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望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
第四章後編 共に生きる未来を望む

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意地

カイルの槍が、低く唸る風音を引きながら迫る。


刃が振るわれるたびに、地下に篭る冷えた空気が裂け、肌を刺す圧が生まれる。


突き、薙ぎ払い、回転――容赦のない連撃が連鎖し、息を継ぐ余裕すら与えずにアイオンへ襲いかかった。


「ッ……!」


アイオンは必死に剣を合わせる。

だが――受ける衝撃は一合ごとに重さを増し、肩から腕にかけて痺れが蓄積していく。


明らかに押し負けている。

技量も、速度も、間合いの支配も、すべてカイルが上。


カイルは息一つ乱さないまま、獣じみた鋭さで踏み込み――槍を深く突き立てた。


「遅ぇんだよ!」


次の瞬間、柄が脇腹へ横殴りに叩き込まれる。


「がはっ!」


呼吸が肺から強制的に抜け、身体が横へ弾き飛ばされる。


石壁に背中から激突し、重く低い衝撃が地下へ響き渡った。


「ぐ……っ……」


視界が揺れる。

耳鳴りの中、世界がわずかに遅れる。


それでも、カイルは追撃の手を緩めない。

呼吸の間すら奪うように間合いへ踏み込み――


槍先が喉元めがけて真っ直ぐ突き抜けた。


アイオンは転がるように回避する。

直後、背後の壁が爆ぜるように砕け散り、石片が雨のように降り注いだ。


「この程度の腕でイキがりやがってよ!」


嘲りを含んだ声と共に、カイルは槍を引き抜き、再び距離を縮める。

狙いは正確に――腹部。


「……ッ!」


避けた――そう思った刹那。

穂先が、浅いながらも確かに肉を裂いた。


「……あ、ぐ……!」


焼け付くような熱が腹に広がり、服が瞬く間に血で湿る。


滴り落ちる赤が石床を染め、金属の匂いが鼻を満たす。


「避けた気になってんじゃねぇよ!」


カイルの声は、地下の閉ざされた空気を震わせ、重く響いた。


「外ならお前の速度も活きただろうが……この狭さじゃ意味がないんだよ!」


横一文字に槍が走る。

アイオンは剣を構え直して受ける――


ガキィン!


腕が痺れ、剣が手の中から滑落しそうになる。


(俺の動きを、全部読まれてる!)


カイルは鼻で笑う。


「消えようが関係ねぇ。結局俺を狙ってんだからな。周囲だけ意識してりゃ簡単に潰せる。外なら手こずっただろうが……場所が悪かったな!」


槍の柄が傷口を正確に叩き抜く。


「ぐ、あぁあッ!!」


膝が折れる。

胃の奥まで衝撃が響き、呼吸が勝手に乱れた。


「選ぶ?選択?……そんな段階にいねぇよ!」


穂先が胸へと向けられる。


「……俺だって、いつか自分の道を歩けると思ってたんだよ!」


柄尻が胸部へ深々と撃ち込まれた。

肺の中の空気が押し出され、喉が勝手に震える。


「……ッ、ぁ……!」

「でもな!現実は"選ばされる側"なんだよ。貴族の娘を攫った日に嫌ってほど分かった……冒険者も傭兵も、誰かの都合で動く駒だってな!」


その踏み込みは、過去最高の速さだった。


(速い……!)


槍の軌跡が閃光のように闇を裂く。

受けるだけでも限界。


連続する火花が散り、金属音が耳を刺し、腕の感覚が鈍り始める。


(打開できない……!)


攻撃が止む気配はない。

槍先が腹の傷をなぞるように掠め、熱い血が新たに噴き出した。


「さぁ!夢見る時の終わりだ!」


強烈な一撃が剣を跳ね上げる。


――そして。


次の瞬間、槍の突きが、ためらいなく腹に突き立った。


「――あ」


冷たさが、焼ける痛みより先に走った。

完全には貫通していないが、肉を深く裂き、骨で止まっている。


「……ッ、あ、ぁぁ……!」


声にならない悲鳴。口から血が溢れ落ちる。

カイルは止める気などなく、さらに槍を押し込んだ。


「ぐ、ああああッ!!」


視界が焼けるほどの痛み。体が震える。


「終わりだ。後は血を垂れ流してくたばれよ……あの爺さんみたいにな!」


震える手で、アイオンは槍の柄を掴む。

力が入らない。それでも、押し返そうと抗う。


「……ふざけるな……まだだ……!」


魔力が微かに巡る。

カイルは警戒して飛び退く。


だが、その魔力はカイルに向けたものではない。

アイオンは、自らの深い傷に手を押し当てた。


(加減を間違うなよ!俺!)


