切ない。


「……何があったんだ?」


アイオンは慎重に足を踏み入れる。


異様な静寂。

風すら吹かない。

音すらない。


ただ――自分を呼ぶ衝動だけが、確かにここから響いている。


(……答えは、ここにあるんだな?)


進む先、その空間の中央に――

それはあった。


「……何だ、これ?」


空間の中央に、それはあった。


巨大な骨。


建物ほどもある、圧倒的な大きさ。

白く朽ちた骨が、地面に横たわっている。


長く伸びた首。

巨大な翼の痕跡。

鋭い牙が並ぶ頭蓋骨。


そして――傷だらけだった。


骨の表面には、無数の刃傷。

深く抉れた部分もあれば、細かい切り傷もある。


肋骨の一部は砕け、翼の骨には大きな亀裂が走っていた。


「……」


息を呑む。


骨だけなのに、存在感が凄まじい。

近づくだけで、自分がどれほど小さな存在か思い知らされる。


ただただ――格が違う。

圧倒的な、埋めようのない次元の違いを感じる。


(……この感じ)


既視感。


禁断の森で見た、黒い服の女性。

あの時感じた、存在の格。


(……同じだ)


アイオンは呼吸を整え、ゆっくりと近づく。


地面に刻まれた溝を跨ぎ、骨の前に立つ。

見上げるほどの大きさ。


(……呼んだのは、お前なんだな?)


恐る恐る手を伸ばす――

そして、触れた。


その瞬間。


「――っ!?」


視界が赤く染まった。



頭の中に、映像が叩き込まれる。


空。

雲を突き抜け、風を切り裂く感覚。


(……これは?)


アイオンは理解する。

これは――この骨の視点だ。


巨大な翼が羽ばたく。

悠然と、ゆっくりと空を舞う。


眼下には、街並みが広がっていた。


石造りの建物。

行き交う人々。

市場の賑わい。


屋上から、子どもが手を振っている。

笑顔で、嬉しそうに。


人々は恐れることなく、日常の営みを続けている。


この巨大な存在を、当たり前のように受け入れて――



視線が変わった。

人と同じ高さになっている。


周囲には、笑い声。


酒を飲む人々。

肉を焼く煙。

楽器を奏でる音色。


宴会のような場だった。


人々は楽しそうに談笑し、踊り、歌っている。


「もっと飲みましょう!」

「今日は祝いの日ですから!」


誰かが肩を叩く。

大きな杯を手に、酒を飲む。


「はっはっは!いい飲みっぷりです!」


笑い声が弾ける。

子どもたちが走り回り、老人たちが穏やかに微笑んでいる。


火が燃え、料理の匂いが漂う。

音楽が奏でられ、歌声が響く。


その輪の中に――自分もいる。


温かい空気。

賑やかな声。

溢れる笑顔。


(……これは?)


平和な、穏やかな日常。



目の前に、一人の男が立っていた。


黒髪。

鋭い目。

手には――刀。


男は、こちらを見据えている。

恐れもせず、ただ静かに構えている。


(……誰だ?)


男が動く。

刀を振るう。


光が迸る。


次の瞬間――視界が揺れた。


激しい衝撃。

鱗が裂ける。

血が飛ぶ。


痛み。

怒り。


咆哮が響く。

炎が吐かれる。


空間が歪むほどの熱量。

大地が溶け、焼け焦げる。


だが、男は避ける。

紙一重で躱し、再び斬りかかる。


翼を振るう。

風圧が叩きつけられる。


男は吹き飛ばされ――


すぐに立ち上がる。


何度倒しても。

何度傷つけても。

男は立ち上がる。


爪が振るわれる。

大地が抉れる。


男は跳躍し、首筋を斬りつける。


痛みが走る。


空へ飛び上がり、距離を取る。

炎を連続で吐き出す。


地上が火の海になる。


だが――

煙の中から、男が現れる。

刀を構え、こちらを見据えている。


何度も。

何度も。


戦いは続く。


圧倒的な力のぶつかり合い。

大地が揺れ、空が裂ける。


疲労が蓄積していく。

傷が増えていく。


そして――


男が跳躍した。

一瞬の隙を突き、首元へ飛び込む。


刀が振り下ろされる。

深く、深く――突き刺さった。



血が吹き上がる。

視界が赤く染まっていく。


力が抜けていく。

体が、地面へと沈んでいく。


傷だらけの腕を、伸ばす。

赤く、鱗が生えた――ドラゴンの腕。


その先に――男がいた。

血で染まる中で、男が何かを話している。


口が動いている。

言葉を紡いでいる。


だが――

その声は、聞こえなかった。


視界が、暗転する。



「――はぁっ!はぁっ!」


アイオンは骨から手を離し、後ろに飛び退いた。


全身が汗で濡れている。

心臓が激しく鼓動している。


「……何だ、今の?」


呼吸を整えながら、骨を見つめる。


(あの男は……誰だ?)


