変わりのない日々の中で
今日も畑仕事に汗を流す。
魔道具という技術はあるが、どうやら畑向きの便利道具は存在しないらしい。
…いや、存在してもこんな田舎村に買える余裕はない、というのが真実かもしれない。
「アイく〜ん! お父さ〜ん!」
元気な声が畑に響く。
「お〜ナリア! ……って、ベティ様!?」
思わぬ客に、ラクトが驚いた声を上げた。
「精が出ますね〜、ラクトさん〜、アイオンさん〜」
にこやかに挨拶するベティ。本来なら教会で子どもたちに読み書きを教えている時間のはずだが――
「なにかあったんですか?この時間は勉強の時間では?」
「いえ〜。ナリアちゃんと遊んでいて〜、そのついでに会いに来ただけですよ〜」
微笑みながら返すベティ。
…遊びの“ついで”にしては、少々距離がある気もする。
「そうか! ナリア、勉強はしっかりしたか?」
「うん! 読み書きの続き!」
ラクトがナリアを抱き上げ、満面の笑みで褒める。
その姿は、温かい家族の光景そのものだった。
けれど俺は――少し離れた場所から、その眩しい光景をただ眺めるだけ。
近づけば、この笑顔を受け取る資格なんて自分にはないと突きつけられる気がして。
胸の奥に、どうしようもない後ろめたさが広がっていく。
「良い眺めですね〜。混ざってきたらいかがです〜?」
ベティの言葉に、肩をすくめる。
「そんな年じゃないので」
「まだ13歳ですよ〜? 子どもじゃないですか〜」
「…もうすぐ14です」
「変わりませんよ〜。子どもは子どもです〜」
「…この村では、レア様から見れば皆子どもでしょう。混ざってきたらどうです?」
「…それ〜本人に言っちゃ駄目です〜? 気にされることの方が多いので〜」
穏やかに苦言を呈するベティ。
レアはエルフの血を引くハーフエルフ。
寿命は人より長く、見た目以上の時を生きている。
教会の墓に眠る多くの人々を、彼女は見送ってきたのだ。
「…わかってますよ」
無関心でも、察する力がないわけではない。
「…ちぐはぐですね〜、あなたは〜。他人に興味はないのに〜、心情は理解できる〜。人を傷つけることも平気なら、わかるんですが〜…釣り合ってないです〜」
ベティの真剣な眼差しに、思わず問いかけてしまった。
「…あなた達は、本当はわかってるのでは?」
「なにがです〜?」
視線を逸らさずに返される。
その瞳には、ほんの少しだけ――期待の色があった。
…だが。
「…先に帰ります」
逃げた。
言葉を返されるのが、怖くなった。
(あなた達は、俺がアイオンじゃないと知ってるんですよね?)
もしそう訊ねてしまったら――彼女はなんと答えただろうか。
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去っていく背中を、ベティは静かに見つめていた。
「…あいつが生きて目を覚ましてくれた。それだけで、俺たちは十分です」
畑の向こうから、ラクトが声を投げる。
ナリアは土をいじって遊んでいる。
「あの夜、確かに死んだ。けれど理由はわからないまま…それでも、あいつは戻ってきてくれた」
「死から蘇る奇跡。代償に、なにかが失われてもおかしくないですからね〜」
ベティも、あの夜をよく覚えている。
レアと共に文献を調べたが、似た例はどこにもなかった。
――女神がこの世界にいたとされる遥か昔の記録にさえ。
「それでも文句ひとつ言わずに家の手伝いをしてくれる。セアラやナリアにも気を使って…優しいあの子のままです。村人からの評判が少し悪いですがね」
「…」
昔のアイオンは、誰にでも笑顔を向ける社交的な子だった。
今との違いに、村人が戸惑うのも当然だ。
だが三年も続けば――それもまた日常になる。
「魔物を狩ると言い出したときは驚きましたよ。しかも俺を打ち負かすほどの力をつけていた。…俺は父親に勝てずに死に別れましたからね。自分を超えてくれたのは誇らしいですよ。…まあ、大した壁じゃなかったですが!」
豪快に笑い、ナリアを高く掲げるラクト。
「予感がするんですよ! あいつはこの村では終わらない…きっと大きなことをする奴だって!」
「大きな〜?」
「そうだ、ナリア! 大きなことだ! なにをするかはわからんがな!」
くるくると回り、ナリアを笑わせるラクト。
その姿に、ベティも思わず微笑む。
「…そうですね〜。なにをするんでしょうね〜」
誰にも聞こえないように、そっと呟いた。
「さあ、帰ろうナリア! ベティ様も一緒にどうです? セアラの飯はうまいぞ!」
「いえ〜、このまま村を回る予定なので〜。ご厚意だけいただきます〜」
「そうですか! では、また!」
「ベティ様、バイバイ!」
「ええ、また〜」
二人に手を振って見送る。
その背を見つめながら――
「…なにをするかはわかりませんが、なにかをするために“生き戻った”。そしてそれは――女神様の意思で」
風が吹いた。
もうすぐ、冬がやってくる。