「――火よ!」


火の魔力が体内から溢れ、患部を焼く。


「ぐぁぁああ!!」


焼け焦げる匂い。

内臓まで焼き付くような激痛。

胃液が込み上げる。


だが、確かに血が止まった。

強引なやり方。

それでも、生き延びるためには必要だった。


「……これで、まだ……戦える」


アイオンが立ち上がる。

カイルは呆れ混じりに笑った。


「……お前も大概イカれてんな」


痛みで膝が震えながらも、アイオンは剣を構える。

その姿は、折れていない。


「力量差も理解できてねぇのか?……そんな無茶して立っても死ぬのは変わらねぇ。なら苦しまずにいた方がいいぞ?」

「……わかってないですね、カイルさん」


体中から滴る血。

――それでも目には確かな光。


「"生きてる内は諦めない"。……これが俺の生き方なんですよ」

「はっ!ただの阿呆だな」

「それでも……あなたよりはマシですよ」


アイオンは薄く笑う。


「自分の生き方に、意地を張って死ねるならね」


――意地。


その言葉が、カイルの胸に突き刺さった。


(……意地……?)


脳裏に、幼い日の光景が、色を持って蘇る。



――ゴルドに拾われたばかりの頃。


「俺も皆みたいに、傭兵になって生きるよ!」


幼いカイルの声。

仲間たちは笑ったが、ゴルドだけは寂しげな目をしていた。


「……傭兵は結局、金のために何でもやる生き物だ」


空を見上げる横顔。

その影は長く、そしてどこか孤独だった。


「俺はそんな生き方しか知らねぇし、教えられねぇ」


だが、カイルを見る時はいつも優しかった。


「でもな、カイル」


しゃがみ込み、視線を合わせる。


「お前は男だ」


その声は、熱を孕んでいた。


「馬鹿にされても、見下されても……意地を持って、絶対に捨てるなよ」


ごつごつした大きな手で頭を撫でながら笑う。


「それだけ抱えてりゃ、どんな世界でもどうにでもなる!わかったな?」



今のアイオンが、あの日のゴルドの姿と重なる。

血まみれで、傷だらけで、それでも――折れずに立っている。


(……団長)


胸が、痛い。


(俺は……)


壊れた記憶の欠片が、心臓の奥を締め付ける。


「……ああああああああ!!」


怒号と共に槍を振るう。

だが――もう崩れている。


攻撃は荒れ、的確さを失い、隙だらけになっていく。


「黙れ!!黙れよ!!」


涙混じりの叫びが、閉ざされた地下の空気を震わせた。


「お前に俺の何がわかるってんだ!?」


その乱れた軌道を、アイオンは痛みに耐えながら読み切る。

冷静な分析――そして、気付く。


(ここだ!)


自分の限界も、傷の深さも、一番理解している。

勝機は今この時しかない。


魔力を振り絞る。

出力は無視し、火魔法を構築する。


一瞬の隙を作るために。


「火よ――壁となれ!」


炎の壁が立ち上がり、熱波が地下を満たす。


「そんなもんで!止まるかよ!!」


カイルが槍で炎を裂く。


炎が割れ―― その向こう。

剣を鞘に入れ、抜刀の構えをとったアイオンが立っていた。


「……ッ!」


カイルが突進する。


だが――

アイオンの抜刀は、その速さを僅かに上回った。


「ここも――俺の間合いだ!!」


圧縮した風の魔力を一気に解放する。

風が唸り、刃の形を成してカイルを襲う。


カイルは反射的に槍で受ける。

だが――槍の柄が、中心から真っ二つに割れる。


「――あ」


次の瞬間、風の刃が身体を切り裂き、鮮血が宙を舞った。


「ぐ、ああああ!!」


膝をつき、砕けた槍が床で転がる。


(……団長……)


視界が霞む。

痛みよりも、胸の奥の後悔が重い。


壊れた槍。

自分の誇り。

生き方そのもの。


その全てが――失われた気がした。


(……俺は……意地……張れなかった……)


カイルの身体が横へ倒れ込む。

鈍い音が地下に響き渡った。

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