既視感。

確かに、どこかで会った気がする。


だが――


「……思い出せないな」


頭を振り、立ち上がる。


その時――

骨が、光り始めた。


「……!?」


淡く白い光が骨全体を包む。

そして――消えた。


跡形もなく。


「……え?」


呆然とする。


骨があった場所には――

一面の赤い草が生えていた。


「……これ、赤い薬草?」


間違いない。

禁断の森に生えている、あの薬草だ。


奇病に対抗できる唯一の薬の元になる薬草。

禁断の森以外では、決して育たないはずの――


「なぜここに?」


そして――気づく。

呼ばれていた、あの感覚が消えている。


胸の奥で引っ張られるような感覚。

呼び声。


もう、何も感じない。


ティガル族の祖先の罪。

それは――あの骨のことなのか?


「……ここに来てから、ずっと意味がわからない」


頭を振る。


その時、薬草の中心に――

扉が現れた。


石でできた、小さな扉。

骨が消えたことで、隠されていたものが姿を現したのだろうか?


「……出口、だよな?」


わからない。

だが――


この場所の役目は終わった。

そう、感じた。


「……これでまたどっかに飛ばされたら、さすがにキレるぞ」


アイオンは薬草を踏まぬように、慎重に扉へと近づく。


その時――

扉の前に、何かがあることに気づいた。


「これは――?」


薬草に埋もれるように、一振りの刀が落ちていた。


錆びついてもおらず、刃こぼれもない。

まるで、今日作られたかのような状態だった。


映像の中で、男が振るっていた刀のようだ。

アイオンは屈み、刀を拾い上げる。


すると――近くに鞘も転がっているのが見えた。


黒塗りの鞘。

こちらも、風化の痕跡がない。


鞘を拾い、刀を納める。

そして、柄を握る。


「……」


手に馴染んだ。

不思議なほど、しっくりとくる。


まるで、ずっと前から使っていたかのように。


「……持って行くか」


刀を腰に差し、扉へと向き直る。

恐る恐る、手をかける。


ギィィ……


扉が開き――

白い光が溢れ出した。


「……頼むぞ」


アイオンは目を細め、光の中へ足を踏み入れた。

視界が白に染まる。

意識が――途切れた。



静寂が戻った。

薬草だけが残る、円形の空間。


風が吹き始める。

そして――


どこからか一匹の白い蝶が舞い降りた。

薬草の上をゆっくりと飛び、中心へと降り立つ。


光が溢れる。

柔らかく、温かな光。


白い蝶が光に包まれ――人の姿へと変わっていく。


白い髪。白い肌。赤い瞳。


その存在は、誰もいない空間を見渡し――静かに微笑んだ。


「――随分時間が経ってしまったが、戻ってきたよ。ここに……」


誰に向けて話しているのか?

その答えはない。


静かに場の中心に立ち、空間全体を見つめている。


その時――


「――ひひっ……ひひひひっ……!」


笑い声が響いた。

森の中から、一人の男が這い出てくる。


副官だった。


髪は白く、顔は皺だらけ。

目は血走り、正気を失っている。


「いた……いたいたいた!誰か!誰かがいる!」


よだれを垂らしながら、四つん這いで近づいてくる。


「還せ返せ帰せ還せ返せ帰せ還せ返せ帰せ還せ返せ帰せ!」


叫びながら、這いずり、転び、また這い上がる。


「私の時間を!私の人生を!私の妻を!私の子を!私の全てを!」


涙と鼻水を垂らし、顔を歪めて狂ったように笑いながら泣く。


「ひひっ……何年だ?何十年だ?何百年だ?わからない!わからないわからないわからない!還せ返せ帰せ還せ返せ帰せ還せ返せ帰せ還せ返せ帰せ!」


中心にいる存在――女神へと手を伸ばす。


女神は静かに首を振った。


「――きみは強引にこの世界に入り込んだ。私の加護もなしで、だ。……この世界が、きみという異物を拒絶してるんだよ」


「還せ返せ帰せ還せ返せ帰せ還せ返せ帰せ還せ返せ帰せ!」


「きみをこの世界に残していく事はしないよ。だけど、元いた世界に帰すこともしないさ」


女神が手を翳す。

淡い光が、副官を包み込む。


「――あ……」


副官の体が、光の粒子となって消えていく。

叫び声も、もがく姿も――すべてが静かに消えた。


やがて、何も残らなくなった。

女神は目を閉じ、深く息を吐く。


「騒がせてすまなかったね。――キミは彼に会ってどう感じた?……また繰り返すのかと、心配になったのかな?」


そして、少し笑う。

なにかを思い出すように、優しく。


「なるようにしかならないのが人生だ!――キミならそう言って笑うだろ?」


女神を白い光が包む。

少しずつ、色が消えていく――


「この世界は――キミのための墓だ。……安らかに眠ってくれ、友よ」


誰に向けた言葉なのか。

それは、誰にもわからない。


女神は光となって消えていく。

そして命のない世界に静寂が戻った。

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